143話 アズリア、予想外の反応に驚く
確かに、養成所に来て三日のアタシと違い。その前より訓練生だったナーシェンが他の訓練生と親交がない、とは言い切れない。
数人がこちらへと接近してくるのを見たアタシは、どうにか疲労と眠気で重い身体を動かし、身構えていくと。
「凄いなあ、お前っ! あのナーシェンを負かしちまうなんて!」
先頭にいた訓練生の男の一声目は、予想していたのとは真逆の。敵意の欠片もない、アタシを称賛する内容だった。
「……へ、ッ?」
これまで高めていた警戒心が一瞬で緩み、呆気に取られるアタシ。
と同時に、迫ってきた何人かが我先にとアタシの手を握ろうとし。手を取るや否や、まだ大勢が待つ集まりへと半ば強引に引っ張られる。
「お、おいッ──」
「いいから、いいから」
少しでも早く疲れた身体を休めたい欲求が強かったアタシは、手を払うという選択肢も頭に浮かんだが。
彼らに敵意がない、という事は理解出来たが。ここで拒絶の態度を見せれば、悪印象を与える事はまず間違いない。
下手をすれば今の態度を裏返し、ナーシェンや副所長同様にこちらに敵意を抱く事だってある。
「……そうだ、ここはもう故郷じゃないんだ」
今回の一件で学んだのは、今のアタシは一人ではないという事だ。
故郷では母親からも冷遇され、唯一人だったアタシは。何をするにしてもアタシのみの責任、他の誰にも迷惑や悪意が降り掛かる事はなかったが。
今は違う。
アタシへの敵意は、一緒に行動するランディやサバラン、イーディスにまで被害が及ぶのだ。
迂闊に敵を作る真似はしない。
これが今回、アタシが身を以って学んだ事でもある。
だからこそ。大勢の訓練生が明らかにアタシに興味を示し、矢継ぎ早に飛んでくる質問の数々を無視する事が出来ずにいた。
「なあなあ! 小鬼の群れとも戦ったんだって?」
「あ、ああ……戦ったよ、二度」
「その、背中の傷はその時の?」
「いや、背中は魔法を喰らっちまってね、その時の傷さ」
「す、凄ぇっ、魔法を受けて? 歩いて帰ってこれたのかよ……」
質問にアタシが答える度に、こちらを取り囲む訓練生らの目が輝いているように思えた。それくらい好意的な態度を見せる。
……おかしい。
アタシが養成所に来た日も確か、他の訓練生が全員で遠征訓練を受けていたと聞いたし。ならば、小鬼とも交戦した経験があるのではないか。
それに小鬼は、農具や手斧を持つ村人なら、どうにか一対一でも追い払える程度の脅威でしかない。
養成所で兵士になるため、日々戦闘訓練を受け。さらに武器まで携帯した訓練生にとって、小鬼は大した脅威にはならない筈だが。
「……なあ」
相手側が好意的に接してくれている態度もあり、アタシは頭に湧いたばかりの疑問を即座に口にし、訓練生らに聞き返す。
「アンタらも外に訓練に出たんだろ? その時に、小鬼と遭わなかったのかよ?」
「いや、その、なあ」
すると、質問に答えようとした一人は隣り合っていた他の訓練生らと顔を見合わせ、途端に口が重くなる。
何故か答えを言い淀む彼ら訓練生に代わり、アタシの疑問に答えたのは。背後にいたランディだった。
「……アズリア。遠征訓練は訓練生全員、もしくは二つに分ける程度の人数で固まって行動するのが通常なんだ」
「……なるほど、ね」
ランディが話したのは疑問への解答ではなく、あくまで養成所で行われている遠征訓練の内容だったが。
それを聞いたアタシは、すぐに納得がいった。
ヘクサムの養成所にいる訓練生はおよそ五〇人程度、二つに分けたとしても二〇人は下回る事はない。
それだけの大人数が集団で行動しているのだ。いざ小鬼と遭遇、それもアタシら同様に一〇体程度の群れだったとしても。小鬼一体に対し、訓練生側は二人から五人。訓練生の側が圧倒的に数で優勢という訳だ。
おそらくは、養成所に来るまで戦闘経験のない訓練生に、経験と自信を持たせるのが遠征の主な目的なのだろうが。
これではまともな戦闘経験になる筈もない。
対して、今回の遠征はアタシらとナーシェンの二組、八人のみ。仮に二組が協力関係で遠征に挑んだとしても、普段の遠征と比較して危険度は格段に上昇する。
それを踏まえたからこそ、この場に集まった訓練生は帰還したアタシらを称賛しているのではないか、と。
二つの称賛の理由を、ランディの言葉から理解してしまったという訳だ。
続けてアタシとランディは小声のままで、互いに確認をし合う。
「……なあ、ランディ。だとしたら、これ以上は余計なコトは言わないほうがイイよね」
「……ああ、アズリア。悪名付きの事や、裏切りの話は黙っておこう」
他の訓練生らは、アタシらが小鬼の強力な指揮個体である「村喰いのグリージョ」と遭遇した事や。ナーシェンらが裏切り、直接襲撃し返り討ちにした事。
そして、副所長が裏で暗躍していた事や。小鬼との戦闘でナーシェンが死んだ事を──当然ながら知らない。
小鬼と交戦し、無事に帰還しただけでこの歓迎ぶりなのだ。
もし余計な事実をこの場で口にしようものなら、訓練生らのさらなる興味で。さらにアタシらの休養が遠のいてしまう事は容易に想像が出来た。
だからこその、ランディとの確認だったのだが。
「いや、だから大変だったんだっての?」
新入りだったアタシ程ではないにしろ、元々養成所にいたランディやサバラン、イーディスにも勿論ながら訓練生らは集まっていたが。
数名から称賛の声を受け、すっかり得意げな表情を浮かべていたサバランはというと。
「背のデカいアズリア二人分くらいの馬鹿デカい小鬼が現れた時はさすがに死ぬかと思ったぜ」
「さ、さすがに嘘だろ、そんな巨大な小鬼なんてっ……」
「嘘なんかじゃねえよ! アズリアの額を割って、俺の盾までぶっ壊しやがったんだからなっ」
「ほ、本当かよ……」
アタシとランディが確認し合ったその直後、話をしていた訓練生らに。声高に、村喰いのグリージョとの遭遇談を語ってしまっていたのだ。
「な、なあ? そ、その巨大な小鬼ってまさかっ──」
しかも運が悪い事に、訓練生の一人が何かを思い出したように言葉を挟む。
「確か、新しく出回ってた賞金首にいたんだよな……名前は、『村喰いのグリージョ』とかいう……」
「お。そう、それな!」
サバランの話、その一部始終を聞いたアタシとランディはほぼ同時にサバランの口を塞ごうとしたが。
当然ながら、言葉が喉から飛び出した後では遅すぎる。
「ば、馬鹿ッ⁉︎」
「お、おいおい……っ」
愕然としたアタシらは揃えて額を押さえ、信じられないとばかりに首を左右に振る。
事前に副所長とナーシェンの死の真相については、政治的判断も必要になると考えた所長から口止めを要請されていたが。
考えてみれば、悪名付きと遭遇した事や。交戦し、アタシら四人だけで倒した事まで口止めを受けた記憶はない。
だからこそサバランも、訓練生らに語ってみせたのだろうが。




