第6話:王都への帰還と古文書の謎
鉱山からティンバーグの街へ戻る俺たちの足取りは、重かった。「ギデオン」という死んだはずの魔術師の名が、鉛のように心にのしかかっていた。俺たちは、原因不明の現象を解決する便利屋ではない。国家を揺るかねない、壮大な陰謀の渦に足を踏み入れてしまったのだ。
「…急いで王都に戻るわよ、ヒロト。これはもう、一介の調停官と冒険者が抱えられる問題じゃない」
王宮に到着した俺たちは、すぐに国王テオドールの元へと通された。謁見の間には、王の他に、あの大法師ヴァレリウスと数人の側近たちの姿もあった。俺たちは、ティンバーグの件がギデオンという魔術師によるものであることを報告し、セリアが描き写した紋章を差し出した。
ヴァレリウスは紋章を一瞥すると、鼻で笑った。
「…馬鹿馬鹿しい。これは、50年前に死んだ禁術師、ギデオンの紋章ではないか。死人が魔法を使えるとでも言うのかね? おそらく、奴の術式を模倣しただけの、三流魔術師の悪戯であろう」
「いいえ」とセリアはきっぱりと否定した。「あの術式の緻密さは、三流の模倣で再現できるレベルではありません。あれは、ギデオン本人でなければ…」
「証拠はあるのかね!」ヴァレリウスが声を荒らげる。「死人の名を騙り、いたずらに混乱を招くなど、万死に値するぞ!」
彼の瞳には、俺への嫉妬と、ギデオンの名に対する明確な「狼狽」の色が浮かんでいた。彼は何かを知っている。そして、それを隠そうとしている。
「静まれ、大法師よ」
王が、重い声でその場を制した。
「ヒロト。セリア。お主たちの報告、信じよう。だが、ヴァレリウスの言う通り、これだけでは国を動かすには証拠が弱すぎる。…お主たちに、王立古文書館への立ち入りを許可する。ギデオンに関する全ての資料を洗い出し、奴が生きているという確たる証拠を見つけ出すのだ」
それは、国王からの新たな勅命だった。
王立古文書館は、インクと古い紙の匂いが満ちる、静寂の空間だった。俺とセリアは、山と積まれた資料の中から、「ギデオン」の名が記されたものを片っ端から調べていった。公式の記録は、『50年前、自身の研究塔で大規模な魔力暴走事故を起こし、塔と共に消滅』と、あまりにもあっさりとしていた。
調査が難航する中、俺の頭の中に、いつもの電子音が響いた。
「本日もスキルガチャの時間でーす!」
【指定した一枚の紙を、5秒間だけ、完全に白紙にすることができる】
「……」
セリアが俺の顔を覗き込む。「どうせまた、ろくでもないスキルだったんでしょう?」
「ご名答」
やがて、俺たちはギデオンの死後、彼の研究室から押収されたという、一冊の研究ノートを見つけ出した。そして、最後の一枚に、王国の地図が挟まっていた。地図には、ティンバーグの鉱山を含む、いくつかの場所が赤い丸で囲まれている。おそらく、ギデオンが共鳴魔法の実験を計画していた場所だろう。
だが、地図の最も重要な部分――次のターゲットを示すであろう場所や、彼のアジトを示すであろう場所が、不自然なほど濃い、魔法的なインクのシミで塗りつぶされていたのだ。これは、誰かが意図的に情報を隠蔽したのだ。
「…ヴァレリウスめ…!」セリアが悔しそうに歯噛みする。「ここまで来て、手詰まりなんて…」
彼女がうなだれた、その時。俺は、インクで汚された地図と、先ほど手に入れたばかりのスキルを、頭の中で結びつけていた。【紙を、白紙にする】。それはつまり、紙の上に書かれたインクや文字を、一時的に「無かったこと」にするスキルなのではないか?
俺は、ゴクリと喉を鳴らし、インクで汚れた地図の上に、そっと手を置いた。
「セリアさん。まだ、終わってないかもしれない」
俺の言葉に、彼女が訝しげな顔を上げる。俺は彼女の視線を背に、この日一番のゴミだと思っていたスキルを、静かに発動させた。




