132話 アズリア、頬が赤に染まる
唖然としながら、今まさに自分の頭へと振り下ろされようとしていた大鎚を見上げ。
身体を震わせながら、地面に尻を着けたまま後退ろうとした副所長は。
所長の言葉に一瞬、動きを止めた。
「……は? い、今更、何をっ」
「カイザス。お前は知らないだろうが、先の公国侵攻戦で俺とラウム男爵は同じ戦場で酒を酌み交わした、まぁ……所謂、戦友って関係でな」
「へ? え、えっ?」
何の前触れもなく、突然明かされた所長とナーシェンの父親との関係に。
副所長は焚き火が燃えている野営地と、所長の顔とを交互に見返していく。
「その戦いで男爵を庇って大きな傷を負ったおかげで、俺は今こうして養成所にいる事になったんだがな」
そう言えばアタシも、ヘクサムに到着したばかり。その時、門番に扮していた所長に、大きく残った頭の傷痕の由来を訊ねた際に。
三年前の大きな戦いで、とだけは聞いてはいたが。まさかその戦いが、コルム公国への侵攻戦だったとは。
副所長だけでなく、アタシも……いや。ランディやイーディスも唖然としている。
おそらく野営地に残っているサバランが聞いていても、きっと驚くに違いない。コルム公国出身のサバランとイーディスにとっても因縁深い話だからだ。
さて、衝撃の事実が告げられて尚、所長の話は続けられていく。
「自分の息子の面倒を見てくれ、と男爵に頼まれていた……と。ここまで話をすれば、俺が何を言いたいか分かるか?」
「……は、ぁ……はぁっ、はぁっ」
話、ではなく独白なのだが。言葉が進む度に副所長は頭を抱え。
息継ぎが早く、そしてか細く弱々しい吐息へと変わるのが間近にいたアタシにも分かる。
所長の話の内容を要約すれば。
貴族でないにもかかわらず、男爵と酒の席を供にする程の親しい間柄。その男爵の息子を、アタシへのたわいもない嫉妬から謀殺する道具に利用し。挙句、死なせてしまったのだ。
アタシが考えてみても最早、副所長に助かる術は残されてはいない。本人も自覚しているからこそ、頭を抱えているのだろう。
それでも、助かる可能性を見出すために。
「お前の伯爵家と違って、戦友であるラウム男爵にゃ今回の事件の真実ってやつを伝えなきゃならん。そうなるとな──」
だが、副所長がいくら頭を悩ませたところで。足元に並べられた魔導具を始めとした証拠に、罪を裏付ける数々の言動は消えはしない。
「ひぃ、っっ⁉︎」
そして無情にも。
死刑宣告は下されてしまう。
「カイザス。お前の死体を持ってかなきゃならねえ」
「い、嫌だ……嫌だっ、わ、私は、稀少な魔術師だぞ、っ」
地面に座り込んだ姿勢のまま、どうにか大鎚の攻撃範囲から逃がれようと、懸命に後退るも。
死への恐怖からか身体が震え、その場からほとんど動けない副所長は。
「そ、それにヴァロ伯爵家のっ、血を引く、こんな場所で無駄死にしてよい人間では、な、ないはずなのにっ──」
出身である伯爵家への根回しを、先立って所長にされたにもかかわらず。無駄な足掻きとばかりに、伯爵家の名前を使おうとするが。
「……はぁっ」
あまりにも見苦しい副所長の姿に呆れたのか、溜め息を一つ吐いた後。
「そもそも本当にお前が本当に稀少な存在なら、辺境の養成所に放り出されるハズがないだろうが」
「……は? そんな、事は」
「さらに言ってやろうか。お前の魔封じの首輪は、魔術師用でなくごく普通の仕様だ──と言えば理解出来るか?」
所長の言葉に、口を開いたまま顔を青ざめさせ、言葉を失う副所長。
詳細こそ不明だが、話を聞いていた限りはアタシも副所長が驚いていた理由は理解が出来た。
魔法の扱いに長けた魔術師は、おそらく魔法の使用を禁じる首輪も特別な物が必要となるのだろう。だが、副所長は魔術師用ではなく、普通の魔法封じの首輪で解決してしまったのだ。
つまり、副所長の魔力量は普通の人と然程変わらない、という事実。
思い返すと、アタシへ嫉妬を抱いたそもそもというのが。
魔力を操り、手の平の中で一瞬だけ光を放つという訓練の一環で。副所長の目を焼く程の強烈な光を放ってしまったのが、因縁の始まりだったが。
思えばあの出来事も、副所長の魔力量が低かったから起きたのではなかろうか。
「う、嘘だっ! 嘘だ、嘘だっ……私の魔力が、だって、私は魔術師なんだぞっ……」
「お前が本当に魔術師に相応しい魔力を持ってたら、伯爵家はお前を決して手放さなかったし。俺が副所長で、魔術師のお前がヘクサムの所長だったろうさ」
たった今、突き付けられた事実があまりに衝撃で、受け入れ難かったのだろうか。
「お……おお、おおおおおおおおっっっ‼︎」
両手で頭を抱え、慟哭しながら地に平伏する副所長。
所長も残酷な事をする。
処刑の間際に、魔術師としての欠点と、伯爵家での実際の扱いを自覚させるとは。
大鎚で死を与えるより前に、所長は言葉で。副所長の心を、魔術師としての誇りを完全に砕いたのだから。
それだけ戦友の子が、謀略による無益な死を迎えた事が許せなかったのだろう。
そして。
「じゃあな、副所長」
これまで言葉を発し、副所長の心を圧し折った表情とは打って変わり。
冷徹なる戦士としての顔と眼で、絶望のあまり地面に座り込んで泣き叫ぶ副所長を睨んだ後。
頭上に構えた大鎚を何の躊躇いもなく振り下ろしていく──と。
柔らかい物が潰れる音と、堅いモノが砕ける音が同時に響き渡り。
大鎚の下、完全に頭を粉砕された副所長の胴体と手足が、小刻みに震えていた。
「──う、おッ」
頭が潰れた際に周囲に飛び散ったのであろう血飛沫が数滴。
間近で、副所長の死の瞬間を瞬きせずに見ていたアタシの顔に付着する。
アタシはその返り血を指や腕で拭き取る事なく、頭が潰れ、もう慟哭や見苦しい弁明を話す事のない亡骸を眺めながら。
副所長のカイザスは死んだのだ、と実感し。
「これで、終わったな。アズリア」
「……ああ、終わったね」
隣にいたランディと、一連の騒動が終わった事を互いに言葉で確認し合う。
アタシと因縁を持った相手が全員死ぬ、という決して良い終わり方を迎えた、とは言えなかったが。
ともかく。
ランディもサバランもイーディスも一人も欠ける事なく無事に、そしてヘクサムからの救援も駆け付け。
アタシの初めての遠征は終わりを告げたのだった。




