2話 私の好きなもの
翌朝、リノルはドアが開く音で目が覚めた。
声をかける前にフミアは部屋を出て行ってしまった。
(大学...... 見送らないと......)
まだふにゃふにゃしているが、リノルはおぼつかない足取りでフミアを追いかけるように部屋を出た。
「旦那様」
「リノル起きたのか」
「おはようございます」
「おはよう」
「旦那様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「ありがとう」
フミアが去っていこうとしたので、リノルは二度寝をするために寝室に戻った。
寮暮らしのときはもう少し寝ていてもよかったが、フミアの通っている大学は山の中にあるのでこの屋敷からだと遠いのだ。
なるべく帝都の中心に近い方が何かと便利でリノルにとってはいいだろうと、フミアは自分のことを後回しにしてしまったのだ。
トコトコと寝室に戻るリノルを見て、フミアはむずがゆさを感じた。
(......変な感覚だ)
二度寝から使用人に起こされたリノルは、食事を摂ったあと使用人達に好き勝手されていた。
「リノル様はせっかく可愛らしい顔立ちをしているのですから、こう、ぐっと!」
「アップにし過ぎじゃない? 耳上らへんの方は?」
「リボン編み込みしちゃいません?」
「ポニテにしようよ」
(皆、お洒落に詳しい)
嫌ではなかったのでされるがままだ。
「ドレス以外も召されてみません?」
「うん」
「やったー!!」
リノルはこんなに構ってもらうことはなかったので、実は無自覚だがまんざらでもない。
こんな調子で着せ替えられているうちに、フミアが帰ってきた。
「あっ」
フミアが部屋に入ってくると同時に、リノルは腕で太腿を隠した。
この国ではミニスカートは普通かもしれないが、リノルの祖国では膝が見えるぐらいの丈の長さは下品だとされていたので、つい隠してしまった。
「お、お帰りなさいませ」
恥ずかしそうに慌てているリノルは、異性に足を見られるのに抵抗があるようで、手のやり場に困っている。
「......」
「なんか、申し訳ありません......」
無言で見られたことにより、リノルは更に動揺した。
「よく似合ってる。 可愛いらしいと思う」
「ありがとうございます」
お世辞だろうとすーっとリノルは冷静になっていった。
「早く手芸屋行くぞ」
「はいっ!」
リノルの国には自動車というものがなかったため、まだ慣れていないので自動車に好奇心が疼く。
車窓からの景色に釘付けになっているリノルをフミアは黙って見ていた。
「着いたぞ」
フミアが先に降りると、リノルに手を差し伸ばしてきた。
躊躇したが、リノルはその手を掴んだ。
手芸屋は三階建てで、所狭しと商品が並んでいた。三階は手芸教室を行う階らしい。
「荷物は俺が持つから好きなだけ選べ」
「ありがとうざいます」
布とボタン、そして、綿を選ぼうとしたとき、人形作りキットに目が釘付けになった。
色々な種類があるようで興味が湧いたが、とっさに我に返った。
「どれが欲しいんだ?」
「少し見ていただけです......」
「......そういえば何を作るつもりなんだ?」
「えっと」
『人形』。材料を買ってくれるフミアに嘘は吐きたくないが、人形趣味を知られたくないのだ。
人形趣味を嗤われたり、咎められたことのあるリノルにとって、人形趣味がバレるということは死活問題である。
見るからにリノルは言葉に困っている。
「悪い。 答えなくていい」
「人形です!」
焦燥感に駆られたリノルは言ってしまった。
「作れるのか? 器用だな」
「作ったことないのでわかんないです......」
「やっぱり製作キット買った方がいいんじゃないか?」
「で、ですよね」
そんな会話をしながら買い物を終えたあと、夕食を摂り、寝る支度を済ませた。
フミアを待っている間、早速作り始めようと初心者でも手縫いで簡単と謳っている犬の人形製作キットに挑戦してみることにした。
十分ぐらいでフミアがやってきた。
「早速作っているのか」
「はい。 旦那様、改めてですが、買っていただきありがとうございます」
「お前が喜んでくれるならいくらでも買う」
(シャランさんが、旦那様は何百人もの女性を泣かせてきたって言ったけど、この様子だと強ち間違いじゃないのかも......)
「もう寝るぞ」
「はい」
昨日と同じようにまだ半分夢の中でフミアに挨拶したあと、二度寝をして、使用人達の声援を受けながら人形を作っていった。
リノルは昨日は行けなかったが今日はお出迎えをしようと、帰宅予想時間に玄関で待っていたが中々帰ってこない。
一時間ぐらいして、フミアが帰ってきた。
白い大きなテディベアを持って。
唖然とするリノルに、フミアは照れながら、
「大学の友人に勧められて......趣味じゃなかったら悪い」
「私にくださるんですか?」
「貰ってくれるか?」
差し出されたテディベアを受け取ると、リノルは不思議な気持ちになった。
「ありがとうざいます。 大事にします」
はにかみながらお礼を言うリノルにフミアの口角が緩んだ。
(初めて笑顔見た......)
まじまじと凝視してくるリノルにフミアは顔を逸らした。
「何だ」
「いえ、何でもありません」
「笑うな」
「ふふ、申し訳ありません」
照れていることを隠そうとするフミアに、リノルは微笑ましそうな眼差しを向けていた。




