122話 アズリア、岩人族との会話で
岩人族を知らない、と不覚にも口にしてしまったアタシに対し。自らをその岩人族と名乗る、目の前の老齢の戦士は呆れた口調で言葉を続ける。
「……儂等はの。とある目的のついでに、お前ら兵士のひよっ子が無事かどうかを見に来たんじゃ」
「え? ッて……コトは」
その言葉が意味している事実に、アタシは思わず顔を緩ませてしまう。
つまり、この岩人族の戦士はヘクサム、もしくは別の近隣の街から。アタシらの安否の確認のために派遣された──と言っていたのだから。
火を焚き、救援を知らせる色付きの煙を発生させたのは、日が暮れる直前だった。だからアタシは正直、養成所からの救援が来るのは翌日の朝以降になる事を覚悟していた。
それだけに、まさか養成所とは別の救いの手が差し伸べられるとは予想外だったからだ。
「まあ、お前さんのさっきの攻撃。あの様子を見れば心配は無用じゃったみたいだがの、ぐわっはっは!」
「は、はは……」
そう言って岩人族の戦士は、アタシの渾身の一撃を受け止めてみせた戦鎚を自慢げに見せつけてくる。
思わずアタシも苦笑いを返してしまったが、内心では笑う余裕など一切持てず、心穏やかではなかった。
何しろ、故郷ではアタシの渾身の一撃を止められる相手など一人も存在しなかったというのに。
ヘクサムに来て三日。所長に続いて、攻撃を止める相手に巡り合うとは。
「おお、互いに名乗るのがまだじゃったな。儂はモードレイの街の防衛隊長、ガンドラじゃ」
「あ、アタシはアズリア……」
目の前の岩人族は互いの名乗りを終えると同時に、アタシに開いた手を差し出してくる。
最初は手を出してきた意図が理解出来ず、アタシは唖然としていたが。
「ほれ。手を出されたら握り返す、訓練生でも兵士の礼儀くらいは知ってるじゃろう」
「あ……」
アタシは故郷で、衛兵の訓練を遠巻きから覗いていた事こそあったが。訓練に混じった事はない。従って「兵士の礼儀」などというものを学ぶ機会もなかった。
初めて耳にした約束事に、アタシは差し出された岩人族の手を握り返そうとしたが。
伸ばした自分の手の一瞬見て、躊躇する。
「でも、イイのかい?」
「ん。どういう意味じゃ?」
アタシが伸ばした手を止めた理由、それは自分の浅黒い肌が視界に入ったからだ。
見れば、目の前の岩人族は肌の表面に多数の皺や傷こそ刻まれているが。肌の色は人間よりも多少濃い程度。
決してアタシのような黒い肌をしてはいなかった。
「いや……アタシは見ての通り、生まれつき黒い肌をしてるんだ。だからさッ──」
アタシの黒い肌を見た故郷の街の住民は皆、ほとんど例外なく黒い肌を気味悪く思い。「呪われた子」「忌み子」とアタシを忌避し、心無い言葉を浴びせてきた。
だからこそ、アタシは躊躇したのだ。
救援に来た岩人族に、アタシの黒い肌を見せた事で忌み嫌われたら──いや、それよりも。
アタシが黒い肌だからという理由で、救援を断られてしまわないかという危惧から。
だが、そんな懸念をよそに。ガンドラと名乗った岩人族は、何故か途中で止めたアタシの手を強引に握ってきた。
「肌の色? 少なくとも儂等はそんなつまらん事で、あれだけ強烈な一撃を放てる戦士を馬鹿になどせんわい」
どうやら先程、アタシがガンドラに撃ち放った渾身の一撃。受け止めたにもかかわらず、その攻撃を称賛してみせたのだ。
ガンドラの言葉に一瞬戸惑ったアタシだったが、どうにか感謝の気持ちを口にする事が出来た。
「あ……ありがと」
実力を評価された事に、アタシの肌を偏見無しで見てくれた事は勿論嬉しかった。
しかし……こちらとしては。
ガンドラがアタシらを救援する目的だっただけに。両手剣の一撃が頭を真っ二つに割らずに済んだ事に安堵してもいたのだが。
「そ、そうだッ……アタシらの救援がついでって言ったよな、さっき」
「ああ、確かにのう。儂等の目的はとある凶悪な魔物の討伐じゃからの」
「それって──」
うむ、と一旦言葉を区切ると。ガンドラは生やした顎髭を二、三度撫で始め、大きく息を吐くと。
「聞いた事はないか? 『村喰いのグリージョ』という異名を持つ、近隣の村落三つと住民全てを滅ぼした小鬼の王じゃよ」
「「えっ⁉︎」」
ガンドラの説明に、驚いて声を上げたのはアタシだけではなかった。
背後からほぼ同時に驚きの声を上げたのは、ランディ。
それも当然だ。
ランディが魔力枯渇の直前な状態にまで追い込まれたのは、ガンドラがたった今口にした「村喰いのグリージョ」との戦闘が原因なのだから。
そしてこれまた当然ながら、目の前で悪名付きの名前を出した途端にアタシとランディが見せてしまった反応は。
ガンドラに「何かある」と察知されるには、充分過ぎる材料だった。
「……お前たち、何か知ってるな」
ガンドラは目的達成のためか、アタシらに対して情報提供を求めてくる一方で。
疑い、とは違ってはいるが鋭い目線をアタシと、背後にあった野営地点へと向けた。
アタシやサバラン、そしてイーディスが悪名付きが率いた小鬼らの死体を埋め。辺りに散った血飛沫は出来る限り処理した筈だが。
さすがに、悪名付きが振り回していた巨大な棍棒で薙ぎ倒され根本から折れた樹や、砕けた地面まではどうしようもなく。
様々な戦闘の傷跡が、この場で激しい戦闘が発生した事をガンドラに教えてしまう。
「まさか、遭遇したのか! グリージョにっ!」
「遭遇した……というか、なぁ」
別に悪名付きを倒してしまった事を黙秘する理由も特にない。
アタシは背後にいたランディに目配せと一緒に手を振り、合図を送る。
事前に何の相談もしてなかったため。
ランディに上手く意図が伝わっているかは心配だが。
「ああ。その悪名付きとやらは──」
するとランディは、まだ魔力が回復していないからか、鈍い足取りで今いた場所から離れると。
ランディの最後の一撃で胴体から斬り離した、悪名付きの頭部。それを詰めた大きな革袋を運んでくる。
「俺たちが倒した」
「な、何……だ、と?」
ランディの言葉に、一瞬呆けた顔を見せたガンドラだったが。我に返るや否や、革袋の中身を慌てて確認していく。
「じ、冗談じゃろ? あの悪名付きは、儂等岩人族の戦士らが何度追い詰めても倒し切れなんだ相手っ……それを、まだ訓練途中の者たちが──」
袋の中身を検める最中、口から漏れ出すガンドラの呟き、或いは愚痴をアタシの耳は拾ってしまう。
もし、ガンドラの言葉が紛れもなく真実だとするなら。
アタシの渾身の一撃を止められるような屈強な戦士が数人掛かりでも倒せない相手を。アタシら四人は仕留めてしまったのだ。
確かに悪名付きの防御で見せた異能──肌を黒く変色させ、武器を弾く程に硬化させる能力は厄介極まりなかったが。
それでも、アタシは思う。
初日での所長との模擬戦のほうが余程厄介だった、と。




