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127話 ランディ、同僚の死に怒る

 ナーシェンは──アタシらが救援に到着した時には既に、悪名付き(グリージョ)棍棒(クラブ)で頭を強打されたらしく。

 不意を突いた取り巻きらの裏切りにも参加せず、野営の準備中にも目を覚ます様子もなかったが。


「……あのまま死んじまったのか、アイツ」


 まさか、ナーシェンが悪名付き(グリージョ)から喰らった一撃が致命傷だったとは。


 すっかり油断していた。

 

 同じく棍棒(クラブ)の一撃を頭に喰らったアタシが、重傷を負ったものの無事だった事と。

 到着直後は小鬼(ゴブリン)らとの戦闘が、しかも取り巻き三人が突如裏切った事もあり。身柄の拘束を最優先にし、ナーシェンの身体の状態を詳しく確認するのを失念していたのだ。


「ナーシェン、アイツの生命が危ういと気付いてやれてたら……もしかしたらッ──」


 一瞬だけアタシは、自分の行動を振り返って。もし選択を間違えていなければ、また違った未来がナーシェンにもあったかもしれない事を悔やみはしたが。

 次の瞬間、頭に浮かんだ後悔をアタシは首を左右に振って即座に否定する。

 

「いや……どのみち無理な話、か」


 ナーシェンが頭に受けた一撃が致命傷だったとしたら、アタシらに出来る事は何もない。精々が養成所に帰還し、治癒術師に委ねる以外になかったが。

 帰還が叶わないからこそ、アタシらは焚き火の煙を用いて救援を知らせたのだから。


 とはいえ「ナーシェンが死んだ」事実に。アタシが後悔したのは、自分の行動の至らなさに対してであって。

 ナーシェンが死んだ事自体には、何の感慨(かんがい)も湧かなかったのもまた正直な感想だった。

 アタシがナーシェンという人物を認識したのが、そもそも昨晩の突然の勧誘が最初であり。ほんの二、三程度の言葉しか交わしていない相手なのだから、当然と言えば当然だが。

 

 (むし)ろ、ナーシェンの死に激しく怒りを覚え。激情のままに副所長(カイザス)を殴りつけたランディの精神状態をこそ、アタシは心配になった。

 いつも冷静に状況を俯瞰(ふかん)している事の多いランディが、感情的になり前に出てくるなど初めて見たからだ。

 

「大丈夫かい、ランディ」


 先程まで副所長(カイザス)喉元(のどもと)に突き付けていた両手剣(グレートソード)を、一旦手離して地面に落とし。

 興奮か怒りか、(ある)いは悲しみからか。肩を上下に揺らし、息を荒げていたランディの肩へと手を置くと。ぽんぽん、と軽く叩いて落ち着きを取り戻すための手助けをする。


「……あ、ああ。悪い……アズリア、っ」

「何、構わないさ。いつもはアタシとアンタ、逆の役割だからね」


 アタシは冗談混じりに言ってのけたが。実際にこれまで三日間、感情的になりやすいアタシは冷静なランディの介入に何度助けられた。

 だからこそ、激情に駆られたランディをアタシが止める立場というのも奇妙な感覚だが。

 

 肩を撫で、アタシと言葉を交わしているうちに。ランディも徐々に興奮が収まり、冷静さを取り戻していったようで。

 

「……あいつは。ナーシェンは御世辞(おせじ)にも良い性格とは言えない、貴族出身であることを鼻に掛けた嫌な男だった」

「あ、まあ……確かに、ね」

「だけどな」


 落ち着いてきたランディが口を開き、ぽつぽつと語り始めたのは。つい先程死んだナーシェンの事、それも悪口の(たぐ)いだ。

 今回の一連の騒動、ただの訓練だった内容をここまで大事にしたのは間違いなく副所長(カイザス)だが。起因は、ナーシェンの理不尽かつ身勝手な勧誘にこそあった。

 だが、死んだ人間を悪く言うのは抵抗があったアタシは、ランディの言葉に曖昧(あいまい)(うなず)くのみだった──が。

 悪い印象を持っていると語っているにもかかわらず、過去を懐かしむような口調へと徐々に変わり。


「俺とナーシェンは入所してすぐに模擬戦をし、何とか勝てたが。最後の攻撃がもう少し早ければ、俺は負けていた」

「へぇ……」


 ランディの話題は、初めてのナーシェンとの模擬戦とその結果に移っていた。

 今朝、ヘクサムを出発前に。ナーシェンとの因縁が少なからずある事をランディの口から聞かされてはいたが。

 

 まさかナーシェンとの因縁が、模擬戦での勝敗から始まっていたと聞いたのにもアタシは驚いたが。さらに驚きなのは、ランディとほぼ互角の実力をナーシェンが有しているという点にだ。


 残念ながら、アタシはナーシェンの腕前とやらを一度も目にした事がないためか。(にわ)かにランディの言葉が信じられなかった。

 何しろ。魔術師でもないのに、既に火属性の強力な攻撃魔法に身体強化魔法(ブースト・エンチャント)まで行使出来る上に。

 優れた武器さえ持てば、強力な個体である悪名付き(グリージョ)の首を一撃で両断出来る程の剣の腕前のランディと互角だなんて。

 

「アンタとナーシェンとの間にゃ、そんな因縁があったのかい……」

「あの時からずっと、俺の中でナーシェンは養成所で一番の好敵手だ。少なくとも俺はそう思っていたけど……こいつ(ナーシェン)の中ではそうではなかったんだな」


 ランディの話を聞いて、何故にナーシェンが昨晩あんな身勝手な勧誘を。しかもアタシのような「忌み子」を何より嫌いそうな帝国貴族出身のナーシェンが仕掛けてきたのか。

 その理由を何となく理解してしまった。

 本当にアタシに興味があったのではなく、ランディへの対抗意識がナーシェンを動かしたのだ、と。

 そして同時に。

 昨晩のナーシェンや取り巻きの挑発で、サバランやイーディスは過度に反応していたものの。ランディが一切口を挟まなかった事をアタシは思い出す。


 おそらくランディは、この遠征訓練でもナーシェンを好敵手として競いたかったのだろう。

 しかしランディの気持ちは最悪の形で裏切られる事となった。


「ナーシェンが死んだのは自業自得だ、それは認める。だがな──最後に転げ落ちる背中を押したのは、間違いなく副所長だ」

 

 そう言葉を終えた瞬間にランディの鋭く怒りの感情が込もった目線が、再び副所長(カイザス)を貫いた。

 確かにランディの言う通りだ。ナーシェンがランディを襲撃したい程に敵対心を抱いていたとして。その敵対心の根源は「模擬戦に敗北した事」──つまりはランディの実力には及ばないという劣等感だ。

 なればこそ奇襲を仕掛けるには、ナーシェンの劣等感を埋める「何か」が必要となる。


 その「何か」とは、聖銀(ミスリル)製の長剣(ロングソード)や魔法の短剣(ダガー)であり。それを提供したのは副所長(カイザス)

 逆に言えば、副所長(カイザス)の余計な介入さえなければ。いかにランディやアタシに敵愾(てきがい)心を抱いていようが、奇襲という行動には出なかっただろう。

 ……あくまで推測でしかないが。


「は。は……は、ははっ、はははは」


 すると、この場の全員から見捨てられたばかり。ランディが睨んだ対象となった副所長(カイザス)が、笑い声を漏らし始めた。

 その笑いの音量は徐々に増していき、最後にはまるで気が触れたかのような高笑いへと変わる。


「はあっはっはっは! そうか! あのラウム男爵家の子息、死んだかっ! はっはっはははは!」

「……なん、だと?」


 副所長(カイザス)の見せた態度に、この場の空気が一瞬にして緊張が張り詰める。

 一度は思い出を吐き出した事で冷静さを取り戻したばかりのランディが、再び怒りを(あら)わにしたからだ。

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