鋼の決別
リドが金色の獅子に変貌してから三日後の事…
リドはユニティとシャフルーの国境近くまで辿り着いていた。
リドは国境を越えるのは難しい事を盗賊時代に教えられていた為、両方の警備の目が少ない場所を探してそこを通過する計画を考え、実行に移していた。
リドがこの辺りに来るのは始めての事だった。方位磁石で方角を細かく確認し、迷わないように慎重に歩を進める。
服に関しても考えなければならなかった。黄金の体は目立ちすぎる為にシャフルー領に向かう途中、たまたま場所を覚えていた盗賊団の隠し倉庫に寄り、全身を隠せる灰色のクロークと黒色の仮面を借りてきた。
そして三日間の旅でこの体の事は大体理解できた。腹は減りにくくなってるし、目や耳も良くなった。体重は物凄く増えたが、力は抜群にあるために行動に支障は無い。
問題点は一つ。派手な体の色だ。
黄金の体というのは否が追うにも目立ってしまう。
実際に何度か巡察している警備兵に自分の目を見られて怪しまれてしまう事があり、逃げ回らなければいけない場面は少なくなかった。
シャフルー領に入る時にも一悶着あるに違いない。
…いっそ、体を真っ黒に塗ってしまおうか?
いや、目の色まで変えられないし…
そんなことを考えながら歩き続けているリド。
すると…ふと、遠くから雄叫びと悲鳴がが聞こえてきた。それも一人ではなく、複数人の…。
声が聞こえた場所はこれからリドが向かう場所…シャフルーとの国境線近く。一応何が起こっているか、リドは安全のために確認してみることにした。
…驚いた。エルフと人間が、人間の村付近で戦っているではないか!シャフルーとの戦争が始まったのか?
そう考えて肝を冷やしたのだが…よくみると、どちらも正規軍の武装をしていない。どうやら戦争が始まった訳では無いらしい。
エルフ達の服装は傭兵、もしくは盗賊団のものだった。装備が統一されておらず、各々が違う武器を持っている。
人間側は皮鎧すら着ていない。
どうやら兵士ではなく、農民らしい。
鍬や鎌を武器に必死に交戦している。
…そういえば、丁度稲の収穫時期だったな。
エルフ達の目的が解ったような気がした。
恐らく食料調達と金品の略奪辺りだろう。
…このまま見てていいのだろうか?
俺はこれからシャフルーに行く。
村人達に加勢し、運良くエルフを追い返せたとする。
しかしそれでは、生き残ったエルフがシャフルーに帰還した場合俺はエルフの目の敵にされてしまうだろう。下劣な人間に加勢した愚か者と言われ、シャフルーに滞在することは難しくなる。
…仮に村人達に加勢したとしよう。
俺は村人達に素直に感謝されるだろうか?
それどころか、逆に村人に殺されてしまうかもしれない。
デメリットばかりだ、考える余地も無い。
…だけど、脳が村人を見捨てることを拒否してる。
俺は盗賊で、今は獣人。
ヒーローでも何でもないのに…
村人の悲鳴がまた聞こえた。
今度は子供の声。悲痛な助けを求める声が、頭に響く。
「……う…!?」
その声に反応するかの如く、自分の子供の頃の不完全な記憶が突然甦る。自分が奴隷だった頃の、忘れたはずの記憶。
ひたすら惨めだった、あの時の俺…あの村の人も、助けが来なければ同じ気持ちを味わうことになるのか?
……それなら。
ゆっくり、そして大きく深呼吸をする。
「…俺は黄金の獅子だ、盗賊のリドじゃない。
それでいいじゃないか…どうせ戻れないんだ。
偽善で人助けをしたって、別に良いだろ…?」
言い訳するように小さく呟き、村へ向かう。
不思議と、心は清んでいた。