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9話 バグを見つける人、デバッガー

 ダンジョンから引き上げ、セントラルに戻って来た翌日の昼時。俺と美久はセントラルに留まっていた。


 セントラルはこの世界の中央に位置する大都市。大都市と言うことは必然と多くの人々、プレイヤーが集まって来る。つまり、ここに留まっておけばこちらから他の街などに出向かなくても、やって来る他のプレイヤー達と情報を交換できるというわけだ。


 現在、俺と美久はカフェのテラスで机を挟んで向かい合って座っている。机の上には、お互いが購入した飲み物をそれぞれの自身の前に置かれている。俺はコーヒー、美久は紅茶だ。


 カップを手に取り、フチに口をつけてコーヒーを少量口の中に流し込む。口の中にミルクと砂糖の甘さ、申し訳程度にコーヒーの苦味が広がる。実は俺のコーヒーはミルクと砂糖たっぷりだ。ブラックは飲めないことはないが、進んで飲もうとは思わない。


 フチから口を離し、カップを机の上に置いて美久を見る。彼女は下を向いて、じっと紅茶が入ったカップを見つめていた。


(気まずいな……)


 俺と美久は昨日、ダンジョンでマスターリングを手に入れてから会話をしていない。俺から話しかけてはいるのだが、美久は俺と目を合わせないようにうつむいて頷くだけだ。まだ昨日のことを引きずっているのだろう。


 俺は目線を美久から離して町中へと向けた。


 俺の目線の先に荷駄を引く男の姿が入った。男は左の方へ向かったと思ったら、反転して右の方へと向かった。そのまま数歩進むと、再び反転して左へ進む。そしてまた右へ、これの繰り返しだ。


 あの動きはNPCだな。この世界に存在するNPCは決められた行動しか取らない。それにしても荷駄を引く男の姿、見ていて滑稽だ。


 ――ピリリリリッ!


 スマホの着信音が聞こえた。それは俺の物からだけでなく、街中から聞こえた。


 スマホを取り出し、スリープ状態を解除して画面を注視する。



 ****


 現在バグが発生しております。原因は現在調査中です。

 なお、皆様にはお詫びとしてバグを修正するまでの間、無料で各宿に泊まれるようにしております。ご活用ください。


 ****



 以上のことが表示されていた。


「正和さん、これって一体……?」


 美久が話しかけて来た。彼女のスマホにも同様の内容のものが届いているようだ。


「わからない」


 こう答えたが、実は俺には思い当たることがあった。それはデバッグ。


 俺は通常のプレイでは決して使えないデバッグモードを使用している。それがこの世界に影響をもたらし、バグを引き起こしているのではないか?


 いやしかし、デバッグはデバッガーが確認作業を行うために用意されているもの。それが原因でだなんてありえるのだろうか。


「わからないが、迂闊に動かないほうがいいと思う」


 連絡にはバグが発生したとあるが、一体どのようなバグが発生したのかはわからない。ここはバグが直ったという連絡が入るまで宝玉探しを中断するべきだと思う。


 バグに巻き込まれて、それが原因でこの世界を去るわけにはいかない。たった一回きりの勝ち組に転生することができるチャンスだからな。


「わかりました、それで私達はどうするべきなのですか?」

「とりあえず、今から宿に行って引きこもっておこう。連絡が入るまで」


 幸いにも金はデバッグで所持金を最大まで増やしてあるので困らない。一生、宿に引き篭もっておくことも可能だ。


 俺と美久は早速、宿に向かう為に立ち上がった。その時であった、俺の目線の先、歩道から一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 男は俗にいう肥満体型というやつであった。ゲームの勇者が着るような衣装に身を包んでいるが、体型のせいで勇者という印象は感じられない。


 男はやがて、街の中心地である広間で立ち止まった。あんなところで立ち止まっては、邪魔でしかたがないだろうに。そして男に全身西洋の甲冑に身を包んだ者がぶつかった。


「ご、ごめんなさい!」


 案の定、人がぶつかった。甲冑の者は男に頭を下げた。


 男は甲冑の者に目もくれず、その場に立ち尽くしていたが、やがて甲冑の者をギロリと睨みつけた。


「俺様にぶつかったな?」


 直後だった。甲冑の者は一瞬にしてその場より消え去った。何の前触れもなくだ。


「俺様にぶつからなかったら、この世界から消えることなんてなかったのになぁ」


 男は独り言を言って、悪役の者などが見せる悪い笑みを見せた。


 道行く他のプレイヤー達は、その一部始終を見ていた。皆、驚いたようで歩みを止めて立ち止まる。俺と美久も何が起こったのかわからず、その場に立ち尽くす。男周辺の時が止まった。


「――キャーッ!」


 何者かの、恐らく女性の叫び声で時は動き出した。皆、今の一部始終に恐怖し一目散に男から逃げ出した。そんな状況を見て、男は心底楽しそうに笑っている。


「何かやばそうな奴だ。美久、俺達も行くぞ!」


 美久を急かす。しかし、彼女はそれを聞き入れずにじっと男を見つめる。やがて、広間から他のプレイヤー達は消え去り、この場に残ったプレイヤーは俺、美久、そして男だけになった。


 男はこちらに気付いたようだ。他のプレイヤー達がいなくなっても笑い続けていたが、それを止めこちらを見つめてくる。


「何だ、お前。俺様のことをじっと見つめやがって」

「――一ついいでしょうか? さっきの甲冑の方はどちらに?」

「ああ? 消してやったんだよ、この世界からな。さっきの奴はどうせ宝玉を持っていないだろうし、今頃負け組人生に転生してんじゃねぇのか?」


 男はケラケラと笑う。


「何故そんなことをなされたのですか?」

「そんなの、俺にぶつかってきたからに決まってんだろ」

「ぶつかったのは貴方がそんなところで立ち止まっていたからです。それにあの方はちゃんと謝っておられました。それを――」

「うっせぇな。お前もさっきの奴のように消してやろうか?」


 男は腰に帯びている鞘より剣を抜いて構えた。美久は物怖じせずにじっと男を見つめ続けている。そんな彼女の肩を俺は軽く叩いた。目線を男から外し、俺を見つめてくる。


「俺が相手をする」


 俺は床に寝かせてあった槍を拾い上げ、美久の前に立って構える。


「ああ? 何だお前は? 俺様はお前の後ろにいる女に用があるんだ。お前なんぞに用はないんだよ! どけ!」

「お前は用がなくても、俺はあるんだよ。俺の中では、仲間に売られた喧嘩は仲間全員に喧嘩を売られたのと同じ。生憎、彼女は大事な仲間だ。つまり、お前は俺に喧嘩を売った。で、俺はその喧嘩を買ったというわけだ」

「そうかよ。じゃあ、お前から始末してやる! 死ね!」


 どこからでも来い。俺はこの世界じゃ最強なんだ。あんなの相手に負けるわけがない。


 瞬間、男は姿を消した。と思ったら、腹部に衝撃が走った。何と、いつの間にやら男は俺の目の前にいて、剣を俺の腹部に突き刺していたのだ。


(何が、起こった……?)


 理解できなかった。奴は一体どうやって――だが――。


「終わりか?」


 俺は余裕の表情で男に問いただした。男は最初、勝ったと言いたげな笑みを浮かべていたが、俺の言葉で表情は一転してあり得ないと驚いたような表情になった。


「ば、馬鹿な!」

「それじゃあ、次はこっちの番だな」


 俺は槍の底で男を殴った。男は横へと吹っ飛ぶ。


 男が飛んでいった方へ目をやった。まあ、俺の攻撃は全て一撃必殺だし既に姿はないんだろうが。


「くそっ!」


 そこにはなんと、男の姿があった。膝をついて、こちらを睨みつけている。


(まさか、耐えたのか? 俺の攻撃を?)


「てめぇ、なんで――!」


 男は睨みつけていたが、突然口角を持ち上げてニヤリと笑った。


「くくく、そうか、なるほどな。ここは一旦引くか」


 男は捨て台詞を吐くと、俺たちに背を向けて走って逃げて行った。それにしても何故、奴は俺の攻撃を耐えられた? あと、どうやって一瞬で俺の前まで来られた?


「あの、正和さん。大丈夫でしょうか?」


 男に対して疑問に思っているところで美久に声をかけられた。ハッとして我に返り、美久に目を向ける。


「あ、ああ。大丈夫だ」

「ああ、良かったです。先ほどの方、お強いようですね。正和さんの攻撃に耐えられたのですから」


 ――ピリリリリッ!


 美久がほっとむねを撫で下ろしたその時、着信音が鳴った。美久から発せられている。彼女はスマホを取り出した。


「誰から?」

「文子さんです。連絡先を交換していまして」


 おいおい、俺は連絡先なんて交換してないぞ。何で美久だけ……。


 美久は画面をタップして右の耳にスマホを当てた。


「お久しぶりです。はい――はい――えっ? はい、わかりました! すぐにでも!」


 美久は耳からスマホを離して画面をタップする。通話は終了したみたいだ。


「正和さん、文子さんが大変なんです! すぐに向かいましょう!」

「文子が?」


 美久は突然俺の手を引っ張ると駈け出した。俺は何がなんだかわからなかった。

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