1話 今日から夫婦
結婚式の最中、リノルは終始何とも言えない顔をしていた。
アレニード皇国から宗主国の次期公爵フミア・チャーミズの元へ嫁いできた第34皇女リノルは卑屈である。今回の結婚についても斜めに構えていた。
母は後宮の人間ではない一般庶民で、その上、リノルが生まれてすぐ亡くなってしまったことにより、宮廷内での扱いは良くなかった。それなので性格が多少アレなのだ。
(私と結婚するなんて可哀想)
絵に描いたような美男美女の結婚式は淡々と進んでいった。
リノルは今日から住むことになる二階建ての屋敷に足を踏み入れた。フミアは貴族としては珍しく大学に通っているので、実家から離れ帝都で寮暮らしをしていた。リノルが嫁いでくるということで、リノルからすれば義父である現チャーミズ家の当主がわざわざ建てさせたのだ。
フミアの一歩後ろを歩くようにしているリノルだが、どうやらフミアからすればそれが不思議らしく、リノルの歩く速さに合わせようとしてくる。
(......もしかして、旦那様は足が悪い? )
男尊女卑が完全に染みついてしまっているリノルにとっては当たり前のことなので、フミアの足が悪いのだろうという結論に至った。
「体調悪いのか?」
フミアがリノルの体調不良を疑ってきた。今まで会話らしい会話をしてこなかったので、リノルは思わずきょとんとした。
「いえ、いつも通りです」
「そうか」
結局、亀さんペースでリノルの部屋までゆっくりと歩いた。
リノルの自室には既に荷物が運ばれていた。
(ベッドがない)
リノルは自室だというのにベッドがないことに気が付いた。
「ここはお前が好きに使っていい。 ただ、夜は夫婦の寝室で過ごせ。 いいな?」
「はい」
「お前が二階がいいならこのままにしておくがどうする?」
「この部屋で大丈夫です」
「わかった。 倉庫に車椅子があるから必要なら俺や使用人にすぐに言え」
「ありがとうございます?」
病人扱いされているようのがよくわからなかったが、リノルは空気を読むことにした。
「今日は疲れただろうし、夕食の時間までここで休んでいろ。 時間になったら呼びにくる」
「ありがとうございます」
部屋を出ていくフミアにリノルは頭を下げた。
フミアが出て行って一人になったあと、リノルは探し物をしながらフミアについて考えた。
(悪い人じゃなさそう。 優しそうな人だから気を遣って仲良くしようとしてくれてる気がする)
(あった)
リノルが取り出したのは両手で持てるサイズの木箱だった。
(でも、材料がない)
木箱には裁縫道具が入っている。得意というわけではないが、やらせてもらえたのが裁縫か楽器ぐらいなので、防音室がなさそうなこの屋敷でリノルが出来ることといえば裁縫しかないのだ。
材料がないなら仕方がないと、リノルはソファーに横になった。
ドアが叩かれた。
「迎えに来た」
リノルはさっきまでうとうとしていたのが、嘘のようにさっと上体を起こした。
「わざわざありがとうございます」
リノルが部屋を出ようとすると、廊下に横一列に並んだ使用人達が視界に入った。
「今日からお前の世話をする使用人達だ」
三メートルほど離れた位置にいたメイド五人が綺麗なお辞儀をした。
「何かあったら遠慮せずに周りに頼れ」
「はい」
移動中も、夕食の時間も、沈黙が流れたかと思えばフミアが話しかけ、それにリノルが応える形になっていた。
(無理に仲良くしようとしなくてもいいのでは......? 私なんかと仲良くなりたいなんてそんなことないと思うのに)
「欲しいものはあるか?」
「......えっと」
「何でも構わない」
「布とボタンとその、綿が欲しいです」
「明日、一緒に手芸屋に行くぞ」
「うぇっ?」
予想しなかったフミアの提案にリノルは間抜けな声が出てしまった。
「お前の趣味じゃない物買ってこられたらお前だって困るだろう?」
「よ、よろしいんですか?」
「ああ、その代わり夕方でいいか?」
(この人すごい良い人......!)
「あのっ......!」
「いつでも離縁していただいても大丈夫ですから」
なんだか気まずくて目も合わせずリノルは本心を告げた。
「結婚初日に離縁したくなるほど俺との生活は不服か?」
「そういうわけでは!」
フミアに全く非がないのでリノルは、勢いのまま声を張り上げてしまった。
「大きな声を出してしまい申し訳ありません」
「大丈夫だ」
「お前の方こそ、俺が嫌になったらいつでも離縁を申し込め」
「はい......」
「食事が冷めてしまうからこの話はこれで終いだ」
夜、専属の使用人の一人、シャランに付き添われ夫婦の寝室に向かった。
「フミア様、リノル様をお連れしました」
シャランのあとを着いて部屋に入った。
キングサイズのベッドと、談話スペースのソファーとテーブル以外目立つものはないシンプルな部屋だ。
「フミア様~、リノル様を泣かせないでくださいね」
シャランが微笑みながらフミアに忠告した。
「泣かせるような真似をするわけないだろう」
「今まで何百人もの女の子を泣かせてきたフミア様がそれ言います?」
「誤解を招くような発言をするなシャラン」
フミアとシャランの仲が良い様子を見て、リノルは頭に電流が走った。
(愛人?)
リノルには、身分が高ければ高いほど男は愛人を作るという偏見があるので、愛人の一人や二人、フミアにもいると踏んでいた。
使用人を愛人にすることはよくあることなので、これだけ親密そうなら愛人という可能性はなくはない。
(でも、男女の友情の可能性だってある。 もし、仮に愛人だったとしても、愛人作るのは当たり前だから別にいっか)
「嫌なことされたらフミア様のこと殴ってもいいですよ」
「おい」
リノルにそう言い残したシャランはフミアを無視してそのまま寝室を出ていった。
「何もしないから安心しろ」
「はい」
「本当だからな? 確かにお前には恋愛感情は抱いてないが、だからといって粗末に扱うつもりはない。 嫁いできてもらった以上、大事にする」
真っ直ぐ見つめられながらそんなことを言われたので、リノルは変な感じがした。
「どうした?」
「何でもありません」
「......」
眉間に皺を寄せて如何にも疑っているフミア。
「俺達は政略結婚とはいえ夫婦だ。 意思疎通を図ることを忘れるなよ。 まあ、言いたくないことなら言わなくても構わないが」
「大事にすると言われたのは初めてなのでほんの少しびっくりしちゃいました」
「そうか、ほら早くベッドに行くぞ」
フミアがベッドに近づいたので、リノルもベッドへ行った。
誰かと一緒に寝た記憶は存在しないので、寝相についてが不安だが、特に異性として意識していないので心臓は平常運転だ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
フミアが照明を消すと、真っ暗な広い部屋で背中合わせに距離を置いて二人は眠りについた。