エピローグという名の蛇足
魔王様と詠唱者の時代からだいぶ先の未来。
どこかの大陸、どこかの国のとある村、平和な風景。
「今日はわたしのご本を読んでもらうの!」
「ダメ!今日こそわたしの本を読んでもらうんだから!!」
とある場所の、とある家。
双子の姉妹が寝る前に読んでもらう本の種類を巡って、諍いが始まった。
「あらあらまだどの本にするか決まらないの?」
諍いを止めに入ったのは、二人の母。
「今日は特別に二冊読んであげるから、もうケンカしないこと!」
「やったぁ!」
「ありがとう、ママ!」
子供たちは喜び、示し合わせたかのように、母親の目の前に手にした絵本を差し出した。
「魔王様と詠唱者様の本!」
「詠唱者様と魔王様の本!」
タイトルが逆転しているこの絵本たちは、この国の少女たちに大層人気だ。
『魔王様と詠唱者』の本のヒーローは魔王様、ヒロインは詠唱者。
『詠唱者と魔王様』の本のヒーローは詠唱者、ヒロインは魔王様。
両者の性の違いをタイトルで表しているのである。魔王様の目覚めと共に出会った二人が心を通わせ、結ばれる、というあらすじに変化はない。魔王様の纏う色は黒髪に紅い瞳、詠唱者は白銀の髪に金目、と決まっていた。作者違いの本も複数出ており、紆余曲折の内容が、それぞれドラマチックに仕立てられている。幼い少女たちは、必ず自分好みの一冊を持っており、少年用に二人の冒険譚風のお話もある。
枕を並べて仲良く並んだ双子たちは、目をキラキラ輝かせて母親の声に耳を傾ける。母親が二冊目を読み終わる頃には、穏やかな笑顔のまま寝息を立てていた。
「お疲れ様、二人はもう寝たのかい?」
階段を下りて来た母親を見つけ、父親が声をかけた。
「ええ、今日は二冊も本を読まされたのよ」
「ああ、魔王様と詠唱様、と、詠唱様と魔王様、か?」
「双子なのに好みが正反対ってのも、ある意味面白いわ」
妻が肩をトントンと叩きながら、椅子に腰かけた。
夫はそっとその前に湯気の立つカップを置く。
「ありがとう。本を読むと喉が渇くから助かるわ。私としては将来あの子たちに、『乙女のための』魔王様と詠唱者バージョンをお勧めしたいわ」
「おいおい、実は両方とも男だったって仮定の話だろ、それ。今はまだ、あの子たちの前でその話はしてくれるなよ。お前は全く昔から変わってないなぁ」
「あら、そういうあなただって、二人が女の子同士で、道ならぬ恋に絶望して、って暗い話が好きだったわよね?」
「ぶっ!よ、よくそんなこと覚えているな?!」
「そりゃそうよ。私たち二人とも相手の好みが受け入れられず、取っ組み合いの大喧嘩したのが始まりだったじゃない」
「そっ、それはお前が『道ならぬ恋だからって、最後に死を選ぶなんて意気地なし!』っていうからだろ?!」
「あなただって『男同士がくっついて、幸せに暮らしました。なんて、もっと現実を見ろよ』なんていうからよ!」
夫婦二人は互いに顔を見合わせ、同時に噴出した。
「あの頃は自分の好きが一番!その他は認めない、って頑なだったわ」
「そうだな。自分がこれ好きだから、他人も好きに違いない!って思いこんでたなぁ」
「でも、あそこで思い切りケンカしたおかげで、私たちも打ち解けられたのよね」
「当時はお前とこんなに長い付き合いになるとは、思ってもいなかったよ」
いったん口を閉じ、思いがけずも同時に目の前のカップからお茶を飲んだ。
こんなところまで息ぴったりか、と二人は口に含んだ液体を噴出さぬよう、互いに顔をそむけた。
「今は魔力が安定しているし、魔族もましてや魔獣なんてめったに見ない世界になったけれど、あのおとぎ話は本当に過去にあったことなのかしら…」
妻がポツリと呟いた。
「さぁな。おとぎ話はおとぎ話。されど、嘘だったとは言い切れない。どのおとぎ話でも最後のオチは決まっていただろう?」
「『二人は永遠に離れることはありませんでした』ね。まぁ、あなたの好きだったお話はちょっと意味が違っていたようだけれど」
「そ、それはそれで、いいじゃないか。もう勘弁してくれ」
「そうね、結局は愛する二人が幸せになったなら、それでいいのよ」
「「『そして、世界に平和が訪れました』」」
おとぎ話の最後の一文は全てその一言で締めくくられていた。
魔力の供給のために目覚め、眠りにつく魔王様と、それを支える詠唱者がこの世界にいるかどうかは今や誰にもわからない。
でも、確かに二人は存在していたのだ。誰に知られることもなく。いまでもこの世界の何処かで、二人は幸せに暮らしてるのかもしれない……