第一話
二十歳の池田園子は、本日、生まれて初めて池田家の敷地の外へ出ます──
ことの発端は、帝国陸軍少佐、油小路馨様から届いた結納品でした。
9つの縁起物で揃えられた結納品と共に添えられた手紙には、我が池田家と侯爵家である油小路家との婚姻を望む内容が書かれていたようでした。
結納金があまりに高額なことにお父様もお母様も大変驚いた様子で、すぐさま使用人たちの噂になり、私の耳にも飛び込んできたのです。
ところで、どうして池田家の長女の私が使用人たちと共に、噂話に聞き耳をたてているのかといいますと……少し話は長くなります。
私、池田園子は、池田家の長女として生を受けました。
しかし、帝国において忌み嫌われる純白。両目の瞳に色素がない白眼の特徴を持った私は、外には出していない呪いの子とされ、この20年の大部分を、蔵の中で過ごしてきました。物心ついてからは「せめて家の役に立て」と言われ、使用人として働かされました。
私の存在を知るのは男爵家の者たちだけ。外には決して知られてはいけないことと、緘口令が敷かれておりました。
さて、話は戻り、私の妹、瑠璃子は昨年末に女学校を卒業した17歳。
そろそろ結婚も……という年頃ではありますが。
はて、確か瑠璃子には、お目当てのお人がいたのでは?
彼女の恋文の文通を書くのは私の仕事でしたからね。そんなことを考えながら、庭の掃き掃除に戻ったところへ、めずらしいことにお父様とお母様がやってきたのです。
「園子、生まれて初めてあなたが役に立つ時が来たわよ」
「陸軍少佐、油小路馨さまの元に嫁ぎなさい」
はて? この縁談を受けるのは、瑠璃子ではなく、私?
「そんな大層なお方と私が──?」
驚いてしまいました。陸軍少佐といえば、お給金も高く玉の輿にのったようなもの。それなのになぜ、瑠璃子はこの縁談を受けないのかしら?
その時、瑠璃子がお父様の後ろからひょっこりと顔を出しましたが、その表情は何かを企むような卑しいものでした。
「だって。油小路馨さまは、『白髪の呪い』をお持ちのお方なのですよ」
なるほど。大方、魂胆は見えてきました。
「呪われた者同士のほうが、お似合いじゃありませんかしら? ねえ、お父様」
「ああ、そういうことだ。瑠璃子の代わりにお前を嫁に出そうと思う」
こうなってしまえば、私が断ることは許されません。
それから、あれよあれよという間に、嫁入りの日を迎えました。
20年暮らした蔵には、大事にしてきた古本や古道具がありました。それらを持っていきたいと願い出てみたものの、受け入れてはもらえませんでした。
侯爵家への嫁入りにも関わらず、瑠璃子のおさがりの着物しか与えられず、みっともない様です。あちらへ到着した際に、どんな目で見られることか先が思いやられました。
ただ、お父様がなんの気まぐれか、私に一つ贈り物を手渡してきました。
「これは?」
「高かったんだぞ」
細長い木箱を開けますと、そこには、色付きの丸眼鏡が入っておりました。
「これをかけておれば、お前の気味の悪さは薄れるだろう。どうか二度とうちに戻って来てくれるな」
お父様の贈り物に一瞬でも、蔵に閉じ込め続けたことへの償いかしら?と思った気持ちが吹き飛びました。きっと呪われた娘を捨てられる最善の機会とでも思っていらっしゃるのでしょうね。
ただ、お父様のいうことも一理あると思った私は色眼鏡をかけると、生まれて始めて、池田家の門から外へ出て、待ち受けていた人力車へと乗り込んだのです。
大嫌いだけど、20年暮らした実家を今、旅立ちます──




