139話 アズリア、岩人族の意外な提案
岩人族らの事情を知る術がなかったとはいえ。訓練生でしかないアタシらに先を越され、仲間らの敵を討たれてしまったのだ。
月明かりを見上げていたガンドラの心情の複雑さは、アタシにも何となく理解が出来た。
「本来なら訓練生が束になっても皆殺しにされる……それ程の実力の違いがあったはず。なのに──」
すると、こちらへと視線を向けたガンドラが歩み寄ってくるなり。
突然、アタシの胸に握った拳を押し付けてきたのだ。
「お前らはあの悪名付きに勝ってしまいおった。これを讃えずにいられようか」
「が……ガンドラ、ッ」
そう。今ガンドラが取った行動の意味とは、アタシやランディの戦いぶりを称賛するのが目的だったのだ。
ガンドラには悪名付きを先に倒してしまったアタシらを、仲間の敵を横取りした名目で責める事も出来たろうに。
歯を見せて笑ったガンドラは、さらに言葉を続けた。
「のう。出来れば、お前らがあの凶悪な小鬼どもの親玉を倒したその一部始終を。儂等に語ってはくれんか?」
最初アタシは、今この場でガンドラと六人の岩人族を対象として。先程の死闘の経緯を話すのかと思ったが。
どうやらそうではないようで。
つまりガンドラの言葉には、モードレイの街にアタシを招くという意図が含まれている、というのを少し遅れて理解した。
「アタシが? アンタらに……」
ガンドラの武勇と人柄に驚嘆し、もう少し話を聞いてみたいと思っていたアタシにとって。その提案は非常に魅力的だ、と心躍らせたが。
と同時に、今のアタシはあくまでヘクサムの兵士養成所の訓練生という立場なのだ。
「そりゃ、嬉しいんだけどさ。その──」
アタシはガンドラの提案へ、返事をする代わりに。
一瞬だけ、腕を組んでアタシとガンドラの会話を聞いていた所長の顔を思わず見てしまった。
訓練生は基本、養成所の外に出る事を許されていない。外とは、養成所があるヘクサムの街中も当然ながら含まれていた。
なので、近隣の街であるモードレイにアタシが赴く、というのは論外の話なのだ。
アタシとしては、まだ接した事のない岩人族の街に興味を持ったのもまた事実だったが。
「……アタシは訓練生だ。許可がなけりゃ、外には出られないんだよ、悪いね」
まだ養成所に来て三日だが。これでもアタシには養成所にそれなりの恩義がある。
まず、アタシへ忌避の目を向け、罵倒を容赦なく浴びせてくる故郷の街以外の暮らす場所を作ってくれた事。
確かに一昨晩のナーシェンらのように、アタシの黒い肌を訝しく見る訓練生も中にはいるが。故郷のようにあからさまに罵倒したり、石を投げられたりはない……それだけでも充分だった。
何しろ、身体がさらに大きく成長した一二歳頃からは、街の住民らの罵声はさらに過激になり。肌の黒さを理由に忌避していながら、女であるアタシを襲う輩が後を絶たなかったからだ。
それに、ランディやサバラン、イーディスという仲間との出会い。
生まれの国を帝国に攻め滅ぼされた二人と、そして冒険者の両親と旅を続けていたランディとは。部屋が一緒になったのと、初日の所長との模擬戦が機縁だったが。
三人と一緒に過ごし、三人の過去を聞き。同時にアタシも故郷での状況を吐き出してみせた事で。
これまで故郷にも僅かな理解者はいたが、一緒に生活する人間や友人がいなかったアタシにとって。ランディら三人は、初めての心通わす相手となったのだ。
そんな二つの恩義を蹴ってまで、ガンドラの提案に対して首を縦に振るわけにはいかない。
「ふ……むぅ」
すると、提案を断られたガンドラは笑顔が一転、眉間に皺を寄せ。腕を組んで顎髭を撫でながら、何かを考え込む仕草を見せていたが。
何かを閃いたかのようにパッと晴れやかな顔になったガンドラは、今度はアタシにではなく所長へと提案を始める。
「のう、ジルガよ。こう言ってるようじゃが、つまりはお前さんの許可が出れば良いわけじゃよな?」
「うん? まあ、そうなるな」
「ここまで言えば、儂が言いたい事はお前さんには分かるじゃろ」
「お、おいっ……まさかっ」
「あの娘、アズリアがモードレイに来ても良いという許可を出せ、ジルガよ」
何とガンドラは、所長に対し「アタシを養成所の外に出る」許可を求め出したのだった。
確かに、アタシ個人で判断が下せないのなら、立場が上の人間に判断を仰げばよい。単純な理屈ではあったのだが。
だったら何故ガンドラは、難しい顔を浮かべながら何を考え込んでいたのか。まさか所長に聞く、聞かないの事だけではないだろう。
「いや、それはっ……」
ガンドラの要求は単純な二択だったが、何故だか返事を躊躇う所長。
無理もない。
そもそも今回の遠征訓練は、一昨晩ナーシェンらと一触即発の騒動を起こしたアタシらへの、言わば懲罰でもあった。
罰を受けたアタシが、即日に養成所の外へと出れる許可が下りれば。他の訓練生がどう思うのか、アタシにだって想像は出来る。
だから所長はそう簡単に、養成所からの外出許可をアタシに出せないのだと。
「ふむ。それではの」
だがガンドラは、返答に悩む所長の様子を見て。悪そうな笑顔を浮かべながら。
指を一本立てて、とある提案を始めた。
「七日でお前さんの新しい大鎚と鎧を二〇、仕上げてみせてやろう。その対案で、どうじゃ?」
「な、何だとっ⁉︎」
そう言えば先程、岩人族は「金属の扱いに長けた種族だ」と話に聞いた。
金属、と聞いて即座にアタシが思い浮かべたのは鉄であり。アタシが持っていた両手剣──武器の材質でもあった。
つまり、ガンドラら岩人族は街を脅威から守る兵士でありながら。鉄で武器や鎧を作り上げる職人だ、という事か。
果たして、所長の口から漏れた驚きは。自分の愛用武器を優先的に仕上げて貰える事の喜びなのか、もしくはガンドラの提案した鎧二〇着という数が尋常ではないのか。
「そ、そうか……ついさっき、ガンドラが悩んでたのはこの条件だったんだ」
この時、アタシは理解した。
先程、ガンドラが難しい顔をしながら考え事をしていたのは、アタシを養成所の外へと出す許可への口添えではなく。
何を所長へと提供するのか。その交渉のための材料を吟味していたのだ、と。
ガンドラが出した条件は、所長が一も二もなく即決する程の好条件、というものではなかったようで。
腕を組んだ所長は、先程のガンドラが悩んでいた時間より長く考え込んでいた。
「う……うむ、むぅ……だが、しかし……いやっ……」
確かに首を縦に振らせるだけなら、出来るだけ好条件を提示してやればよいが。それは同時に、ガンドラや岩人族側がしなくてもよい損を被るという事でもある。
だからガンドラは悩んだのだ。所長が悩んだ挙句、渋々と条件に応じる程度の条件を。
──そして。
「わ……わかった。アズリアがモードレイに行く許可は、出そう」




