148話 アズリア、告白とその結末
ランディの唐突な問いに、アタシは即答する事が出来ずに沈黙するしかなかった。
どんな事情があったかは知らないが、ランディはこんなアタシを「女として」見てくれただけでなく。好意を向けている、とも言ってくれた。
ならば、アタシはどうなのだろうか。
先程は、ランディに何をされても受け入れる覚悟を決めたばかりだが。
果たしてその覚悟は、ランディが求めている好意と同じなのだろうか、と考えると。アタシが導き出した答えは──違う。
今、ランディが問い掛けているのは。
アタシが彼を男として認識し、愛する事が出来るかどうかという話なのだ。
「アタシはッ……」
正直言って、人に愛された記憶の乏しいアタシには。人を愛するという事が一体何を指すのやら、全く見当が付かない。
そんなアタシが、果たしてランディが希望している男女の関係が築けるのかと言えば、不安しかない。
だからと言って。
今、ここでランディが伸ばした手を、まだ見ぬ不安を理由に振り払える程。アタシの中でランディへの好意は、小さくはなかったようで。
「アタシもアンタが、その……好き、みたい」
恥ずかしさのあまり、アタシがこれまで出した記憶のない震えた小声で。ランディへの好意を口にしていくと。
アタシの言葉を緊張し、顔を強張らせながら待っていたランディの口元が緩み。笑顔を浮かべながら、頬が一気に真っ赤に染まっていく。
「わ、悪いっ……あまりの嬉しさでつい、顔がっ」
緩んだ照れ顔をアタシに見られたくなかったのか。口元を手で隠しながら、目線を逸らすように横を向いてしまうランディ。
予想とは違った反応を見せた事に、アタシは驚く。
「……あれッ?」
男女の関係に疎いアタシとは違い、しかも突然アタシに好意を告げてくる程のランディだ。一六歳にもなっていれば、このような経験も一度や二度ではない。
少なくともアタシはそう想像していたのだが。
「なあんだ、アタシだけじゃなかったんだね」
「え? な、何がっ?」
アタシは、視線を逸らした一瞬の隙を突いて。身体を支えていない側の手の指を伸ばし、顔を背けたランディの鼻先を軽く小突いてみせた。
寝床で目を覚ましてからずっと、ランディの一言一言に心が揺らいだ。賞賛の言葉に喜びを露わにし、或いは失望したりもしたが。
今、目の前にいたランディもまた。これまでのアタシと同様にこちらの発言に、表情を何度も変えていたのだから。
「アンタの言葉に散々、頭ぐちゃぐちゃにされて恥ずかしかったけど。それはアタシだけじゃなかった……ッてコトさ」
「そ、そりゃそうだろ。女に告白するなんて……俺だって初めてなんだから」
「え、ッ?」
予想外のランディの一言に、アタシは思わず声を漏らしてしまう。
一六歳といえば、街暮らしならば好いた異性と結婚していてもおかしくはない年齢だ。しかもアタシが見た限り、蜂蜜色の髪をしたランディの容姿は普通よりもかなり整った顔立ちをしていた。
未だ誰とも男女の関係になかったランディが、初めて選んだのがアタシだったという事に。
「いや、そッか……そッかあ」
アタシもランディも互いに好意を口にし、しかも恥ずかしい表情まで見られた事で、何の縛りも無くなったからか。
口端が緩み、だらしない笑顔になっていただろう自分の顔を隠す気も最早なくなっていた。
「というわけだ。アズリア……あらためて、これからよろしくな」
「あ、ああッ……こ、こちらこそ」
ランディは頬を真っ赤にし、顔を背けたまま。
鼻先を突いたアタシの手を取って、仲間としてではなく恋人として初めての挨拶を交わすと。
「これまで……アズリアの過去に何があったのか、正直、俺は全部を分かってやれないかもしれない」
何故、アタシが故郷で「忌み子」と呼ばれ、住民らに嫌われていたのか。アタシは初めてランディとの顔合わせの際、右眼の事を含め、アタシの事情は説明したつもりだったが。
それでも、短い説明だけでこれまでアタシの一六年間を完全に理解するのは。いくらランディが冒険者という特異な経歴を持っていたとしても至難の業だろうし。
アタシとて、過去の事情を話したのはあくまで経歴を知ってもらう事が目的なだけで。過去の事情について、同情や理解を求める意図は一切ない。
アタシが養成所に来たのは、故郷に残っていたままでは決して掴む事の出来なかった未来を勝ち取るためだが。
「だからこそ。これからは俺がお前を幸せにしてやれるよう、最大限努力する」
ランディは今ここで宣言してくれたのだ。
アタシの未来を、一緒に探してくれると。
言葉に感激したアタシは、一度されてしまった事に耐性が付いたからか。
寝床の端に座っていたランディの胸に自分から倒れ込み、頭を預けていくと。大胆ながら背中に両腕を回していく。
「ありがとな、ランディ。今、一番嬉しいかもしれないよ……その言葉ッ」
「お、おいっ、アズリア?」
慣れてしまったとはいえ大胆な行動に。両手をアタシの身体に回すかどうか躊躇しながら、明らかな動揺を見せていたランディ。
その反応がとても可愛く思えたアタシは、胸に顔を埋めた体勢から。上目遣いにランディへと視線を向けると。
心に残っていた不安を完全に払拭しようと、今度こそ最後の質問を口にする。
「もう一度聞くけどさ。ホントに、アタシなんか選んでよかったのかよ」
「お前を選んだことに間違いなんてないさ。でもな──」
「……でも?」
或いは「自分を卑下するな」と叱られていたかもしれなかった質問に。
予想に反してランディは機嫌を損ねるような態度を一切見せず、含みのある言葉を返してくると。
「いや、何でもないよ。それに」
一つ間を置き、何故かアタシではない部屋の何処かを一度見てから。
「アズリア。お前……自分で思ってるよか、遥かに女らしくて、俺は可愛いと思うぞ」
「──ッッ⁉︎」
ランディから返ってきた言葉が、予想以上の威力だったためか。男女関係の経験のないアタシの頭は、限界を迎えてしまう。
これ以上ランディと話を続けていると、これまでの自分が崩壊し、どうにかなってしまいそうな予感しかなかったのだ。
「お、おいっ、どうしたアズリア?」
我に返ったアタシは自分から抱き付いておきながら、ランディから強引に離れ、寝床に寝転がると。
「も……もう一度寝るッ! そ、それじゃランディ、話の続きはまた後で、なッ!」
「お、おいっ?」
有無を言わさず、暖を取るために寝ている身体の上に掛ける一枚布を頭から被り。呼び止めるランディの言葉を無視し、無理やり眠りに就こうとしたアタシ。
「う……うぅぅ……は、恥ずかしいぃ……」
◇
「あーあ。ランディに先を越されちまったな……」
寝ていたと思われていたサバランだったが、実は最初のアズリアの大声でとっくに目を覚ましており。
ランディの告白、その一部始終を寝たふりをして聞いていたのだ。
サバランも、アズリアに好意を抱いていた。
友情ではなく、男女の関係としての好意を。
 




