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カラオケは苦手

 僕はいま、カラオケをしている。まあ、歌っているのは裕理で、僕はただそれを眺めるだけ。なにぶん、僕は歌を歌うのがあまり得意な方ではないので、こうする他ないのだ。

 それはいいとして。

 どうしてこうなったのだろう。楽しそうに歌う裕理を尻目に、僕は考える。何故僕をカラオケに誘ったのか。そして、何故僕と裕理の二人きりなのか。

 いや、別に嫌なわけじゃない。むしろ嬉しすぎて、昼に食べたものを全て吐しゃ物にしてしまいそうなぐらい、嬉しい。

 事の発端は、恋子からの一言。


「あんたの連絡先、裕理が知りたがってるんだけど」という、突拍子もないものであった。当然僕は、恋子にからかわれているのだと思い、適当な返事をする。


 それが昨日の夜の出来事であった。

 それから夜が明け、遅刻寸前で学校に到着し、いつものように春香と談笑していた時のこと。普段は携帯としての役割を果たさない、僕のこのポンコツな機械が、突然ポケットで振動するのであった。

 どうせ親父からだろうと高を括りつつ、誰からの連絡かが気になってしまう。

 高校受験の合格発表と同じくらいの緊張感を胸に抱き、僕は携帯を確認。すると、いい意味で僕の予想は裏切られる。

 メールが届いていたのだが、僕のアドレスに登録されている人ではなく、知らない人からであった。

 指先が震え、心が震え、大声で叫びたい衝動に駆られるも、どうにかこうにか自分を落ち着け、メールを確認する。


「件名……赤星裕里です? え、まじでか⁉」


 隣にいる春香が、「月人君? さっきから様子が変だけど……」とか言ってるが、とりあえずスルー。血眼になって本文を読む。


「今日の放課後、時間はありますか……? いやいや、時間なくても作るっての」


 慣れない動作に戸惑いながらも、僕は裕理に返信をした。もちろん、僕が暇であるという旨を伝えるために。

 それからしばらく経っても、返信が来なかったので、僕は自分が送ったメールの文面を、何度も何度も読み返した。

 誤字脱字もなければ、失礼に値するようなことも言ってない。しかし、それでも、返信が来なかったのだ。

 まんまと騙されたと思い、女性恐怖症になる。と思いきやすぐに克服した。というのも、一人トボトボ下校を開始し、ちょうど校門を出ようとした時。


「あ、月人。いきなりメール送ってごめんなさいね」


 見たことのない制服に身を包み、校門のところで突っ立っている裕理の姿が。


「どうして……こんなところに」


 裕里はゆったりとした笑顔で言った。


「だって、月人が、今日は暇だって言ってたから」


 神様ありがとう。無神論者の僕も、この日ばかりは神様に感謝をした。とまあ、こんな感じで裕理と会い、そして今に至る。


「……」 


 曲を歌い終わったところで、裕理は椅子に座る。


「裕理ってやっぱ、歌上手いな」


「そう? 私より玲緒奈の方が、歌は上手いと思うけど」


 この前のライブを思い出す。確かに玲緒奈は、ダンスもさることながら、歌も非常に上手かった。

 僕は手渡されたマイクを拒否し、言った。


「でも、裕理には玲緒奈にない、持ち味があると思うよ。ほら、いま歌ってくれたラブソングなんて、聞いてるだけでも感動したし」


 水面下でのせめぎ合い。裕理は僕にマイクを押しつけるも、僕はそれを拒み、また裕理がマイクを渡しての繰り返しである。

 いよいよ諦めたのか、裕理はマイクをテーブルに置き、ため息をつく。


「とても嬉しいこと言ってくれるわね。それにしても、どうして歌わないの?」


 どうしても何も、恋子のことをバカにできないほど、僕が音痴だからに決まっているだろう。そもそも、カラオケに来たこと自体なかったこの僕が、何を歌えというのか。

 怪訝そうな顔をする裕理に言った。


「悪い。僕はあんまり、歌うのが得意じゃないんだよ」


「でも、私の曲を聞いてるだけじゃ、つまらないでしょ?」


「そんなことはない。むしろ、最高に楽しい。だってさ、アイドルの生歌を聞けるんだぜ? こんなに贅沢なことはない」


 上品な微笑みを僕に向け、ちょっとだけ裕理は照れる。


「そっか……、だけど」


 裕里は言う。


「私は月人が歌ってるところ、見てみたいな」


 狙ってやっているのか、裕理は僕を下から見上げるように、つまりは上目づかいで、じっと見つめる。ただでさえ、女性に見つめられるのは恥ずかしい。しかも、その女性が裕理みたく美少女ともなれば、それまたいっそうに。

 僕は視線を泳がせた。


「ま、まあ……一曲ぐらいなら、歌ってもいいかな」


 とうとう裕理に負け、僕は仕方なく歌うことにした。


「本当に? わあ……楽しみ……」


 裕里からマイク、そして選曲するための機械を受け取る。人気の歌という項目を選択し、僕が歌えそうな曲を探す。

 バラードを歌うのは地雷というか、こういうのは歌が上手い人でなければ失敗する。確かそう、恋子が言っていたな。

 かといって、ロックを歌えるほどの声量はないし……。

 そうして悩んでいると、この前デンゾのライブに行った時、けっこう気に入った曲を見つける。本人の前で歌うのは気が引けるが、これなら多少は歌詞を覚えているため、結局それを選択した。


「これ……デンゾの曲……」


 ぽつりと、独り言のように裕理は言った。


「もしかして、嫌だった? デンゾの曲を僕が歌うのは」


 首を大きく横に振り、強く否定。


「そんなことない! でも……負けちゃう気がして……」


 裕里の言葉を掻き消すように、音楽が流れる。テンポの良い曲だ。聞いているだけでも、テンションが上がる。

 手が汗ばむのを感じ、やはり、かなり緊張をしていることを自覚する。

 そりゃそうだ。人前で歌うのは初めてなんだから。

 僕は座ったままで呼吸を整え、第一声を発した。

 まあ、お決まりの展開である。マイクがハウリングし、キーンと甲高い音が鳴り響く。僕も裕理も顔を歪め、出だしから失敗をしてしまう。

 けど、曲は止まることなく進んでしまうから、僕はすぐに持ち直す。

 途中、歌詞を間違えたり、高い声が出なくなったり、噛んでしまったりと、僕の初カラオケは散々なものであった。

 本人がいる前での失態。僕は恥ずかしいを通り越し、もはや申し訳ないとすら思える。


「ごめん……。下手くそな癖に、デンゾの曲を歌ったりしちゃって……」


 もう二度とカラオケはいかないと心に誓う。それとなく裕理を見てみれば、どこか浮かない顔というか、悲しげな表情である。

 そんなに僕の歌が酷かったのか。僕は愕然とし、しょげた。

 しばらくの間、タバコ臭いカラオケボックスを沈黙が支配する。気まずい雰囲気が流れる。


「ねえ、月人……」


 裕里は細々と言う。


「やっぱり、私たちじゃ……デンゾは無理なのかな……」


 意味が分からず、「どういうことだ?」と、聞き返す。


「私たちは、デンゾは、男性アイドルとして売り出されてるけど、実際は女性。確かに今までは、人気があるんだからそれでいいと思ってた……」


 言葉一つを紡ぎ出すのも苦しそうだ。


「思ってた、ってことは、今はそうじゃないのか?」


 ギリッと奥歯を噛み締め、裕理は言った。


「こうして、男の人がデンゾの曲を歌うのを目の当たりにして、私気づいた。いや、気づいちゃったって言ったほうがいいのかな」


 両手を胸の前で組み、裕理は言った。


「結局、私たちは偽物なんだな……って」


「偽物? 裕理が? さっぱり意味わかんないぞ」


 裕里はマイクを見つめながら言った。


「デンゾはもともと、男性アイドルグループとして売り出されるはずだったの。けど、なかなかいい人材が見つからなくて……。それで妥協案として、私たちが選ばれたのよ。そう……男性じゃなくて、女性が」


 僕は何も言わず、続きを聞く。


「私も恋子も玲緒奈も、街中でたまたまスカウトされてね。他の二人がどう思ってるか知らないけど、私はそもそもアイドルになんて興味なかったわ」


 それはきっと、恋子も同じなんじゃないだろうか。

 子供の時から、アイドルになりたいなんて話を、恋子から聞いたことがない。

 言ってしまえば、成り行きである。なんとなくアイドルを始めた。そんな感じなのだろう。まあ、本当のところは本人に聞かなければ分からないけど。

 僕は裕理の顔を見て言った。


「でも、今は違うだろ? 最初は興味なかったアイドルも、今じゃすっかり、アイドルに魅了されてる。そうだろ?」


 少し考えるような素振りを見せ、それから裕里は言った。


「そう……かもしれない。いまは、寝ても覚めても、アイドルのことを、デンゾのことばかりを考えてる」


「じゃあ、やっぱり、裕里は偽物なんかじゃなくて、本物のアイドルだ。僕が保障するよ」


 苦しそうに裕理は言った。


「だけど、私たちは所詮、代替品なのよ。男の真似事をする女。それが私たち、デンジャラスゾーンの正体」


 マイナス思考な裕理を見つめ、しばらく僕は黙った。


「どうしてそんなに悲観的なんだ。たとえ裕理たちは代替品だったしても、今じゃすっかり国民的アイドルなんだぞ? もっと自分に自信を持て」


「だって……だって……私……」


 元気づけるための言葉は、むしろ逆効果だったのか、僕の励ましを聞いた途端、裕理の頬から一筋の涙が流れる。

 僕は完全に動揺してしまい、ただただ、そんな裕理の姿を見つめる。


「月人がデンゾの曲を歌ってるのを見て……私分かっちゃったよ。女はどんなに頑張ったって、どこまでいっても、女にしかなれない……。男の人には……勝てないよ……」


 もし僕が、デンゾの曲を歌ったりしなければ、裕理の泣き顔を見なくても済んだ。

 いや、本当にそうだろうか。

 問題が表面化されたのが早まっただけで、たとえ僕がこうしなくとも、遅かれ早かれ裕理は悩むことになったはずだ。

 女はどこまでいっても女。女はどんなに頑張っても男にはなれない。

 まあ、そりゃそうだ。

 その逆もまたしかり。男はどこまでいっても男だし、どんなに努力しようと女にはなれない。性転換という選択肢もあるが、結局、自分が男だ、女だという意識は残ってしまうわけだから、完璧に性を変更することはできない。

 そして裕理の場合、異性への変身願望というより、デンゾへの忠誠心、もしくは愛着心があるだけで、別に男になりたいというわけではないのだろう。

 ただ単純に、もっと活躍したい。もっと歌いたい。もっと踊りたい。もっと……アイドルになりたい。そういった感情が入り混じり、こうして悩んでいる。

 やっぱり、芸能界なんて碌なものじゃない。

 僕は考えを整理していくうちに、怒りがこみ上げて来た。

 女性に男装をさせ、男性アイドルとして売り出す。これがどんなに無茶苦茶なことか理解しているのだろうか。

 これがどんなに、裕理を苦しめているのか、理解しているのだろうか。

 最初こそ、ここまで人気がでるとは思わなかったのかもしれない。さっき裕理が言っていた通り、所詮は代替品。きっとそういう感覚だったはず。

 しかし、期せずして、デンジャラスゾーンは爆発的な人気アイドルになってしまった。もう、こうなってしまった以上、メンバーが全員女性であることはひたむきに隠すしかない。

 女性だと世間にばれれば、人気が落ちる可能性はかなりの高確率である。

 恐らくこれが事務所側の考え。

 じゃあ、裕理はどう思っている。

 こればかりは、裕理の考えは、聞いてみるしかないだろう。

 もうとっくに予測できているが、まあ、悩みをしっかりと言葉にして吐き出すことで、少しは気分も楽になるはず。

 すっかり表情を暗くしている裕理に向け、僕は言った。


「なあ裕理。お前は男に勝てないとか何とか言ってるけど、お前が本当に勝ちたい相手は誰だ?」


 目を伏せたまま、裕理は言った。


「本当に……勝ちたい相手……?」


「裕理は、男に勝ちたいんじゃなくて、自分に勝ちたい、そう思ってるんじゃないか?」


「自分……?」


「誰よりも歌が上手くなりたい、誰よりも踊りが上手くなりたい、誰よりも素敵なアイドルになりたい。裕理は、そう思ってるんだろ、きっと」


「うん……でも、自分に勝ちたいとかは……よく分からない」


「もう自分が女性だってことを隠しながら、アイドルをやりたいとは思えない。違うか?」


 目を丸くし、ハッとした様子の裕理。


「男を装いファンを騙しながら、笑顔で、明るく、元気な自分を演じ……いや、自分さえ騙して……そんな自分が許せなくて、自分に負けて……だから裕理は、本当に勝ちたい相手は、自分なんじゃないか?」


 口を開き、閉じる。それを数回繰り返して、裕理はようやく言葉を発した。


「私……自分でもよく分からなかったの。恋子や玲緒奈と一緒に頑張るのは楽しいし、ファンの人から応援されるのもすごく嬉しい。だけど、それなのに……心の底から喜べない自分がどこかにいて。いままでずっと、悩んでたの」


 隣の部屋から、楽しそうな歌声が漏れ聞こえる。合いの手を入れたり、拍手を送ったり、実に楽しそうだ。

 裕里は硬い表情を笑顔で呑みこみ、それはもうトップアイドルさながらの満面の笑みで、言った。


「けど、月人のおかげで、やっと理解できた。私が何に悩んでいるのか、ようやく」


「それは良かった」


 カラオケルームに設置された電話が鳴り響き、終わりを告げる。僕は立ち上がり、裕理を見た。もう一切の迷いを感じさせない、力強い眼差しである。


「行こうか」


 電話に応答し、もちろん延長はしない。そう言おうと思ったのだが。


「月人、私に付き合ってくれるかしら? なんだか今日は、とても歌いたい気分なの」


「なるほど。裕理のワンマンライブか。悪くない……むしろ、最高だ!」

 

 これはちょっとした後日談。この後、裕理だけでなく僕までもが歌い、三時間ほど歌い続けたところで、とうとう声が出なくなったのでやめにした。

 僕はアイドルでもなんでもない、普通の男子高校生のため、喉が枯れようがかまわないのだが……。裕理はそれから一週間、綺麗な声は一変し、ハスキーボイスになってしまい、色々と大変だったそうだ。


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