144話 アズリア、ようやく部屋に戻れる
小鬼と交戦した事ですら称賛していた訓練生に、そんな火種を投げ込んでしまえばどうなるか。
「「う……おおおおおおっ‼︎」」
予想通り、この場に集まった訓練生らが揃って歓声を口にした後。
制止が間に合わず、悪名付きと遭遇した事を暴露したサバランに対して。
「す、凄ぇよお前らっ! 賞金が付いた程のバケモノ相手に生きて帰ってくるなんてよ!」
「なあなあっ、どれくらい強かったんだよそのグリージョとかいう小鬼は?」
何人かが我先に、悪名付きとの戦闘に関する質問を浴びせ掛けてきた。
仮に、人との交流に慣れていないアタシなら。迫る訓練生の数に圧倒され、まともな対処が出来ずに困り果ててしまっていただろうが。
「まあ待て待て、順番だ、順番。いっぺんに質問されても俺の耳は二つ、口は一つしかねえんだから」
当のサバランは、というと。
「いやあ、死ぬかと思ったぜ。何しろ、そこらの木ほどもある棍棒を振り回してやがったんだからな」
「な、何だその棍棒……デカ過ぎだろ」
「さすがは村を壊滅させたバケモンだけあるぜ」
実に慣れた感じで、質問してきた訓練生に次から次へと言葉を返していき。
「どうにかその棍棒の一撃は盾で止めたが。俺でなきゃ、盾ごと吹っ飛ばされてたんじゃないかね」
「そういや確か、サバランは盾の扱い上手かったよなあ」
しかも、さりげなく自分の盾の扱いを自慢する事で。最初に注目をされたアタシから、徐々に興味の矛先を自分へと向けさせていたサバラン。
「……なあランディ。アイツ、もしかして、さ」
「ああ、今。俺もそう思った。サバランはわざと悪名付きの話をしたんだと」
つい先程まで、アタシとランディは突然のサバランの失言に驚き、どうなる事かと懸念もした。
事実、この場にいた訓練生は今や、悪名付きとの戦いを語るサバランの話に興味一色であった。
「それでそれで? どうやって切り抜けたんだよっ!」
「そりゃ俺が攻撃を防いでだな──」
サバランは、多少自分の活躍を誇張しながら。小鬼や悪名付きとの戦闘を、訓練生らに語り聞かせていたが。
しかしサバランは一言も「アタシらが悪名付きを討伐した」とは漏らさなかったのだ。
あの時の戦況を正直に話せば、今度は前線に立っていたアタシと。最後の一撃を浴びせたランディへと注目の対象は変わってしまうだろうから。
だからこそアタシとランディは、サバランが不意に口を滑らせたのではなく。意図的に悪名付きの話を漏らしたのだ、と確信出来たのだ。
つまりサバランは、言い方は悪いが「囮」となって訓練生らを引き付けてくれたのだ、とアタシは解釈する。
と、同時に。
この方法は、お喋り……いや、話術に長けたサバランだからこそ出来た選択なのだろうとも理解した。
「ん? 今なら……もしかして、通れる?」
これまで二〇人程が部屋の前に集まっていたからか。扉に到達する事が出来ず、アタシらも足止めを受けていたが。
しかし、サバランに注目が集まった事で。
見れば、部屋の扉までの道が僅かにではあったが──開けた。
アタシは即座に、横にいたランディとこれまで無言だったイーディスへと目配せをし。
反応が返ってきたのを確認すると、顎で部屋の扉を指し示す。
それは、サバランの意図を汲み取り。アタシら三人は先に部屋に戻るという選択だった。
「──んッ」
アタシの合図に、二人が無言で頷いて反応する。
周囲に気付かれれば、もしかすれば妨害されてしまうかもしれないからだったが。おそらくは目配せと顎の仕草で、二人にはアタシの意図が伝わったと信じるしかない。
色々な事が起きて、すっかり頭から抜け落ちていたが。
ランディは悪名付きとの戦闘で一度、身体が動かなくなる程に魔力が枯渇しかけていた状態であり。
休憩や食事を挟んだ事で、今でこそどうにか歩ける程度には回復していたものの、完全に魔力を戻すには本格的に身体を休める必要があった。
それを言うなら。囮を引き受けてくれたサバランも、両脚に火傷を負ってはいたが。
今回のサバランへの借りは、普段の食事から一品譲るなり、訓練で何かしらを手助けするなりで返す予定だ。
それに、アタシの眠気もそろそろ限界が近い。
「……ありがとな、サバラン」
一歩足を踏み出す前に、小声で一言。囮を買って出てくれたサバランに感謝の言葉を呟いたアタシは。
本当に、これで最後の力を振り絞って。自分らの部屋までを一気に駆け抜けて、扉を開けると。
「「あ、っ⁉︎」」
アタシらの動きに勘付いた何名かの訓練生が、驚きの声を漏らしたものの。
強引に道を塞いだり、手を伸ばして強引に引き止める真似等の妨害はなく。ただ唖然とした顔で、アタシらが部屋に入るのをただ黙って見ていたのみ。
こうして先頭のアタシに続き、二人が部屋に入ったのを確認した後。
「……悪いが、話はあとでしっかり聞くからさッ」
こちらを見ていた訓練生らに一言だけ告げると、ゆっくりと扉を閉めた。
集まった訓練生とて悪気はない、それどころか帰還したアタシらを歓迎しようと集まってくれたのだ。
人との交友に疎いアタシでも、こちらに親切にしてくれる相手に対し。悪い事をしている、という意識くらいはあったからだ。
「ふぅ、ッ……まいったね」
扉がパタン、と閉まる音が響いた途端。まだ会話をした事のない、あまり親しくない大勢の人間に囲まれた状態からやっと解放された安堵感に加え。
「でも……ようやく、帰ってこれた……ね」
自分の部屋に帰ってきたという、もう一つの安堵感からか。
「……あ……れ、ッ?」
アタシの身体から一気に力が抜けていき。両膝を突いてその場に座り込んでしまう。
「お、おいっ? 大丈夫かアズリアっ!」
突然、扉の前でのアタシの異変に気付いたのか、ランディが名前を呼びながら駆け寄ってくる……のだが。
同じ部屋にいるランディの呼び掛けにもかかわらず、やけに声が遠くから聞こえてくるように感じる。
「ああ……こりゃ、アレだ……」
力が抜けたのは両脚だけではなく、両の眼もだった。
どうやら部屋に帰還出来た事で、アタシを襲っていた強烈な眠気に対抗していた緊張感が一気に緩み。
落ちる目蓋の重さと、襲い来る眠気に抗う事が次第に難しくなる。
「わ……りぃ……もう、げんか……い……」
ついには視界が真っ暗となり、アタシの意識はそこで途絶えてしまったのだ。
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