3話 自覚
「お茶会?」
「はい。 皇后陛下からお茶会の招待状がリノル様に来ています。 お茶会っていっても人数が多いので立食パーティーのような感じだと思います」
着替えているとシャランがお茶会の報告をしてきた。
「半強制的に参加しなければならないので、二時間ほど我慢してくださいね」
「はい」
「お茶会までの約一週間、私達使用人がリノル様に徹底的に指導させていただきますがご容赦くださいませ。 参加者は皆、上流階級の夫人ですので機嫌を損なわせるためにはいけませんから」
お茶会や立食パーティーのマナー、参加者全員の情報について一週間きっちり叩き込まれたリノルは疲弊していた。
ある日、帰宅したフミアは即、ハイテンションのシャランに強引にリノルの部屋へ連れてこられた。
シャランに引っ張られなくてもリノルへ行くつもりだったので、フミアは大人しく従った。
雇用主の息子と使用人という関係だが、姉弟のように育った育った二人はお互いのことをよく理解している。
なので、シャランがこんなにもテンションを高くするほど、フミアにとっていいことがリノルの部屋にあるのだろう。
「いいですか? 部屋に入ったら絶対静かにしてくださいね。 絶対ですよ」
音をたてないように慎重に扉を開けるシャラン。
部屋の中ではリノルが、フミアが送ったテディベアを抱きしめながらソファーで眠っていた。
その様子を見たとき、フミアは再び未知の感覚に襲われた。
胸の奥に火が灯ったような、あるいは、弾むような感覚だ。
「フミア様はリノル様のこと本当に好きですよね~」
「は?」
「え?」
フミアが驚いた顔をしたので、シャランも拍子抜けと言いたげな顔になった。
「リノル様のこと異性として好きなんじゃないんですか?」
「?!」
フミアは衝撃を受けた。
「え......? 違うんですか?」
そのとき、リノルがもぞもぞと動いた。
「旦那様? シャランさん?」
「リノル様起こしちゃってすみません」
「いえ、大丈夫です」
リノルはフミアの異変に気が付いた。
(なんか慌ててる......?)
「俺は部屋に戻る。 またあとで」
そそくさと逃げるように立ち去るフミアに、リノルは斜め上の事を考えた。
(フミア様とシャランさんは先程まで実質二人きり。 そして、フミア様のいけないことがバレてしまったときのような反応...... はっ!)
こうしてまた、シャラン愛人説がリノルの中で怪しくなっていったのであった。
夕食の時、何故かまだ様子が可笑しいフミアにリノルはどうフォローしようか悩んだ。
(私、愛人いても気にしないのに......)
(本人達が言ってこないから気付いてないふりしてた方がいいのかな?)
「旦那様見てください!」
リノルはにこにこ顔で完成した犬の人形をフミアに見せた。
フミアが寝室に入るや否や、リノルは人形を素早く見せてきた。
「上手に出来てるな。 また手芸屋行くか?」
「よろしいんですか?」
リノルの表情がより明るくなった。
(もっとリノルの笑ってる顔が見たい)
フミアはふとそんなことを思った。
思ってしまった以上、自覚するしかなかった。
(リノルのことが好きだ)
「旦那様?」
「なんでもない。 寝るぞ」
いつも通りを装おうとしたフミアだが、あからさまに顔を合わせないのでリノルは困惑した。
昨日までは普通に寝れていたが、好意を自覚してからだと話が違う。
好きな人と同じベッドですやすやと寝れるわけもなく、フミアはなかなか眠りにつくことができなかった。
翌朝、先に目覚めたのはリノルの方だった。
特別リノルが早く起きたのではなく、フミアがいつもより起きるのが遅いのだ。
(そろそろ起きなくて大丈夫かな)
「旦那様」
反応がないので、肩を揺すってみた。
「旦那様おはようございます」
(旦那様って、何度見ても綺麗な顔してるな)
ガン見しながら肩を揺すり続けていると、フミアが起きた。
「おはようございます」
好きな人と起床直後に目が合ったフミアは飛び起きた。
「お、おはよう」
「もしかして旦那様体調悪いんですか?」
「そんなことはない。 それでは行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
フミアが顔を合わせようとせず、速足で部屋を出て行ってしまった。
(き、嫌われた?)
一人残されたリノルは、よそよそしいフミアに対して自分が嫌われたのかと思いこんだ。
(好かれる要素なんて一つもないけど、嫌われるようなことをした覚えが全くない!)