表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1717/1785

131話 アズリア、頬を赤に染める

「も……もしかして、この首輪はっ」


 腕輪を落としても何も起こらず、そして詠唱後の魔法すら発動しなかった事で。

 ようやく副所長(カイザス)は、自分の首に装着された物の正体を理解する。


「そうだ。咎人(とがびと)に付ける、魔法封じの効果が込められた首輪だよ」


 魔法封じの首輪とは、街の生活に(うと)いアタシでも知っている、ごく一般的に目にする事のある魔導具(マジックアイテム)だったりする。


 というのも、街で忌み嫌われていたアタシですら幼少の頃に魔法を習うように。

 暖炉(だんろ)竈門(かまど)の火種となる「点火(フリント)」や重い荷を運ぶのに便利な「筋力上昇(マイトアップ)」等、簡単な生活魔法であれば誰でも使う事が出来る。

 しかし、便利な魔法は悪用する事だって出来る。家に火を放つ際に「点火(フリント)」を、喧嘩で「筋力上昇(マイトアップ)」を、といった具合に。悪事を働き、捕まった連中が魔法を用いて暴れないよう、街の治安を維持する衛兵の詰所には最低でも一つは用意されているのだ。


 つまり所長(ジルガ)副所長(カイザス)を「犯罪者と同等だ」と認定していた事となる。

 しかもアタシらを発見し、ナーシェンの取り巻きらの証言を聞くより前、ヘクサムを出発するその時から既に。


「そ、そんな物を、魔術師であるこの私に装着したというのかっ?」

「そりゃあな。悪名付き(グリージョ)の情報を隠してただけでも重罪だってのに。カイザス、お前は俺の忠告を無視したんだ」


 最初、副所長(カイザス)は言葉の意図が理解出来ずに怪訝(けげん)そうな、(のど)に何かが引っ掛かったような顔を浮かべていたが。


「──あ」


 懸命に過去の自分の記憶を(さかのぼ)っていたようで、何かを思い出したような声を上げた途端。

 副所長(カイザス)は首を左右に振り、何かを話そうとするも。恐怖に怯えていたからか、言葉を口に出来ないでいた。


「あ……あ、ああ、あっ……」

「そして、お前は実際に魔導具(マジックアイテム)を横流ししてまで、アズリア達を始末させようとした」

「ち……ちが……違うっ、それはっ……」


 首を掴んでいた所長(ジルガ)の手が離れ、再び副所長(カイザス)は地面に転がされる。


 弱々しく首を左右へと振り、何とか弁明の言葉を口から紡ごうとするも。

 恐怖に震えていたからか、はたまた万策尽きたからか、否定以外の言葉が出てこない。


「何も違わねえだろ。あの連中もしっかりお前の悪事を証明してくれたし、何よりあの腕輪だ」


 腕輪を拾い上げたばかりのイーディスを、空いた手で指差した所長(ジルガ)は。

 今度は手招きをして、腕輪を手渡すように乱暴な口調で命じた。


「おい。その腕輪をちょいと貸しな」


 少しばかりイーディスは複雑な表情を浮かべ、一瞬考え込むのも無理もない。


 養成所では所長と訓練生という上下関係こそ成立するが、生憎(あいにく)と今はヘクサムの外だ。

 しかも、危険な遠征訓練となった原因こそ副所長(カイザス)とナーシェンらではあるが。そもそも遠征訓練を命じたのは、まさに目の前の所長(ジルガ)なのだ。

 しかし、少なくとも副所長(カイザス)を罰する流れで。一時的な(いきどお)りの感情に流されなかったイーディスは。

 所長(ジルガ)が命じるまま、持っていた腕輪を手渡していくと。

 

「こりゃ、炎傷石(バーストロック)じゃねえか。この首輪がなけりゃ、俺らは今頃爆発に巻き込まれて黒焦げだ」


 アタシは、初めて聞く「炎傷石(バーストロック)」なる物に興味を持った。所長(ジルガ)の言葉から、爆発を起こす代物(しろもの)なのは推測は出来たが。

 さりとて、好奇心のあまり。副所長(カイザス)に罰を下す今の流れに水を差したくはない。


「な……なあ、ランディ」


 なのでアタシは所長(ジルガ)へ質問する代わりに、横にいたランディに「炎傷石(バーストロック)」とは何なのかを小声で聞いた。

 

「あのさ……炎傷石(バーストロック)ッて、何なんだ?」

「……炎傷石(バーストロック)ってのは、割れると大爆発を起こす宝石の事だ」


 突然の質問にもかかわらず、嫌な顔一つせずに。しかも小声で、アタシが聞きたかった内容を簡潔に答えてくれたランディは。


丁度(ちょうど)、あの腕輪に嵌ってるような──赤い宝石だな」


 続けて、イーディスから所長(ジルガ)に手渡された腕輪を小さく指差してみせた。

 見ると確かに腕輪には、ランディが今説明してくれたような赤い宝石が一、二個ほど嵌っている。


 所長(ジルガ)の先程の話、そしてランディの説明が本当だとするなら。

 魔法封じの首輪を(あらかじ)め、副所長(カイザス)に装着していなければ。


「じゃ、じゃあ……アタシらは危なかったッて、コトかい?」


 今頃、アタシらは腕輪──に嵌められた炎傷石(バーストロック)の爆発に巻き込まれていた、という事実をようやく理解出来た。


 そして、もう一つ。

 炎傷石(バーストロック)が何なのかを知っていたランディは、腕輪が落下した際に、何が起こるかも当然ながら知っていた筈。

 にもかかわらず、アタシを爆発の炎から庇うように動いたという事も理解してしまった。


「ランディ。アンタはさっき、爆発から庇おうとして、くれてたんだね……」

「──っ」


 理解してしまった以上、たとえ庇う必要がなかったとしても。アタシは口にせずにはいられなかった。

 するとランディは、唐突に顔を背けて真後ろを向いてしまうが。アタシは構わず、感謝の気持ちを言葉にする。


「あ……その、ありがとな。ランディ」


 顔を隠していたランディだったが、よく見ると耳が赤くなっている。

 となると、顔を背けたのもおそらくは。アタシを咄嗟(とっさ)に庇った事を指摘されたからなのだろう。

 同時に、故郷(ローゼベリ)で経験し得なかった感情に。アタシの(ほお)も熱を帯びていくのが自分でも分かる。


 何しろ、故郷(ローゼベリ)にいた頃のアタシは黒い肌の「忌み子」か、怪力(ゆえ)に「強者」として扱われるかの二択だったためか。

 他者から庇われる対象として扱われる事がなかった。

 庇われた、というだけならば。所長(ジルガ)との模擬戦や、先の悪名付き(グリージョ)との戦闘と何度もサバランに庇われてはきた。

 当然ながら感謝はしているものの、日頃より防御役を自称しているサバランだ。アタシを庇ったのも、戦闘における自分の役割を果たしただけなのだろう、きっと。

 ──しかし。

 先程の状況で、ランディがアタシを庇う理由などない。アタシも、ランディもただの傍観者でしかなかったのだから。


 それなのに、ランディは庇ったのだ。

 アタシを。

 嬉しくないわけがない。それこそ、(ほお)が熱くなる程には。


 少し浮かれていたアタシは、顔を背けていたランディとの会話で緊張がすっかり緩んでいたが。

 

「──さてと」


 所長(ジルガ)の一層低い声が響くと、アタシの注目はランディから移り、その姿に再び緊張を取り戻す。

 何故ならば。

 いつの間にか所長(ジルガ)は愛用の武器である鉄製の巨大な大鎚(ハンマー)を、頭上高く振り上げていたからだ。

 後は掲げた武器を、首輪によって魔法を封じられた哀れな魔術師(カイザス)へと振り下ろすのみ。


 ──だったが。


「カイザス。最後に言っておく事があってな」


 大鎚(ハンマー)を振り上げた構えのまま、所長(ジルガ)はまだ何かを語ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ