123話 アズリア、舞台裏の事情を知る
「ふむぅ……未だ信じられんわい。まさか、のぅ……あの悪名付きが狩られていようとは」
顎髭を撫でながら岩人族のガンドラは、アタシや背後に控えていたランディら三人へと視線を移し。
革袋の中身とを交互に何度も見返していたが。
まだアタシには一つ、懸念すべき点が残っていた。その疑念を晴らさずに、救援に来たガンドラの手を取り、大人しく着いていく訳にはいかない。
それは。
「な、なあ。首を確認してるトコ、悪いんだけどさ。ガンドラ……だっけ? アタシらの救援を『ついで』って言ったよな、確か」
「おお、確かに言ったが?」
先程のガンドラの会話の内容を、アタシはしっかりと記憶していた。
アタシらが遭遇し、死闘の末にランディがトドメを刺した悪名付きを討伐する目的とは別に。
養成所の訓練生であるアタシらを救援に来た、とも。
聞けばガンドラは、ヘクサムとは別の街の防衛が役割だという話だ。なのに、何故アタシらに救援が必要だという事を知っていたのだろう。
イーディスの提案を飲み、アタシらが赤の煙を焚き救援を要請したのは、陽が落ちるまさに直前だ。ガンドラが救援に駆け付けるには、あまりにも到着が早すぎる。
もしガンドラが、悪名付きを探索していた際に偶然アタシらの野営を見つけ、様子を確認するために接近してきたのなら。とりあえず納得は出来たものの。
ガンドラは先程のアタシの質問に、些かの躊躇いもなく「ついで」と答えた。それはアタシらを発見した事は偶然でなく、最初から救援が必要だと知っていたという事となる。
「それはだな──」
アタシの疑問に答えようとしたのは、目の前にいた岩人族のガンドラでなく。ましてやランディら三人でもなく。
暗闇の奥から現れた、大柄な人影だった。
「あ、アンタは……ッ?」
最初だけは、ガンドラと同じく頑丈な鉄兜を装着していた事で誰だか分からなかったが。焚き火が照らす光が徐々に姿の輪郭を明らかにしていくと、ようやくその人物の正体をアタシは理解する。
現れたのは、所長のジルガだった。
なるほど、所長が同行していたのなら。ガンドラが訓練生であるアタシらや、街の外で遠征訓練の最中である事情も予め知っていても別段おかしな話ではない。
しかし、ヘクサムにいる筈の所長が救援要請の赤い煙を発見し、この場所に到着するには。迅速、という言葉だけで納得する話では決してない。
「所長が、何でこんな場所に?」
「色々と説明が必要だが、まあ──まずはこいつのせいと、一部はお陰だな」
その疑問の解答だ、と言わんばかりに。所長は愛用の武器である大鎚とは別に、地面に引きずっていた何かをアタシの足元へと放り投げてくる。
その何かにも、アタシは見覚えがあった。
「ふ、副所長じゃねえか、コレッ?」
驚いたのも当然だ。地面に引きずられていたのが、重い荷物の入った革袋だとばかり思っていたら人間だったのだから。
アタシの目の前の地面に転がされたのは、副所長のカイザスだった。
入所して二日目の魔法の訓練の際、色々と遭って禍根を残してしまった相手でもある。
しかし、何故に副所長がこの場に。
「ぐ……う、う……うっ……」
ここに来るまでに何があったのかは知る由もないが、長らく地面に引きずられていたからか。副所長の衣服は損傷が激しく。
地面に倒れている副所長も、足が痛むのか膝を抱えるような姿勢で痛みに呻き。立ち上がってくる気配がない。
何故に立って歩くのではなく、荷物のように所長に引きずられ、連れて来られたのか。
その姿は、まるで罪を犯した咎人のような扱いだが。
「こいつ……副所長はな。この一帯に凶悪な小鬼が出没する情報を俺へ届かないよう、握り潰してたんだ」
「な、なるほどね……そりゃ納得だよ」
所長の説明に、アタシは至極合点が入った。
新人と聞いてアタシに初日から模擬戦を挑んでくる程に血気盛んな、武勇に優れた所長の事だ。
悪名付きの棍棒の威力も凄まじかったが、所長の巨大な大鎚も決して劣ってはいない。所長と悪名付き、一対一での勝負となるとアタシでもどちらが勝つかの予想は難しい。
ならば尚の事。悪名付きのような強敵の存在を知れば、己から討伐に出向くだろう。
「もしそうだったら。あの訓練生は殺されてなかったかもしれないね……」
アタシが思い出したのは、一度目の小鬼らの集団と遭遇した時の事だ。一〇体以上の小鬼を全滅させ、亡骸の処理の最中に偶然。アタシらは小鬼の犠牲になった、同じ訓練生が死んで地面に埋められていたのを発見してしまったのだ。
あくまで仮定の話となってしまうが──所長の話が真実だとして。もっと早く悪名付きの情報が伝わっていれば、訓練生が死なずに済んだのかもしれない。
一度、そう考えてしまうと。
アタシは足元に転がっていた副所長に対し、無性に怒りを覚えた。
そうだ。
考えてみれば。
ナーシェンの取り巻きらがアタシらへ襲撃を画策し、実際に不意打ちを仕掛けてアタシの背中を焼いたのも。
そもそも、悪名付きがヘクサム一帯に出没する事を知っていたら。所長も昨晩、遠征という決着方法を選ばなかったのではなかろうか。
元凶は全て、副所長が原因ではないか。
「そっか。コイツのせいで──」
ガンドラの接近で、一度は心の奥底へと戻した「人を殺める決意」が。副所長への怒りで再び胸中に再燃する。
アタシは握っていた両手剣の柄を握り潰す勢いで、指に力を込めて。切先を下に向けたまま、ゆっくりと剣を高く掲げていく。突き刺すための勢いを乗せるために。
両手剣の切先の真下にあるもの、それは地面に転がったままの副所長の身体だった。
「……っ、ひぃ!」
まさに今、自分が生命を奪われる状況である事を把握した副所長は。口から小さく悲鳴を漏らす。
即座に立ち上がるか、もしくはその場を動かなければ鋭い剣に貫かれるのは避けられない。にもかかわらず、副所長はアタシの殺意に飲まれ、怯えからか身体を動かす事が出来ない。
逃げられない、と自分の絶望的な状態を悟った副所長は。最後の足掻きにと、首を左右に振りながら何とか言葉を紡ぐ。
「ま……ま、待てっ、私は副所長で貴族、それに魔術師なのだぞ? もし、私を殺せば、どうなるか……」
「知らないね、そんなコト」
そんな命乞いにもアタシは一向に構わず、剣先で狙いを副所長へとピタリと定めると。
怒りに我を忘れ、握っていた両手剣の刃を真下へと勢いを付けて落下させた。




