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138話 アズリア、熱い視線の理由

 しばらくの間、誰も言葉を発する事なく歩き続けていたアタシら一行。

 野狼(ヴォルフ)を地面に引き()る音と、(まれ)に落ちていた枝を踏み折る音が響くのみだったが。


「なんじゃ? さっきからずっと(わし)を見おって」


 不意に、先頭を歩いていたガンドラが前を向いたまま口を開く。


「──え、ッ?」


 しかも名指しこそしていないものの、ガンドラの言葉は。歩き始めてからずっと、先頭を行く岩人族(ドワーフ)凝視(ぎょうし)し続けていたアタシに向けられたもの。

 つまり、アタシの視線に気付いていたのだ。


 勿論(もちろん)アタシは、ここで「誤魔化(ごまか)す」という選択肢も取れたのだが。


「あ、アタシはただ、アンタと岩人族(ドワーフ)に興味があってッ……」


 先の魔狼(ディンゴ)との戦闘もだし、まさに今野狼(ヴォルフ)らを運搬するための判断も(しか)り。

 ガンドラという人物に興味を抱いた事を、アタシは包み隠さずに正直に話した。


 すると、一瞬だけこちらに振り向いたガンドラは驚いたような表情を浮かべていたが。

 アタシから視線を外した途端、(せき)を切ったように大きな声で笑い始めた。


「は……わっはっは! 人間のお前が、岩人族(ドワーフ)(わし)に興味じゃと? 面白い、実に面白い話じゃわいっ」

「……ん?」


 笑いながら話したガンドラの言葉に、アタシは若干の違和感と、不思議な既視感を覚えた。

 そう、違和感の正体とは。

 優れた戦闘の実力と、そして判断力を見せたガンドラが。「岩人族(ドワーフ)である事」を自ら低い見積もるような意図が含まれていた点だ。

 

 自分の評価を下げる言葉に、既視感を覚えたのも。故郷(ローゼベリ)にいた頃から、アタシも自分を低く評価する事が多かったから。


 だが、アタシは合点(がてん)がいかない。

 肌が黒く、人にはない膂力(りょりょく)を持っていたが(ゆえ)に「忌み子」と呼ばれたアタシと違い。

 ガンドラは、モードレイの街で他の岩人族(ドワーフ)らを率いて衛兵をしていると聞いている──なのに。


「何でアタシが興味を持つコトが、そんなにおかしい事なんだい?」

「あー、アズリアっ……その、な」


 そんなアタシが抱いた疑問に対し、言葉を割り込ませてきたのは。最後尾を歩いていた所長(ジルガ)だった。

 しかし、どうにも歯切れの悪い口調の所長(ジルガ)は。周囲の岩人族(ドワーフ)らの視線を気にしている様子で。


「普通の人間ってのは、あまり岩人族(ドワーフ)を良く思ってない。だから興味を持つお前が珍しいんだ」

「へ? そ、そうなのかいッ?」


 所長(ジルガ)の説明に、思わずアタシは驚きのあまり隣を歩いていたランディら三人を見てしまう。

 そう言えば、野狼(ヴォルフ)を手早く倒してみせ、血抜きをし始めた頃から。三人の口数がめっきりと減った気がする。

 あの時のランディとサバランは、顔に疲労の色が濃く表れていた。だから身体を休めるため、口数が少なくなったと思っていたが。


 所長(ジルガ)の説明は、さらに続けられた。


「そもそもモードレイの街はな、岩人族(ドワーフ)が暮らす場所として。用事のない人間じゃなきゃあまり寄り付かないんだ」

「で、でも、何でッ?」


 疑問を口にしたアタシだったが、その答えをこれまでの経験から何となく理解はしていたが。


岩人族(ドワーフ)ってのは、人間より(はる)かに器用だし、金属の扱いに長けてる。それが普通の人間には得体が知れず、気味が悪いんじゃねえのか」

「所長の言ってるコト、何となく分かるよ……」


 人間とは、自分と大きく異なるモノに対して恐怖や忌避感を抱き。(ゆえ)に人は人同士で集い、街や村落を作り上げ、異なるモノを拒絶するのだと。

 

「まあ……俺ら兵士からすりゃ、質の良い武器や鎧を仕立ててくれる、ありがたい連中なんだがな」


 少し前の出来事を思い返していたアタシは、もう一つ気になる光景が頭に浮かんだ。


「──あ。も、もしかしてッ」


 それは、岩人族(ドワーフ)らに解体したばかりの野狼(ヴォルフ)の串焼きを勧められた時のやり取りだ。

 戦闘に解体、調理まで行った岩人族(ドワーフ)らを差し置き、一番に勧められた事に引け目を感じたアタシは最初に肉を口にするのを拒否したのだが。

 あの時、岩人族(ドワーフ)らは。

 種族を理由にアタシが受け取りを拒否したと勘違いしてしまったのかもしれない。


 ランディら三人の真意までは、心の内が読める訳ではないアタシには分からないし。この場で三人から聞き出すつもりもないが。

 

「ち、違うよッ! アタシはただ、戦ってもいないアタシらが最初に肉を喰うのは間違ってる、そう思ったからで──」

 

 少なくともアタシは、岩人族(ドワーフ)への他意など微塵(みじん)もない。

 優れた武勇を持つガンドラに対し、もし誤解をされていたら悪印象を解くため。アタシは必死になって本心だけを語ってみせたが。

 果たして真意は伝わるだろうか。


「よいよい、わかっとる。じゃからこそ(わし)は、こちらを見てたのがお前だろうと確信したんだからのう」

「……あ」

「もし、お前が儂等(わしら)に悪い印象を持ってたなら、魔狼(ディンゴ)と戦ってた時からずっとこちらを見てはいないじゃろうて」


 ガンドラは最初からアタシの視線に気付いていた。

 今の言葉の通り、魔狼(ディンゴ)を最初の一撃で沈黙させ、次の一振りで絶命させた戦闘の時から既に。


 野狼(ヴォルフ)より一回り程体格の大きな魔狼(ディンゴ)の突進に力負けする事なく、(ひたい)へ一撃を浴びせられる攻撃の威力。

 そして口を開け、突進してくる魔狼(ディンゴ)の真正面に立つ度胸と胆力。

 アタシも故郷(ローゼベリ)で、これまで幾度(いくど)と獣を倒してきた、だからこそ。


「そりゃ、あんな戦い方間近で見せられて『見るな』ッてほうが無理な話だっての」

「わっはっは! 言ってくれるのう!」


 ガンドラの優れた武勇とその手際の良さに、アタシが見入ってしまったのは最早(もはや)必然とも言えた。

 アタシの言葉を聞いて、満悦げな表情を浮かべ。再度大笑いをしてみせるガンドラ。その態度から、アタシへの誤解は解消されたと思いたいが。

 一旦笑い声を止めたガンドラは、顎髭(あごひげ)を数度撫で始めると。今度は一転、口端を吊り上げて悪そうな笑みを浮かべてみせ。


儂等(わしら)が追い掛けておった悪名付き(グリージョ)を倒したお前らが言うか」

「それは……この小鬼(ゴブリン)が襲ってきたから仕方なく、アンタらの目的だなんて知らなかったんだよ」

「いやいや、責めてるのではない。(むし)ろその逆、感心してるんじゃ」


 するとガンドラは、これまで会話の間もなお動かしていた足を、ピタリと止め。

 頭上に生い茂り、空を隠していた木々の枝葉の隙間から覗かせていた月明かりを見上げながら。


「あの邪悪な小鬼(ゴブリン)はな、近隣の村だけではなく……儂等(わしら)の仲間も数人(あや)められていてな」


 何とも哀しげな表情に口調で語り始めたのは、「村喰い」と呼ばれた悪名付き(グリージョ)による凶事だった。

 ガンドラ程ではないにせよ、先程の野狼(ヴォルフ)の襲撃において。他の六人の岩人族(ドワーフ)もまた迅速かつ正確な動きで、野狼(ヴォルフ)を仕留めていた。

 今回連れてきた岩人族(ドワーフ)と、殺された者とが果たして同じ実力だったかは知らないが。


 つまりは、今回ガンドラが目的としていたのは単に討伐や近隣の街への脅威の排除、というだけではない。

 仲間の(かたき)を討つ、という理由も大いに含まれていたのだ。

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