128話 カイザス、最後に足掻く
いや、ランディだけではない。
背後の野営場所からは、サバランとイーディス両名も武器を握り。今にも副所長へと突撃してきそうな雰囲気だったからだ。
「……おいカイザス。ひょっとして、追い詰められて頭がどうかしちまったか?」
既に一度は副所長を見限った所長や岩人族のガンドラなどは、三人のように敵意を剥き出しにはしなかったものの。
冷ややかな視線を向け、高笑いをしていた副所長が正気を失ったかと勘違いする──が。
所長の言葉に、高笑いを止めた副所長は。つい直前までの絶望した表情から一変、再び眼には歪んだ光が戻る。
「はっはは……心配せずとも、私は正気だよ。まだ神は私を見捨てはしなかった事に、笑いが堪えられなくて、ね」
「は? 何を言ってる、お前にはもう何も出来る事など──」
所長が指摘した事は正しい。アタシへの報復が目的で、ランディに敵対心を秘めていたナーシェンを煽り、わざわざ魔導具まで渡し。
さらに小鬼を率いる凶悪な個体の存在を所長へ報告せず、敢えて危険を放置したが。アタシら四人は協力し、障害を全て排除した。
すると今度は伯爵家という立場を利用し、自分の保身を図ろうとするも。所長の機転により敢え無く躱されてしまったからだ。
これ以上、副所長は何をしようというのだろう。或いは、アタシへの報復のためだけに一体どれだけの前準備をしていたのか。
「もし。予め、ラウム男爵の子が死ぬ事を想定し、私が動いていたとしたら?」
「……何だと」
「私も副所長という立場だ。ラウム男爵の子が並々ならぬ敵対心を抱く訓練生の事と実力を、知らないわけがないだろう」
今、副所長の言葉に挙がった訓練生とは、ランディの事で間違いはないだろう。
「最初こそ二人の実力は近しかったが。かたや真剣に訓練に取り組む一方、ラウム男爵の子は親の地位を自分の実力と勘違いし、慢心で腕を鈍らせていった」
その言葉を聞いたアタシは、思わず側頭部に負った棍棒の傷に指を伸ばし、傷口に触れる直前で指を止めた。
アタシは、ナーシェンと同じく悪名付きの棍棒の一撃を喰らった。にもかかわらず、アタシは重傷を負ったものの生きており。ナーシェンは生命を落とした。
だからアタシが助かり、ナーシェンが死んだのは。ただ運の差でしかなかったとばかり思っていた。
だからアタシが死を回避出来たのは、ただの幸運であり偶然。下手をすれば、アタシが死にナーシェンが生きていた未来もあったかも知れないという発想が。
アタシの胸の奥に燻り続けていたのだったが、そうではなかったのだ。
「……そっ、か」
たった三日。ランディと邂逅し、まだ大した日数こそ経ってはいないが。
初日での所長との突然の模擬戦に、翌日の訓練の一部始終。そして小鬼や悪名付きとの戦闘での立ち回りを間近で見れば。ランディがいかに優れた才能を持つ戦士だという事は一目瞭然というものだ。
先程、ランディからの話では。入所当時は二人の実力が拮抗していたと聞いた。まだナーシェンの実力を知らないアタシは、話の内容を基準に実力を測るしかなく。
ナーシェンの実力を過大評価しすぎていた。
その過大評価を訂正してくれた副所長の独白は、尚も続く。
「私はどうにか魔術師としての伝手を使い、聖銀の剣をラウム男爵家の子に用意したが。まさか……奇襲する前に小鬼に襲われ、敗北するとはな」
「……ん?」
アタシは、今の言葉に違和感を覚える。
確か、副所長は所長に強引に連行されてこの場に姿を見せたのは記憶に新しい。
なのに何故、アタシらが救援に入るより前のナーシェンらの状況を、詳細に語れているのか。
「その言葉、まるでどっかからナーシェンらを見ていたみたいじゃないか」
「みたい、じゃない。カイザスはずっと監視してたんだよ、ナーシェン達の事をな」
「ど、どうやってッ?」
戸惑うアタシの疑問に答えたのは、副所長ではなく所長。
しかし、それよりも驚いたのは。
「な……何故、所長がその事をっ⁉︎」
所長の指摘に、アタシ以上に驚きの反応を見せていたのは副所長。
明らかに動揺を見せた態度が、所長の言葉に真実味を与えてしまう。
つまり、方法こそ全く想像が出来ないが、副所長はナーシェンらを何らかの手段で監視していたという指摘への。
「……し、しまっ?」
一連の言動が少々、演技じみているとアタシは思ったが。
自分が見せた反応が裏目に出た事を理解したのか、さらに失言を重ねる副所長は。さすがにこれ以上取り繕うのが無駄だ、と思ったのだろうか。
諦めたように抵抗を止め、ナーシェンを監視していた事実を認める。
「わ、わかった。白状する、監視をしていた事については全面的に認める。だからあそこで捕まっている者らを一人、私の目の前に連れて来てくれ」
そして副所長は、野営場所に放置してあったナーシェンの取り巻きの三人を指差す。
聖銀の剣、魔法の短剣の他にも。監視が目的の魔導具を副所長から受け取っていたのだろうか。
「おい」
すると所長は初めて、救援のために率いてきたガンドラ以外の岩人族に声を掛け、指で合図を送ると。
「誰でもいい。拘束してある連中を一人、ここに連れて来てくれ」
ガンドラのように髭に覆われた顔に、同じ装備を着込んだ背丈の低い、頑強な何人かが。
唖然とするサバランやイーディスの横を通り過ぎ、手足を拘束されていた取り巻きの一人をまるで荷物のように肩に担ぐと。
あっという間に、ランディやアタシ、所長の足元の地面に転がしていった。
「さてと、素直に喋ってくれれゃ話は早いんだがな」
『ん──むむぅ⁉︎』
頭を左右へと揺らして首を鳴らし、大鎚を握っていない片手を伸ばし。連れて来られた取り巻きの頭を鷲掴みにすると、強引に寝ていた身体を起こしていくと。
口枷代わりに布を噛ませていたからか、言葉にならない悲鳴を上げる不運な取り巻きの男。
「おっと。口枷があったら喋れないよなあ? 外してやるからしっかり喋れよ」
『──ぷ、はぁ!』
口に噛ませた布を取り除かれた取り巻きは、ようやく自由に息が出来る事を堪能するかのように大きく息を吐くと。
アタシや所長の顔を見るなり、悲鳴を上げて泣き出してしまう。
『ひぃぃぃっ! な、なな、何でも話しますううう! だから、だから殺さないで! 生命だけはお助けをぉぉっ!』
昨晩、アタシやサバランらを口汚く侮辱したのと同じ人物とは思えない卑屈な態度に、少しは辟易としたが。
無理もない。後ろ楯だったナーシェンはもういないのだから。




