147話 アズリア、初めての告白
ランディに何をされても受け入れられる覚悟をしていたつもりだったアタシだが。
いざ、本当に抱擁されると。
そんな覚悟は何処へやら、困惑と驚きが勝ってしまう。
「な、何するんだよ、あ、アンタッ──」
一見、口では今の状況を拒絶していたようなアタシだったが。その実は、全く身体に力が入らず、ランディの腕から抜け出せないでいた。
いや、正直に言おう。
抱擁が心地良くて、抜け出す気などなかったのだと。
そんなアタシの心の内側を知ってか知らずか、ランディは自分へと抱き寄せる腕の力を少しだけ強めた後。
「いいから黙って俺の話を聞いてくれ」
「う、うん……ッ」
真剣味を含んだその言葉に、思わずアタシはゴクリと唾を飲み、身体を強張らせ。
畏まってランディの次の言葉を素直に待ってしまう。
それから、少しばかりの間が空いた。
どうやら沈黙の間、ランディはこれから口にする言葉を選んでいたらしく。
話す内容がようやくまとまったのか、ランディが沈黙を破って口を開く。
「……所長からお前を紹介された時、正直戸惑ったよ。そりゃここは兵士を養成する施設だ、そこに女が来たんだからな」
その内容とは、ランディと初めて出会った時にまで遡る。
故郷を出てらヘクサムの養成所に到着したアタシは。
わざわざ街の入り口で待っていた所長に案内され、同じ部屋となるランディら三人を紹介された。その時の事を今、ランディは話してくれているのだが。
アタシが女であった事に、ランディはあの時困惑していたのだと告白する。
部屋に案内される道すがら、所長からも話には聞いていた。養成所に入る女が珍しく、現時点で養成所には一人も女の訓練生がいない、という現状と。
過去に数人ほど女の訓練生はいたが、途中で挫折し、短期間の内に施設を去っていったという事を。
「アズリアの口から、養成所に来た理由を聞かされたけど。俺は……いや、他の二人も思ってただろうよ、『何日、保つか』ってね」
だから、ランディの疑念は当然だった。
これまでの女が長続きしなかったように、アタシもまた訓練に音を上げるかし、すぐに養成所を去るのではないかという。
「そ、そんなコトッ!」
これまでの女の訓練生の事情こそ知らないが。アタシには養成所を飛び出したところで、帰る場所などない。
元より故郷の街にはアタシの居場所など最初からなかったし。かといって、他の街に行ったところで、アタシの黒い肌を受け入れてくれはしないだろう諦めがある。
ランディから口を挟まないよう言われていたが。あの時の本音を聞かされ、さすがに黙ってられなくなったアタシは声を出してしまったが。
「でも、お前は違った」
「──え、ッ?」
アタシの声に構わず、ランディは話を止めようとはしなかった。
そして、これまでの疑念を覆す発言に。
異論を挟もうとしたアタシの声も止まる。
「所長との模擬戦だ」
「……ああ、アレかよ」
ランディの言葉にアタシは少しばかりうんざりとした呟きを漏らす。
何しろ、養成所に来た初日に突然所長から戦いを挑まれたのだ。
生死を賭けない模擬戦とはいえ、アタシは案内の最中に所長の兵士としての経歴を聞いていた。
三年前、サバランとイーディスの出身であったコルム公国への侵略戦争での活躍を。そしてその戦いで深傷を負い、兵士を引退したという武勇伝を。
しかも、今回の遠征の一件で新たに知ったが。兵士でありながら、ナーシェンの実家である男爵とも懇意の仲だというではないか。
対して、こちらはこれから兵士のしての訓練を受けようとする訓練生が四人だ。
模擬戦だろうが、勝敗など分かり切っていた。
「俺とサバラン、イーディスの三人なら勝敗は目に見えていたのに。お前は自分が倒れるのも構わず力を使い果たし、所長を負かしてみせたんだ」
「いや、あ、アレはッ? そのッ──」
だが、アタシは部屋でこれまでの事情を話した際に、右眼の不思議な力や持って生まれた怪力の事も説明し。
模擬戦では、ランディらの援護でどうにか右眼の力を開放する時間を稼いでもらい。辛くも所長の鉄兜を叩き割る、という形で勝利する事が出来た。
「アズリア、お前が所長の鉄兜を真っ二つにした時、それはもう……痺れたさ。その強さに。女とか関係ない、とんでもない奴が養成所に入ってきたんだってな」
「そ、そうかい……あ、ありがと……」
ランディが熱弁を続けていた模擬戦の時の、本来ならば誇るべきアタシの武勇だったが。
それを聞いているうちに、アタシの心には何とも言えない感情が芽生え。徐々にではあったが、その感情の正体が「物哀しさ」だという事に気付く。
養成所に来て三日ではあったが、模擬戦を始めとして一緒に行動していたランディだ。アタシも故郷にいた頃よりは、他人に心を開いたつもりではあったが。
その実、ランディが評価していたのはアタシの武勇でしかなかったというのを。今の言葉から理解してしまったが故の哀しさ。
そう思い、悲観していた矢先の事だった。
「でも──俺はその時、あまりの凄さに勘違いしてたんだ。見えなくなっていた、と言ってもいい」
「勘違い?」
突如、ランディはこれまでの発言を否定するような言い回しを口にした。
ランディの発言に落胆を隠せなかったアタシは、正直その先に彼が何を言いたいのか。その意図が全く読めずにいたが。
そんなアタシの困惑に構わず、ランディは何故か胸に抱き寄せていた頭を一度離すと。
今度は自分の顔を、アタシの顔の間近にまで寄せてきたのだ。
「アズリア。お前は自分で言うほど魅力がないわけじゃないし、本当は放ってはおけない人間なんだって事をだよ」
「え? は?」
その言葉と、ランディの鼻先が当たる程に迫る距離感に。
先程までランディに落胆していた筈なのに。心の臓がばくばくと激しく動き出すのを感じてしまっていた。
「言っておくけど。俺は背の高いのも、肌が黒いのも、腕の力が強いのだってまるで気にならないし。何なら今、好きになった」
今、ランディが肯定し始めたのはどれも、つい先程アタシが「女としての魅力がない」として挙げた自分の特徴。いや、欠点と呼んでもよい。
その欠点を残らずランディは好意的に捉えるような言葉を口にした。
「そ、そそ……それって」
故郷で差別と罵倒の対象でしかなかったアタシは、当然ながら男に好意を伝えられた記憶はない。
そんなアタシが、突然「好き」という言葉を異性からぶつけられたのだ。もう隠す事など出来ない、アタシは耳まで熱を帯びてしまっていた。
「……なあ」
「な、なな、何だよッ!」
するとアタシの両肩を掴んだランディは、さらに顔を寄せてくる。
互いの息が頬に感じる距離は、後少しばかりアタシが顔を前に出せば、ランディの顔に口唇が触れてしまう程しか隙間がない。
もう、逃げ場はない。
そんな至近距離でランディは、アタシの目の奥まで覗き込むような視線を向けながら。
「俺は……アズリアが好きだ。仲間としてじゃない、男と女としての好きという意味で、だ」
「──ッ⁉︎」
効いた。
思わず激しく動いていた心の臓が、口から飛び出るくらいの衝撃が、今の一言にはあった。
齢一六になるまで、まるで色恋事を知らなかったアタシには、それ程の衝撃。
しかしランディは逃げ場のなく、しかも頭と心に強烈な一撃を喰らったばかりのアタシに。さらなる渾身の追撃を仕掛けてきたのだ。
「アズリアは、俺の事を、その……好きか?」




