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137話 アズリア、野狼の肉を喰らう

「あ、ふ……あち、あちちッ」


 つい先程まで焚き火で(あぶ)られていた肉は、少し間を置いたつもりでもまだかなり熱く。歯に触れた途端、その熱が口内に(またた)く間に広がり。

 アタシは口の熱を逃がすため、はふはふと繰り返し息を吐いて。どうにか最初の一口目を飲み込んでいった。

 ゆっくりと咀嚼(そしゃく)し、肉の味を楽しむ余韻(よいん)などなかったのだが。


「う……旨、ッ!」


 それでも、最初に肉を噛み締めた際にジュワッと口内に感じた動物の脂、その甘味と旨味は。煮汁(スープ)で戻した干し肉とは、まるで別物と言ってもよい味の違いだった。

 あまりに衝撃で、思わず口からは美味だという言葉が漏れてしまう。


「うむ、うむ」


 アタシの言葉を聞き逃がさなかった岩人族(ドワーフ)らは、皆が一様に満足そうに(うなず)いていた。

 

 一度干した肉だからなのか、それとも一角兎(ホーンラビット)野狼(ヴォルフ)との素材の差なのか。

 ともかくアタシは、次こそ肉の味をしっかりと確かめるため。今度は二、三、息を吹き掛けて熱を飛ばしてから。

 一口大にした肉の塊を、口の中に放り込む。


「はぐッ! うむ……むぐ、んぐ」


 再び肉に歯を入れると、先程より鮮明に肉の脂の味を感じる事が出来。しかも肉を噛み締める(たび)に、脂の味とはまた違った旨味が肉から滲み出てくる。

 しかも肉を噛んだ時に一瞬だけ歯に残る感触と。ザクリ……と噛み切れる柔らかさ。


 さらには、肉の解体をずっと見ていたアタシも見逃がしたのか。焼いた肉からは(わず)かに塩の味がしたのだが。

 (わず)かに肉に塗された塩が、噛んでるうちに染み出した脂と混ざり、その塩味が口の中を引き締める。

 と同時に火に(あぶ)られ焦げた塩の粒が、何とも言えない香ばしさを感じさせる。


 アタシもこれまで、倒した獲物を自分で解体し、火に()べて(あぶ)り何度も食べてきたが。焼いて火が通った肉とは、もっと固い歯応(はごた)えだとしか認識していなかった。

 なのに、この野狼(ヴォルフ)の肉ときたら。


「アタシが焼いた肉と全然違う……こっちのほうが断然旨い、ッ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 先程もアタシの反応に対し、満足げな笑みを浮かべていたガンドラだったが。

 続けての肉の味を称賛(しょうさん)するアタシに、得意げな顔を向けてくると。


「せっかく生きてる獣を殺して、肉を喰らうのじゃからな。せめて美味しく食べてやらねば死んだ獣も報われんじゃろ」


 その言葉に、アタシは思わず手に持っていた肉串を口から離す。

 今ガンドラが語った内容は。アタシのこれまでの概念の埒外(らちがい)にあった思考であったからだ。


 これまでアタシは、獣を殺して食糧とし。肉を焼いたり干したりして口にする事に、そこまで考えを巡らせた事などなかった。

 人は喰わねば飢えて死ぬ。

 食糧を得る事に必死だったアタシは、獲物を美味しく食べようとする心の余裕など無かったからかもしれない。

 だが、食事を摂るのが必須であるなら。美味しい食事をしたいというのもまた、真理なのかもしれない。


 何故か、初めて聞いた言葉の意味が。アタシの胸にストン……と落ちるように理解が出来た。


「……なるほど。確かに、言われてみりゃその通りだよね」


 ガンドラの言葉に深く(うなず)いたアタシは、まだ枝に残っていた最後の肉の塊を頬張(ほおば)ると。

 野狼(ヴォルフ)の生命を無駄にしないよう、しっかりと噛み締め。前の一口より真剣に肉の味を覚えようとした。


 焼けた肉の脂と肉そのものの旨味と。

 焦げた塩が混じり合う、そんな串焼きの味を。


「ありゃ、これで終わりか」


 枝に刺してあったのは、三切れの肉。

 その三つ全部を食べ終えてしまったアタシは、まだ焼いている最中の串焼きの枝を見ると。


 用意された本数は、ガンドラら岩人族(ドワーフ)所長(ジルガ)が一本ずつ手にすれば、丁度(ちょうど)無くなる数だ。

 捕虜(ほりょ)扱いのナーシェンの取り巻き三人への肉の提供は、当然ながらないが。

 それでもさすがに野狼(ヴォルフ)一体を解体した程度では、十数本の肉が限界だったのだろう。


「まあ、多少の腹の足しにはなったわい」

 

 たった三口で終わってしまった事に、少々残念な気もしたが。


「──おッ」


 アタシはふと、串焼きの肉を食べ終えたランディやサバランの顔から、色濃く(にじ)んでいた疲弊(ひへい)が抜けている事に気付く。


 戦闘の後の食事では、負傷した二人──特に魔力が尽きかけ、身体を動かす余力のなさそうだったランディを案じ。

 アタシは荷物として持たされた保存食を、食べ(やす)煮汁(スープ)に仕立てたのだが。

 (のど)を通り(やす)い反面、煮汁(スープ)で腹を満たすには用意した食事の量が少なすぎた。


 その不足を補ってくれたのが、まさに今。岩人族(ドワーフ)らが提供してくれた野狼(ヴォルフ)の肉だった。

 たった一本の串焼き、三切れの肉であったが。あらためてヘクサムまでの帰路に向かう気力と、そして活力を(よみがえ)らせるには充分な量だったのだろう。

 

「では、ヘクサムに向け歩き出すぞい」

「「おうっ」」


 ガンドラの合図(あいず)に、岩人族(ドワーフ)らが答え。

 肉を焼いた焚き火を足で踏み消し、野狼(ヴォルフ)の皮や血を捨てた穴を土で埋めて、出発する準備を整えていく。

 さて。

 アタシの興味といえば、ガンドラに率いられた岩人族(ドワーフ)六人のうち五人が、肩に捕虜(ほりょ)と遺体を担いでいるのに。どうやって残りの野狼(ヴォルフ)と、そして魔狼(ディンゴ)をヘクサムまで持ち帰るつもりなのか。


 すると、血抜きで枝から吊るすために野狼(ヴォルフ)らの身体に巻き付けていた麻縄(ロープ)を、岩人族(ドワーフ)らが掴み。

 

「よいしょ、っと」


 何と、そのまま野狼(ヴォルフ)魔狼(ディンゴ)の身体を地面に引き()って運ぼうとしていたのだ。

 毛皮は、革鎧(レザー)やその他革細工の材料に使う事が出来る。そのため、出来る限り傷を付けずに持ち帰りたい。

 地面に引き()れば、毛皮が擦れて傷が付き、折角(せっかく)の素材が台無しになってしまうかもしれないのに。


 アタシはこの時、何故あれだけ手際良く解体を済ませられる岩人族(ドワーフ)らが。この場で皮を()がなかったのか、その理由が理解出来た。


「なるほど……毛皮を犠牲にして、肉を運ぼうッてんだね」


 もし全ての獲物をこの場で解体をすれば、全部で一〇頭分の毛皮は無傷で持ち帰る事は可能かもしれないが。

 今度は一〇頭分の肉の塊が過剰な荷物になってしまい、運搬が不可能になるのは。アタシにもすぐに相続が出来た。

 

 それにガンドラは言っていた。

 持ち帰りたいのは毛皮でなく、大量の肉なのだと。

 

 冷静になって考えてみても、今の状況で可能な限り多くの肉を持ち帰る事の出来る方法は。毛皮を犠牲にしても、地面に引き()り運搬する以外にアタシは思いつかなかった。

 いや、仮に(ひらめ)いたとしても。折角(せっかく)の獲物を少しでも無駄にはしたくない、と考えるのが普通の発想だ。

 アタシが同じ状況だったら、ガンドラと同じ判断が出来るだろうか。


 いや、出来なかったろう。間違いなく。


 今までに出会った誰よりも思慮深く、そして豪快な性格の岩人族(ドワーフ)を横目に見ながら。アタシはヘクサム目指し、暗闇を再び歩き始める。

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