124話 アズリア、凶行に及んだ動機
だが──アタシの手に伝わってきたのは、寝転んだ副所長の身体を貫く肉の感触ではなく。
鋼鉄と鋼鉄とが激突する時の衝撃。
振り下ろした両手剣の切先を遮ったのは、所長の大鎚だった。
「おっと。待ちな、アズリア」
「……何、止めてんだよッ」
そう言ってアタシは両手剣を握る右腕に、さらに力を込めた。
大鎚を強引に退かせ、副所長の身体を突き刺そうとしたからだが。
片手で、ではなく両手で武器を握っていた所長の腕を動かす事が出来ず。
「邪魔するなら、先に所長──アンタから」
副所長への怒りに加え、その怒りを晴らす行為を妨害した憤りから。アタシは所長を睨み付けるも。
「おい、そんな怖い目で見るな。まだこっちの話の途中なんだからよ」
「……は? 今さら何を──」
「まあ、黙って聞け」
アタシが渾身の力で押し切ろうとしているにもかかわらず、視線の圧にも怯む事なく平然な顔をした所長は。
こちらの文句を途中で制して、何かを語ろうとする。
「確かにお前の想像通り、ナーシェンらの馬鹿な行動の原因は全部、副所長のせいだ」
「だったらッ!」
「だがな、お前たちのいる場所へ俺やガンドラを案内したのも……間違いなく、副所長だ」
所長の言葉を驚いたアタシは、思わず両手剣を持つ手を緩め、副所長を見る。
確かにアタシも疑問だった。救援の煙を上げたのは陽が落ちる直前、ヘクサムとの距離を考えれば、煙を目視しアタシらの野営場所に到着するのは、早くとも翌日の朝。
という事は、だ。救援を出すよりも前の段階でガンドラも所長も、アタシらの元へと出発していたという事となる。
「案内がなきゃ、準備に時間が掛かる。下手すりゃ救援は明日、いや……もう一日は遅れていたかもなあ」
「そ、そりゃ──」
もしかしたら救援が遅れていたかも、と聞いて。アタシは一旦振り返り、野営地で控えていたランディら三人へと視線を向けた。
幸運にも、これまで二度の戦闘でイーディスは無傷。ランディも魔力が回復すれば動くのに問題はなく。
脚を負傷したサバランも、歩く程度の運動には悪影響がない様子で。おそらく、一番怪我が酷いのは背中に炎の魔法を浴び、頭に悪名付きの棍棒が直撃したアタシだろうが。
アタシはこの通り、動ける程度の体力の余裕は残してある。
「……あの時、右眼の力を使わないで良かったよ」
悪名付きとの戦闘では何度か、右眼の力を開放し、勝負を一気に決めてやろうかと頭を過った事か。
だが、もし実際に力を開放していたら。さらに救援が遅れるような事態に陥ったとしたら。魔力の枯渇と全身の激痛という代償で、ランディら三人の足枷になるところだった。
右眼の力の使用を思い止まった、あの戦闘での自分の判断を。今は褒めてやりたい気分だ。
さて、そうなると。
副所長がどのような方法でアタシらの野営地を特定したのかという疑問が新たに生まれる事となるが。
「にしても。どうやって副所長はアタシらの場所を?」
「……さあな。だが、こんな奴でも一応は魔術師だ。お前らの場所を特定出来る魔法でもあるんだろ?」
思わず口に出てしまった疑問に対する、所長の回答は実に単純──分からない、だった。
知らないのも当然ではある。アタシや所長は魔術師ではなく、副所長は魔術師だからだ。
誰でも魔法が使えるのに、何故に魔術師だけが「魔術師」と呼ばれるのか。
それは有している魔法の知識と、使用出来る魔法の種類が魔術師とそうでない人間には明確な差があるからだ。
アタシが知ってる魔法とは、幼少期に故郷に住んでいた老魔術師から教わった基礎魔法が数種類程度。おそらくは所長も魔法の知識には疎いのだろう。
対して副所長は、養成所で唯一の魔術師であり。当然ながらアタシや所長の知らない魔法を、副所長ならば知っているだろう。
「第一、目の前に本人がいるんだ。知りたいなら聞いてみりゃいいじゃねえか」
「そういやそうだね」
所長の大鎚で止められた両手剣を、アタシは一旦引っ込めると。
真下に剣先を向け握っていた剣の上下を入れ替えるよう、両手剣を握り直すと。剣を、今度は副所長の首目掛けて振るい。
首元から拳一つ程手前で、その刃をピタリと止めた。
あくまで今回の剣は脅し。副所長を殺す決意は、一度邪魔された途端に霧散してしまった。
「……ひ⁉︎」
「なあ。話は聞いてたよね、副所長さんよ」
どうやら今の剣に殺意がないという事を見抜かれたからか、先程と違い所長は動かなかった。
「え? あ……あの、しょ……所長っ?」
再び所長が庇ってくれるのを期待し、油断していたからか。自分の首と刃の距離に、恐怖のためか情けない声の悲鳴を漏らす副所長。
「ひ……ひい、ぃっっっっ!」
「どうやってアタシらの場所を調べたんだよ。いや、それ以前に──」
本来ならばこの場は、アタシらの野営場所を特定した魔法の正体を吐かせる算段だったが。
今回の騒動の元凶でもある副所長に話を聞く事の出来る、絶好の機会に。
アタシは場所の特定などよりも、一番聞いておきたかった質問を直接ぶつけてみる事にした。
「何でナーシェンらを煽ってまで、アタシらを殺そうとしやがったんだ?」
「そ、それは……」
首元に剣を突き付けられても尚、言葉に淀む様子の副所長。余程、口に出すのを憚られる理由なのかと思ったアタシだったが。
ようやく重い口を開いた副所長が語り始めたのは。
「お前が……新入りの、しかも平民の分際で、私に。魔術師で帝国貴族の私に魔法で恥をかかせたからだ」
先程の説明の通り、魔法の専門家である魔術師相手に。しかも大勢の訓練生の目の前で。魔力の行使の最中に恥をかかされたのだ。
遺恨を残したのは当然であり、アタシも副所長という立場で報復を受ける事には警戒を払っていたが。
まさか、殺害を計算される程に恨まれていたとは予想外だっただけに。
「──は。そんな……コトで?」
何しろ、たった一度の出来事だ。
ただ魔力を開放したその結果、アタシへの過小評価が仇となってしまっただけ。
そんな事で殺されるなんて、冗談ではない。
しかしアタシが思わず、口から漏らしてしまった本音を耳にした副所長の表情が険しいものに変わる。
先程まで剣を突き付けられ、恐怖に怯えていた態度から一変して声を荒らげる。
「何がそんな事か!」
突然、激昂し感情的な態度となった副所長は。首元の両手剣の刃を握り、自分の急所から切先を除けようとするが。
刃を潰した訓練用の剣ではなく、戦闘用の剣だったため。力一杯に剣を握れば、当然ながら剣の刃は指や手の平を傷つける。
にもかかわらず、副所長は剣を握りながら、アタシを憎悪を込めた視線で睨む。




