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142話 アズリア、訓練生に囲まれる

 突然の出来事に、アタシも含めた四人が呆然(ぼうぜん)としながら、この場を走り去る訓練生らを眺めてしまっていた。


「い、一体……何だってんだよ、ッ?」


 そもそも訓練場と、アタシらが今いる養成所の入り口とは建物一つを挟んで離れているため。早朝の訓練中に、偶然出会うという事はまず有り得ない。

 という事は、まさか。

 今、訓練場へと走り去っていった連中は。アタシらが帰ってくるのを待ち構えていたのだろうか、という疑問が湧く。

 

「そりゃまあ、お前らもナーシェンもあれだけ大騒ぎにしてくれたんだ。全員、その結末に興味もあるだろうさ」

「お、大騒ぎッて──」


 後ろからの所長(ジルガ)の声に、ハッと我に返ったアタシは異論を挟もうとする。


 確かに、アタシら四人が遠征訓練を受ける事になった経緯というのが。

 遠征の前の日の晩に。これまで交流が一つもなかったナーシェンに突如、部屋を変わるように言われたからだ。それも横柄(おうへい)な態度で。

 知らぬ顔に、しかも命令口調で問われても、とてもではないが「はい、そうですか」と了承(りょうしょう)する筈がない。アタシは即座にナーシェンの提案を拒否した。

 すると、ナーシェンはアタシを罵倒し。彼の部屋の連中はサバランとイーディスに挑発的な言葉を投げ付けたのだ。

 それこそが騒ぎが起きた根本的な理由だったが。

 

 それだけならば、まだ大した野次馬も集まらないただの小競り合い、喧嘩(けんか)程度で済んだのだろう。

 問題だったのは、ナーシェンと揉めた場に現れたのが所長(ジルガ)だった事だ。

 養成所の中で一番上の立場に就く人物の登場によって、訓練生同士の騒ぎが、養成所全体にまで伝播(でんぱ)してしまったのだ──つまり。


「遠征なんて大騒ぎにしたのは所長、アンタじゃないかよッ……」


 所長(ジルガ)に出来るだけ聞こえないつもりの小声ながらも、思い付いた本音をアタシは口から漏らす。

 しかし、アタシと所長(ジルガ)との距離が開いていたにもかかわらず。小声を聞き取ったからなのか。


「それについてはまあ……許せ。あの時はこれが最善だと俺は思ってたんだ、ホントだぞ?」


 申し訳なさそうに禿げきった頭を掻きながら、反省の言葉をアタシに向ける所長(ジルガ)

 まあ、所長(ジルガ)の判断は間違いではなかった。それだけはアタシも断言する。


「ただブン殴っても。あの連中の性格だ……どうせまた騒ぎ出すだろうコトはアタシでも分かるよ」


 あの時、所長(ジルガ)がアタシらを仲裁に入らなければ。唯一あの場で冷静だったランディの制止も利かず、アタシら三人はナーシェン組と殴り合いになっていただろう。

 魔法の短剣(ダガー)を使っていても奇襲がなければ、アタシとイーディスに即座に無力化されてしまう程度の実力しかない連中では。結果は火を見るより明らかだった事も予想に(かた)くない。

 純粋な実力差で決着が付く、一番単純かつ明快な決着方法だとは思うが。


「ナーシェンも腕は悪くなかった。ランディへの理不尽とも言える敵対心さえ薄まりゃ、もう少しまともな戦士になれたんだろうがな……」


 話を聞くにナーシェンは、過去何度もランディに敗北していながら。負けを受け入れられない程に性格が(ゆが)んでいた。

 だからこそ、所長(ジルガ)は。

 単純な実力差ではなく、野営の知識や探索など総合的な能力を必要とする遠征訓練で、おそらくは優劣を競わせようとしたのだ。

 

 だが、まさかアタシと揉めた副所長のカイザスが、ナーシェンに手を貸した一方で。

 所長(ジルガ)の知らぬ裏で暗躍し、ヘクサム一帯を危機に(おとしい)れる算段だったとは予想外だったのだろう。

 だからこそ、所長(ジルガ)の謝罪だったのだろうが。


「……もうイイよ」


 アタシはまだ続いていた所長(ジルガ)の反省を語る口を、片手を上げて制しようとする。


「アズリアっ……」

「所長はとっくに謝ってくれたじゃないか、それでアタシらは充分さ。なあ?」

 

 ランディらも、アタシの言葉に賛同を示したように無言ながら(うなず)いてみせた事で。

 所長(ジルガ)はそれ以上、反省の弁を並べるのを止める。


「もし反省してるッてのなら。昼まで寝かせてくれたらイイよ」

「そ、そうか。それくらいで済ませてくれるのなら、俺は助かるが……」


 アタシがこれ以上の反省を止めたのは、今回の一件を完全に許したからでは決してないが。所長(ジルガ)から反省の言葉を聞くよりも、アタシらには深刻な問題が迫っていた。

 それは、強烈な眠気である。


 ランディらはどうかは知る(よし)もないが、少なくともアタシは。とにかく部屋に帰って、汚れた服を脱ぐ間も惜しんで寝たかったのだ。

 三人が言葉通りではなく、本当にアタシの言葉に隠された意図を理解していたのかは疑問ではあるが。


「なら、アタシはさっさと部屋に戻らせてもらうよ」


 こうして所長(ジルガ)と別れたアタシらは、(にぶ)くなった脚を最後の力で足早に動かし。建物の中、自分らの部屋へと戻ろうとする。


 建物に入るまでは、まだどうにか足早でいられたものだが。丸一日、森や茂みといった踏み固められていない地面を歩き続けた足は、疲労が積み重なり。強烈な眠気と相俟(あいま)って、すぐに足取りは重く、(にぶ)くなる。


「うお……ね、(ねみ)い……(ねむ)すぎるっての……っ」

「眠気に負けるなよサバラン。後は、この廊下を真っ直ぐいけば──」


 それでも、自分らの部屋までは数十歩ほどの距離まで辿り着き。後は最後の曲がり角を行けば、部屋までの残りは一〇歩もない。


 先程の、アタシらの顔を見た途端に帰還を知らせるように訓練場に戻っていった連中が何だったのかは。未だ気になってはいたが。

 その意図を確かめるのは、一旦眠りに就いて強烈な眠気を解消し。頭が上手く回るようになってから、あらためて考えれば良い。


 そう、「良い」と思っていた。

 ──だが、しかし。


 部屋へと続く廊下の曲がり角に差し掛かったアタシらの耳に届いたのは、複数の人間の気配。


「……ん?」


 その気配の正体は、アタシらの部屋の扉の前に集まっていた訓練生たちであり。その数は軽く二〇人はいただろうか。

 訓練生(あちら)がアタシらを察知するよりも早く。アタシの眼は即座に、養成所の入り口でこちらを見るなり走り去っていった訓練生の顔を見つける事も出来た。

 

 こちらに一瞬遅れて、アタシらが角から姿を見せた事に気付いた訓練生の一人が声を上げる。


「おっ。ランディたちが帰ってきたぞ」

「あの新入りの女も無事だっ」


 その一言で、部屋の前で待っていた連中の目的が間違いなくアタシらである事は明らかだ。

 しかしナーシェンとの模擬戦があった事から、これまでに他の訓練生らにも実力を知られているランディら三人はともかく。アタシはランディら三人以外とは、(ろく)に交流をした記憶などない筈なのに。 

 アタシの中で警戒の段階が一つ、上がる。


 しかも、集まっていた二〇人以上もの訓練生が。一斉に足取りの重いアタシらを取り囲んでいったのだから。

 アタシの警戒心はさらに高まる。

 

「も、もしかして……倒れそうなくらい疲れたアタシらをッ──」


 その時。嫌な想像がアタシの頭に浮かぶ。

 もしナーシェンと親交がある訓練生が、彼らを敗北に追い()った事の報復に。弱ったアタシらを攻撃する気なのかという想像が。

 


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