131話 アズリア、頬を赤に染める
「も……もしかして、この首輪はっ」
腕輪を落としても何も起こらず、そして詠唱後の魔法すら発動しなかった事で。
ようやく副所長は、自分の首に装着された物の正体を理解する。
「そうだ。咎人に付ける、魔法封じの効果が込められた首輪だよ」
魔法封じの首輪とは、街の生活に疎いアタシでも知っている、ごく一般的に目にする事のある魔導具だったりする。
というのも、街で忌み嫌われていたアタシですら幼少の頃に魔法を習うように。
暖炉や竈門の火種となる「点火」や重い荷を運ぶのに便利な「筋力上昇」等、簡単な生活魔法であれば誰でも使う事が出来る。
しかし、便利な魔法は悪用する事だって出来る。家に火を放つ際に「点火」を、喧嘩で「筋力上昇」を、といった具合に。悪事を働き、捕まった連中が魔法を用いて暴れないよう、街の治安を維持する衛兵の詰所には最低でも一つは用意されているのだ。
つまり所長は副所長を「犯罪者と同等だ」と認定していた事となる。
しかもアタシらを発見し、ナーシェンの取り巻きらの証言を聞くより前、ヘクサムを出発するその時から既に。
「そ、そんな物を、魔術師であるこの私に装着したというのかっ?」
「そりゃあな。悪名付きの情報を隠してただけでも重罪だってのに。カイザス、お前は俺の忠告を無視したんだ」
最初、副所長は言葉の意図が理解出来ずに怪訝そうな、喉に何かが引っ掛かったような顔を浮かべていたが。
「──あ」
懸命に過去の自分の記憶を遡っていたようで、何かを思い出したような声を上げた途端。
副所長は首を左右に振り、何かを話そうとするも。恐怖に怯えていたからか、言葉を口に出来ないでいた。
「あ……あ、ああ、あっ……」
「そして、お前は実際に魔導具を横流ししてまで、アズリア達を始末させようとした」
「ち……ちが……違うっ、それはっ……」
首を掴んでいた所長の手が離れ、再び副所長は地面に転がされる。
弱々しく首を左右へと振り、何とか弁明の言葉を口から紡ごうとするも。
恐怖に震えていたからか、はたまた万策尽きたからか、否定以外の言葉が出てこない。
「何も違わねえだろ。あの連中もしっかりお前の悪事を証明してくれたし、何よりあの腕輪だ」
腕輪を拾い上げたばかりのイーディスを、空いた手で指差した所長は。
今度は手招きをして、腕輪を手渡すように乱暴な口調で命じた。
「おい。その腕輪をちょいと貸しな」
少しばかりイーディスは複雑な表情を浮かべ、一瞬考え込むのも無理もない。
養成所では所長と訓練生という上下関係こそ成立するが、生憎と今はヘクサムの外だ。
しかも、危険な遠征訓練となった原因こそ副所長とナーシェンらではあるが。そもそも遠征訓練を命じたのは、まさに目の前の所長なのだ。
しかし、少なくとも副所長を罰する流れで。一時的な憤りの感情に流されなかったイーディスは。
所長が命じるまま、持っていた腕輪を手渡していくと。
「こりゃ、炎傷石じゃねえか。この首輪がなけりゃ、俺らは今頃爆発に巻き込まれて黒焦げだ」
アタシは、初めて聞く「炎傷石」なる物に興味を持った。所長の言葉から、爆発を起こす代物なのは推測は出来たが。
さりとて、好奇心のあまり。副所長に罰を下す今の流れに水を差したくはない。
「な……なあ、ランディ」
なのでアタシは所長へ質問する代わりに、横にいたランディに「炎傷石」とは何なのかを小声で聞いた。
「あのさ……炎傷石ッて、何なんだ?」
「……炎傷石ってのは、割れると大爆発を起こす宝石の事だ」
突然の質問にもかかわらず、嫌な顔一つせずに。しかも小声で、アタシが聞きたかった内容を簡潔に答えてくれたランディは。
「丁度、あの腕輪に嵌ってるような──赤い宝石だな」
続けて、イーディスから所長に手渡された腕輪を小さく指差してみせた。
見ると確かに腕輪には、ランディが今説明してくれたような赤い宝石が一、二個ほど嵌っている。
所長の先程の話、そしてランディの説明が本当だとするなら。
魔法封じの首輪を予め、副所長に装着していなければ。
「じゃ、じゃあ……アタシらは危なかったッて、コトかい?」
今頃、アタシらは腕輪──に嵌められた炎傷石の爆発に巻き込まれていた、という事実をようやく理解出来た。
そして、もう一つ。
炎傷石が何なのかを知っていたランディは、腕輪が落下した際に、何が起こるかも当然ながら知っていた筈。
にもかかわらず、アタシを爆発の炎から庇うように動いたという事も理解してしまった。
「ランディ。アンタはさっき、爆発から庇おうとして、くれてたんだね……」
「──っ」
理解してしまった以上、たとえ庇う必要がなかったとしても。アタシは口にせずにはいられなかった。
するとランディは、唐突に顔を背けて真後ろを向いてしまうが。アタシは構わず、感謝の気持ちを言葉にする。
「あ……その、ありがとな。ランディ」
顔を隠していたランディだったが、よく見ると耳が赤くなっている。
となると、顔を背けたのもおそらくは。アタシを咄嗟に庇った事を指摘されたからなのだろう。
同時に、故郷で経験し得なかった感情に。アタシの頬も熱を帯びていくのが自分でも分かる。
何しろ、故郷にいた頃のアタシは黒い肌の「忌み子」か、怪力故に「強者」として扱われるかの二択だったためか。
他者から庇われる対象として扱われる事がなかった。
庇われた、というだけならば。所長との模擬戦や、先の悪名付きとの戦闘と何度もサバランに庇われてはきた。
当然ながら感謝はしているものの、日頃より防御役を自称しているサバランだ。アタシを庇ったのも、戦闘における自分の役割を果たしただけなのだろう、きっと。
──しかし。
先程の状況で、ランディがアタシを庇う理由などない。アタシも、ランディもただの傍観者でしかなかったのだから。
それなのに、ランディは庇ったのだ。
アタシを。
嬉しくないわけがない。それこそ、頬が熱くなる程には。
少し浮かれていたアタシは、顔を背けていたランディとの会話で緊張がすっかり緩んでいたが。
「──さてと」
所長の一層低い声が響くと、アタシの注目はランディから移り、その姿に再び緊張を取り戻す。
何故ならば。
いつの間にか所長は愛用の武器である鉄製の巨大な大鎚を、頭上高く振り上げていたからだ。
後は掲げた武器を、首輪によって魔法を封じられた哀れな魔術師へと振り下ろすのみ。
──だったが。
「カイザス。最後に言っておく事があってな」
大鎚を振り上げた構えのまま、所長はまだ何かを語ろうとしていた。




