表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

8話 お嬢様の自惚れ

 一ヶ月の月日が流れた。現在、この世界の中心に位置する都市、「セントラル」近くの森で美久と赤いゼリー状の物体、「レッドスライム」と対峙し、俺はそれを遠巻きで見ている。


 先に動いたのはレッドスライムだった。飛び上がり、美久に襲いかかる。


 美久は横に飛んでそれを避け、右掌をレッドスライムに向けて伸ばした。


「『フリーズ』!」


 美久が叫んだ瞬間、レッドスライムは氷漬けになった。そして、撃破したことを知らせる効果音とともにレッドスライムは銅でできた丸く平べったい物を一枚、氷の中に残して消滅する。


 数秒後、氷は一瞬にして溶けて、中に閉じ込められた物体が地面に落ちた。


 美久はその物体が落ちたところまで歩を進めると、腰を屈めてそれを拾い上げた。拾い上げた物体をじっと見つめ、その後小さく微笑むとこちらに向かって駆け寄って来た。


「正和さん! 十円玉ですよ! 十円玉!」


 美久は拾い上げた物体、十円玉を嬉しそうに見せびらかしてきた。何の変哲もないただの十円玉だが、それは彼女にとってすごく意味のある物だ。


 十円玉の意味、それは彼女が鍛錬に耐えて成長したという証。俺は彼女に向かって微笑んだ。


「成長したな。もう鍛錬は必要なさそうだ」

「じゃあ――!」

「おめでとう。それとこれから先、俺の背中を預かってくれ」


 俺の言葉に「はい」と返事をした彼女の表情は、笑顔で喜びにあふれていた。


 彼女は本当に成長した。最初の頃は普通のスライムごときに苦戦していたが、今では普通のスライムより格上のレッドスライム相手にダメージを一切負わずに、一人の力だけで撃破できるようになった。俺の背中を預けても大丈夫だ。まあ、預けなくても俺は大丈夫なのだが。


(成長したことだし、あれを取りに行くかな)


 あれとは「マスターリング」のことだ。セントラルで他のプレイヤー達と情報を交換し、そこでマスターリングに関することを耳にした。


 マスターリング。これ一つで各種ステータス、特に魔力を大幅に増量できる代物であり、魔法に関する装備の中で最高のランクに位置する物。もちろんデバッグ装備を除いてだが。


 いくら戦闘の経験を積んで強くなっても、今の彼女の防具は初期装備。この先待ち受けているはずであろう強力なモンスター相手に簡単にやられてしまう。それに、魔法に頼った戦い方をする彼女のためにも是非とも手に入れたい装備だ。


「さて、美久も成長したことだし、これからマスターリングがあるダンジョンに潜るぞ」


 マスターリングはとあるダンジョンの奥地に存在するらしいのだが、そのダンジョンは――。


「マスターリング……あの、今の私がそのダンジョンに行っても大丈夫でしょうか? 鍛錬したとは言え、私なんかが足を踏み入れても到底歯が立たないと思うのですが……」


 装備のランクとその装備が眠っているダンジョンの難易度は比例する。マスターリングは強力な装備だ。つまり、今から行くダンジョンは高難易度。初期装備の美久ではそこに生息するモンスターを相手にすると、一撃のうちにやられてしまうだろう。


「大丈夫だ。俺が守る」


 しかし、俺がいる。デバッグ装備に身を包んだ最強の俺が。俺の攻撃は全て一撃必殺。美久にモンスターの攻撃が届く前に撃破することができる。



 ――――



 ダンジョン内部に侵入してから時間が経った。ここまで多くのモンスターが襲いかかってきたが、俺の槍一振りのもと全て薙ぎ倒してきた。


「結構奥深くまで来ましたが、まだそれらしきモンスターに遭遇してませんね」


 美久が言った。


 何でも、ダンジョンで手に入る装備というのは強力なモンスター、俗にいうボスが守っているらしい。装備が眠っている部屋の扉の前にボスが待ち構えていて、それを倒すことによって部屋に侵入して装備を入手できるのだと言う。


 結構奥まで潜ったことだし、そろそろそれらしきモンスターと遭遇してもおかしくないはずなのだが。


 俺は美久の前を歩いていて、美久より先に角を曲がった。そして、あるものを確認すると美久にその場に立ち止まるように指示して、俺は角に急いで引っ込んだ。


「どうしたのですか?」

「――いた」


 俺は角から顔だけを出してそれを確認する。両開きの大きな扉の前にそれはいた。


 巨大な二枚の翼を背中から生やし、硬そうなウロコを持った巨大なトカゲ。ドラゴンだ。


「ドラゴンだ。そして奴の後ろにある大きな扉、恐らくあの中にマスターリングがある」


 両手で後ろから俺の体を掴み、美久も俺と同じように顔だけを出してドラゴンを確認する。


「本当ですね。でもあの姿、寝ているのではないですか?」


 ドラゴンは地面に伏せて目を閉じている。美久の言う通り、寝ているみたいだ。


 これはチャンス、起こさないように近づいて俺の槍で一突きすれば余裕で倒せる。


「よし、俺が行く。美久はここで待って――」


 言い終わる前に美久が飛び出してドラゴンのもとに向かって行った。


「ちょっ、おい! 戻って来い!」


 小さく、それでも届くような声で美久に言った。ドラゴンを起こさないためだ。


 美久は気付いたようで、足を止めてこちらを向きコクンと頷いた。


(わかったようだな! さあ、戻って来い!)


 しかし、彼女は再びドラゴンのもとに向かって行った。


(わかってねえのかよ!?)


 美久が何を考えているかは知らないが、とにかくまずい。ドラゴンが目を覚ませば最後、彼女は一瞬にしてやられてしまう。


 俺は飛び出して美久のもとへと走った。美久はと言うと、ドラゴンの前で立ち止まり、右掌をドラゴンに向けていた。まさか――!


「『ファイア』!」


 ドラゴンの周りが炎の壁に包まれた。ファイアの熱でドラゴンは目を覚ましたようで起き上がり、翼をひろげて一度だけ羽ばたかせる。


 すると、炎は一瞬にして消え去った。今の美久とドラゴンでは力の差がありすぎる。美久が放った魔法などドラゴンにとって痛くも痒くもない。


 美久は呆然としてその場に立ち尽くしているようだ。ドラゴンの口元を見ると、そこから炎が漏れているのが見える。


「間に合えーっ!」


 俺は美久に抱きつき、すぐさま横に飛んだ。その直後、俺と美久のそばをドラゴンの口から吐かれた炎が通りすぎる。


 飛んでいる途中、俺は体をひねって背中より地面に着地した。背中に痛みが走る。


「いつつっ!」

「正和さん!」


 美久は俺の上に乗ったまま心配そうに覗きこんできた。


「大丈夫だ。いいか、ここにいろ」


 俺は上に乗っている美久をどかすと槍を構えてドラゴンのもとへと走った。ドラゴンは再び口の中に炎を蓄えているようだった。


「俺のほうが早い!」


 ドラゴンの腹部に槍を突き刺した。ドラゴンの口から炎が消え、咆哮を上げる。そして、撃破したことを知らせる効果音を発してドラゴンは消滅し、大量の紙幣が地面にばら撒かれた。


「正和さん!」


 美久は俺に駆け寄ってきた。そんな美久に俺はすかさずビンタを食らわす。彼女は一瞬何が起こったのかわからなかったようで硬直した。


「何を考えている! 俺がいなかったら死んでいたんだぞ!」


 俺は怒鳴った。当たり前だ、自ら死にに行くような真似をしたのだからな。


 美久はゆっくりと叩かれた頬に手のひらを当て、そして小さく声を上げて泣き始めた。


「だ、だって……私でも……! ヒグッ! 倒せると……!」

「寝ているから倒せるとでも思ったか? 自惚れるな! 相手が無防備だからと言って今のお前が倒せる相手じゃない!」


 美久はただただ泣き続けた。俺はふうっと溜息をつく。


「ほら、行くぞ」


 俺は泣き続ける美久の手を強制的に引っ張り、扉へと向かった。



 ――――



 部屋の中央、台の上にショウケースに入れたれた状態でそれはあった。


 金色で宝石による装飾が施された腕輪、マスターリングだ。


「ほら、撮れ」


 俺の言葉に美久は反応せず、いまだに泣き続けている。


「勝手にスマホ借りるぞ。いいな?」


 美久の返答を待たずに彼女のウエストパックからスマホを取り出し、カメラを起動させてマスターリングを撮影した。この世界では、アイテムはスマホのカメラで撮影することで入手できる。


 入手したついでに美久の装備をマジックリングからマスターリングに変更してやった。彼女のステータスは全体的に底上げされ、特に魔力については大幅に増量されている。


 スマホから目を離し、美久の方を向いた。


「――痛かったよな。悪い、おもいっきり叩いて」


 美久の叩いた部分の頬を撫でる。


「ただ、命を落としていたかもしれなかったんだ。わかってくれ」


 俺は美久にスマホを差し出した。美久は頷くと、スマホを両手で受け取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ