141話 アズリア、門番に向けられた疑惑
「ホントは、もう少し帰るのが遅れたハズなんだけどね……」
ヘクサムの街の入り口を前にして、早すぎる帰還にアタシは思わず口から言葉が漏れる。
養成所から持たされた荷物には、野営用の道具の数々が入れられていたように。遠征訓練は本来ならば、数日はヘクサムの外で探索と野営を続ける予定だったが。
強敵との遭遇、そして仲間の裏切りという予想外の事態に。たった一日で帰還してしまった事に。
そんなアタシは、街の入り口の違和感に気付いた。
「ん? そういや……何でこんな早い時間に、街の入り口が開いてるんだ?」
そう、今は夜がまだ明けたばかり。空は白んでいるが、まだ夜の闇は残っている。
なのに石の壁で囲まれたヘクサムの街、その入り口には門番が四人も立ち、街の出入り口が開放されていたのだ。
まだ来て三日だ、養成所の事はランディらに教わったものの。ヘクサムの街の決まり事は知る由もなかったが。
アタシの知る故郷では、簡易的な木の柵に囲われた街の入り口が開くのは。夜明けから暫く経ち、太陽が昇って空が明るくなってからだった。
だがその疑問は。立っていた門番が、所長に反応を見せた事ですぐに氷解する。
「お、お勤めご苦労様ですジルガ様っ!」
「おう。訓練生の救援と討伐は無事に完了したぞ」
「「おおっ‼︎」」
その言葉を聞いて、四人の門番が顔を見合わせながら歓声を上げ、帰還した所長を讃える。
「さすがはジルガ様だっ、たった一日足らずで小鬼どもを蹴散らしてしまうなんて」
「いや、訓練生の救援に出て行ってしまわれた時はどうなる事かと思いましたが……」
考えてみれば、討伐対象であった悪名付きに率いられた小鬼の群れが街に迫っている中。街の最大戦力であろう所長が、アタシらを救援するため不在だったのだ。
所長が無事に帰還するまで、どれだけ門番らは不安だったろうか。
ともかく、完全に警戒が薄れた門番らは。早速、街の入り口を通してくれたのだが。
「それにしてもジルガ様、岩人族らの報告にあった、凶悪な小鬼を……どう仕留めたのですか?」
「ああ、それな」
所長の武勇伝を聞き出したかったのか、入り口を通過する際に門番が詳細を訊ねていたのだが。
……それを許したのがいけなかった。
「あー……悪名付きを倒したのは俺でも岩人族でもねえ」
「え? は? じゃ、じゃあ……誰が?」
期待していた内容とは違う、予想外の言葉に。揃って疑問が浮かんだ顔を浮かべる門番の四人だったが。
所長だけでなく、岩人族のガンドラも一緒になってアタシらを指差したのだ。
「「あいつらだ」」
「「えっっ⁉︎」」
その瞬間。門番らの興味と、懐疑の視線がアタシら四人に向けられるのが分かった。
それも当然だろう。
戦闘の最中は「かなり強力な小鬼」という認識でしかなかったが、岩人族らとの話から戦った相手の正体を知るや。よくアタシらが勝てた、と胸を撫で下ろすしかない。
何しろ、近隣の村を三つ全滅させた事で賞金まで懸けられており。モードレイの岩人族ら数人、返り討ちにしている程の戦績を持つ「村喰いのグリージョ」と呼ばれる強敵だったのだから。
まだ一人前の兵士になってもいないアタシらが「倒した」と聞いても。俄かに信じるほうが難しいだろう。
「う、嘘だろ? だって訓練生だろ、しかも女までいるじゃねえか、それで……だと?」
現に門番らは最初こそ、所長が嘘を言っているとばかり思い込んでいたが。
「馬鹿、そんな話が本当なわけがないだろ。大方、俺らを和ませるための冗談に──」
「い、いや、良く見ろ、あいつらの身体を」
だが門番の一人がアタシらの状態と、所長や岩人族らとの状態の違いに気付いてしまう。
たった一日で、三度も生命を賭けた戦闘を繰り返したアタシらの制服は返り血で汚れ。武器も細かな傷で刃がボロボロになっていた。
対して、所長や岩人族らの武具には大した損傷は見られない。強敵である悪名付きと交戦したのなら、まず有り得ない状態だ。
「う……お、っ……」
二つの勢力の違いに気付いたからか、門番らの口数が一気に減る。
所長の発言が嘘や冗談などではなく。ただ真実を語っているのだろうと理解したからこそ。
おそらくは。一介の訓練生であるアタシらにどう接してよいのか、分からなくなってしまったのだろう。
門番らの態度が、所長とアタシらとでは違うのは却ってありがたい。
「ふぅ……絡まれたらどうなってたか、分からなかったな」
街の出入り口を通過する際、そう小声で呟いたのはランディ。
それを聞いたサバランが同意するように、今の正直な気持ちを直に口にした。
「ああ……とにかく、眠てぇよ……寝たいぜ……」
実は、身体の疲労以上にアタシらの精神を蝕んでいたもの、それは──強烈な眠気であった。
前日の早朝、まだ空が明るくなる前にヘクサムを出発してから。丁度、丸一日が経過した事となる。
途中、三度の戦闘に遭遇したアタシらは。本来ならば準備した野営地で身体を休め、睡眠を取る予定だったが。
その予定を破棄し、所長らの指示でヘクサムまでの移動を強行した。睡眠を取らなかった代償こそ、今ランディだけでなくアタシら全員が感じていた睡眠欲だ。
戦闘の疲労や、ヘクサムまでの強行軍を実行した足や眼の疲労も加わり。
今、アタシは何より部屋に帰って寝床に倒れ込みたい欲求のみ。
「うう……ま、目蓋が重いぃ……ッ」
お陰で、街の入り口から養成所までの距離を。アタシもランディもサバランも、そして無傷のイーディスもまるで動く屍体のように歩いていた。
それでも、部屋に辿り着く事が出来れば。
ようやく生命の危険を感じる必要なく、安心して眠りに落ちる事が出来ると。少なくともアタシは思っていたのだったが。
養成所に到着したアタシらを待ち受けていたのは。
「おい! ランディたちが帰ってきたぞっ!」
「──ッ?」
突然の遭遇。
本来であれば、今の時間は早朝の訓練の時間であり、訓練場にいる筈の訓練生だったが。
何故か、街の入り口から養成所の建物に一番近い位置に、何人か立っていた訓練生が足取り重いアタシらを発見するなり。
アタシらの到着を声高に叫びながら、訓練場へと走り出していったのだ。




