129話 カイザス、跳ね返ってきた敵意
「おお、話が早いな──それでは早速だ」
情け無く泣き叫ぶ男の頭を鷲掴みにしたまま、所長は質問を投げ掛けると。
「副所長から渡された魔導具を全部教えろ」
『は、はは……はい、っ……』
明らかに怯えた表情に加え、顔色からは完全に血の気が引き。恐怖で声を震わせながら、承諾の返事をする取り巻きの一人。
後ろ楯である貴族子息が死んだとあっては。男は最早「貴族の取り巻き」ではなく、何の立場も持たない、アタシらと同格の訓練生でしかない。
さらには今、完全装備の所長や岩人族ら、さらにはアタシらにも囲まれているのだ。
はい、という以外の選択肢は残されていない。
例え、それを自ら口にする事で。所長に逆らった事実を認めてしまうとしても。
頭を鷲掴みにされたまま、慌てた様子で装着していた腕輪を外して地面に置いた直後だった。
『あ、あの……』
男は恐る恐る、離れた場所にいたイーディスへと視線を向け、小さく指を差した。
所長が男に問うたのは、所持している魔導具の提出だったため。最初、男の行動の意図が分からず。
「聞かれた事以外はするな。どうなっても知らんぞ」
『ぎゃああああああ⁉︎』
怪しげな動きを見せた事に警戒を強め、男の頭を掴む指先に力を込めた。
鉄製の巨大な大鎚を軽々と扱う程の恐るべき腕力だ。下手をすれば、頭蓋に亀裂は入るやもしれない。
当然ながら、男はそのような怪力で頭を締め付けられ、激痛で絶叫を上げたが。
「あ、そうか」
ふとアタシは懐から、連中から没収した魔法の短剣の一本を取り出す。
「そういや、取り上げたままだったね」
不意を突かれ、背中を魔法の炎で焼かれた際。取り巻きらは詠唱や予備動作を一切行なっていなかった。
だからそのまま持たせていては、手足を拘束し、口を覆った状態であっても短剣を用いて魔法が使われる危険性を考慮し。連中から魔法の短剣を取り上げたままにしていた事を思い出し。
取り出した短剣を、所長へと手渡す。
「あ? おいアズリア。こりゃ、何だ?」
「見ての通りさ、短剣だよ。握ってるだけで詠唱ナシで魔法が発動できる、便利な──ね」
「何、だと」
突然二人に割り込んで、アタシが差し出した短剣に対し。明らかに眉を歪め、尋問を邪魔された事に不機嫌を露わにする所長だったが。
アタシが説明を続けると、ようやく目の前にある短剣の意味を理解し。
「貸してみろ」
「勿論だよ。ほらッ」
アタシの手から短剣を受け取った所長は、施された装飾──中でも一際目立つ柄に埋め込まれた大きな宝石を見るや。
すぐに目を瞑って、何かに集中する仕草を見せたかと思うと。
握った短剣を、地面に座り込んでいた副所長目掛け、勢い良く振るってみせた。
「ふんっ!」
とはいえ所長と副所長、二人の間は短剣の刃が届かない距離であり。本来であれば何も起きる筈がないのだが。
今、所長の手にあるのは魔法の短剣だ。
予想通り。短剣は空を斬るのみだったが。
短剣から発生し、巻き起こった風の渦が一直線ではなく螺旋状の軌道を取り。距離が空いた副所長の下半身に命中した。
「ぎ……ぎゃぁぁああああ! わ、私のっ、私の脚がああああっ?」
絶叫とともに、風の渦が命中した脚がぱっくりと切り裂かれ、鮮血が飛沫となって地面に撒き散らす。
どうやら短剣を振るった所長は、この結果を予め想定していたようで。
「なるほど、な。初級魔法とはいえ、こんな武器まで用意してやがったとはな」
「う、ぐっっ……ぐ……うぅぅっっ……」
風の刃で斬られた脚を押さえて、その場に蹲る副所長。
「別に脚を狙っちゃいなかったが、丁度良かった。この傷じゃ逃げられやしないだろうからな」
アタシが見たところ。副所長が今負った脚の傷は、流れた血飛沫からも決して浅くはない。
これ以上は血を流さぬよう、傷口を布で覆うなりしなければ。下手をすれば生命を脅かす程度には深い傷だ。
にもかかわらず、所長は地面に倒れ込んだ副所長をそのまま放置し。
ナーシェンの取り巻きへの尋問を再開する。
「──なあ。カイザスがお前らに手渡したのは、この短剣一本だけか?」
「ひぃ……っ」
頭を掴まれたままの男が、短くか細い悲鳴を口から漏らしたのは。所長の顔が先程よりも厳しく、怒りを湛えていたからだ。
原因はおそらく。今振るってみせた魔法の短剣の、発動させた魔法の威力を目の当たりにしたからに違いない。
街で普通に暮らしている住民でも、幼少期から誰かに教わり。「基礎魔法」と呼ばれる生活を便利にする二、三種の魔法は使えたりするが。
戦闘時に使える攻撃魔法ともなると、そう簡単には教えては貰えないし。それなりの訓練と魔力が必要となる。だからこそ養成所でも、魔術師である副所長が教鞭を振るい、訓練生へと攻撃魔法を教えていたのだから。
アタシは幸運にも、冒険者としての経験から攻撃魔法が扱えるランディに。防御能力に優れたサバラン、元々機微な上に身体強化魔法でさらに加速が出来るイーディスと。共に行動した仲間に恵まれていたため、勝利する事が出来たが。
本来であれば。訓練生同士の諍いに、攻撃魔法を簡単に扱えるようになる魔導具を持ち出した場合──一方的な結果となっていただろう。
しかも、である。
魔法の短剣は一本ではないのだから。
「いや、後ろでふん縛ってるあの二人も同じような短剣を持ってたハズさ」
「それに。俺が持ってるこの聖銀の剣も、アイツらが落としていった武器だ。間違いない」
アタシとランディの言葉を聞いて、怒りを通り越し、半ば呆れた表情を浮かべた所長はというと。
尋問のため頭を鷲掴みにしていた、取り巻きの一人から手を離した途端に。
「模擬戦で、俺の鉄兜を叩き割った時から目は付けてたが。まさか、これだけの魔導具を持った連中に勝っちまうとはな」
その手をアタシの頭へと伸ばし、鷲掴みに……もとい。髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でてきたのだ。
同時にもう一方の手でランディの肩を、同じく乱暴に叩きながら。
「ちょ、しょ、所長ッ……」
「それだけではないぞ、ジルガよ。この訓練生どもはたった四人で、あの悪名付きまで倒してしまいおった」
突然の出来事に唖然とし、戸惑っていたアタシだったが。
モードレイの街から派遣されてきたという岩人族のガンドラも混じり、手放しでアタシらの戦果を称賛してくる。
そう。
この時、この場に存在するほぼ全員の視線がアタシとランディを注視していた中。
地面に転がっていた魔導具に息を殺して手を伸ばす、一人の人物がいたのを。
──称賛の対象となっていたアタシは偶然、見てしまったのだ。




