そういう事はお仕舞いです
『中央の町 アシャズ』に向けての移動中。
今日も平和だ良い天気。
馬車は、交代で御者台に座る事になっているけど、昨日はずっと俺1人で移動した。だから今日は、ミラとアリーの2人で交代して移動する事になっている。昨日も、寝るまで物凄く反省してたけど、今日もまだ反省中みたい。
2人とも無事に体調は回復し、今は元気いっぱいだ。
俺は、そんな事気にせずに交代すると言ったのだが、即却下。流石にそれはダメらしい。1人だけに負担を掛けるのは、今後もあるから許しちゃダメだとさ。出来る事の役割分担と、交代してやれる事の線引きは大事にする。確かにその通りだから、2人の言う通りに従った。
街道沿いを進むだけの単純な作業だからね、退屈だったという意味では、1人での移動は確かに辛かった。律儀で謙虚。俺もそうだけど、2人とも良い性格してると思います。そんな所も可愛いね?
馬車で本を読むには揺れが辛い。馬車酔いなんてしたくない。シェルターのお陰で睡眠はバッチリ、体調も良い。もしもの時に備えて戦闘態勢には入れるように意識はしてるけど、アリーの索敵能力のお陰でそこまで気を張る必要もない。さて、何をしましょうか?
「ミラ。お酒の事はもう気にしなくていいからね? 確かに、丸1日体調が回復しなかったっていうのも凄いけど、誰でも経験する事だからね、二日酔い? 多分だけど、パワーアップした身体強化が影響してたと思うんだ。だから、初めての事で1日潰してしまったのも仕方がなかったんだよ」
「ふむ。じゃが、おぬし1人に負担を掛けてしまったのも事実なのじゃ。正妻としては情けない事なのじゃ。反省はしておるし、もう酒は飲まんのじゃ。じゃが、身体強化が影響していたというのは、また面白い見解じゃの」
「うん。確かに1人っていうのは辛かったけど、もう気にしなくていいからね。今日の俺の交代は無しっていう事でお仕舞いね」
「やはりおぬしは優しいのじゃ。ありがとうなのじゃ。この件はこれでお仕舞いにさせてもらうのじゃ。以後気を付けるからの」
「うん。分かったよ。それより、2人を見てて思ったんだけど、身体強化の影響と思われる変化が結構あるんだよね。例えば、良く眠れる、沢山食べられる、感覚が鋭くなった、お酒がすぐ回る、感情が豊かになった、精神的に強くなった、とかね。言われてみると思い当たるでしょ?」
「ほう。言われてみれば確かにその通りなのじゃ。わしは、特に食事が美味しく感じられるようになったのじゃが、それも身体強化の影響という事かの。ふむ。わしはてっきり、おぬしとの事が嬉しくて、身体の調子が良くなっておると思っておったのじゃ」
「あ、うん。多分そういう感情も影響してるかもしれないけど、やっぱり身体強化の影響も大きくて、それでいろいろと身体に変化があると思うんだ。ミラの話だと、味覚にも影響してそうだから、五感全てにも影響してるかもね。やっぱり身体強化って凄いんだね。筋肉だけじゃなくて、身体全体のパワーアップだからね」
「ふむ。おぬしの言う通りなのじゃ。普通であれば、身体強化は筋肉の強化をするだけの補助魔法なのじゃ。それが、こうして身体全体に影響を及ぼしておる訳じゃからの。やはりこの身体強化は、魔法の真髄による効果なのじゃ。おぬし、これは凄い事なのじゃぞ」
「えっ。そうなんだ。身体強化にもそんな違いがあったんだね。と言う事は、やっぱりこれは極秘事項にしないといけないね。誰でも使えるようになるのはマズいよね? 奴隷狩りの件もあるし、敵となるような奴らに使われたら厄介だ。うん。仲間だけのお宝にしようかな。『魔法を体に纏わせる魔法の真髄』?」
「そうじゃの、確かにその方が良さそうなのじゃ。あんな奴らがこの魔法で強化されると厄介じゃからの。ロクな事にならんのじゃ。おぬしの言う通り、仲間だけの『お宝』にするのじゃ。それは良いアイデアなのじゃ」
「ふふふ。そうだね。ありがとうミラ。やっぱり話す事で気付ける事は大きいね。俺達だけのお宝だ。一子相伝とまでは言わないけど、それなりに限定はしないとね。まあ、アリーの家族、パブロ、ルイ、ジャック、レックスには教えてあげたいかな。皆で強くなるのも悪くないと思うしね」
「お、おぬし、一子相伝とな? まだ子供もおらんと言うのに気が早いのじゃ。
ま、まあ、おぬしが望むと言うのなら、そ、それはわしも欲しいとは思っておるのじゃが…………。わしには初めの事なのじゃ。それもこんな所で、そんな…………な、何を言わせるのじゃ!」
おう。ミラさんや。何を赤い顔してるのかな? 一子相伝って、そういう意味で言った訳じゃないからね? 北の方の星で、7つの傷がある神の拳の話で出てきたヤツっぽいなぁと思っただけだよ? マジで子供の話じゃないからね? まだ早いよ? まだ? おう。自ら自爆で爆発だ。掛かりまくってるぞ。いかん。落ち着け。《冷風》《スルー》《闇の癒やし》
ふー。
「ミラさんや。ちょっと落ち着こうか。《闇の癒やし》。そういう意味で言った訳じゃからね。お宝を教える人を仲間だけに限ろうねって事だから、勘違いしちゃダメだよ?」
「ふー。少し落ち着いたのじゃ。ありがとうなのじゃ。わしとした事が。つい取り乱してしまったのじゃ。おぬしが突然変な言い方をするからなのじゃ。まったく紛らわしい。
じゃが、わしが言った事も本心なのじゃ。おぬしが望むなら、わしはいつでもいいのじゃ。わしは正妻じゃからの。遠慮はいらんのじゃ」
「あ。うん。あ、ありがとう? でもね、物事には順序ってのも必要だと思うんだよね。慌てず騒がす落ち着いて。まだまだやるべき事は多いからね。そういう事は、『みんなが安心して平和に暮らせる場所』を作ってから。そこで落ち着いてからって事になると思うんだけどな。ははは」
「あい、分かっておるのじゃ。おぬしの気持ちは理解しておるつもりなのじゃ。別に焦っておる訳ではないからの。少し取り乱しただけなのじゃ」
「分かってるよ。ありがとうね。ミラ。一緒にゆっくり歩いていこうね」
「あい、分かったのじゃ。そういう事は、落ち着いてからなのじゃ。ふふふ」
うん。言葉には気を付けないといけなかったのに、まさか、一子相伝の言葉からここまでダメージを入れられるとは。俺もちょっと嬉しかったりするだけに質が悪い。恐るべし、北斗の人。奥義のチカラは凄まじい。俺はまだ死んでない。7つの傷を付けられる前に話を転換しよう。そうしよう。
「ところで、ミラ。バーサクモード・ミラバージョンの掛け声は決まりそう? ミラに合ったもので、ミラがしっくりくる方法は見つかった?」
「ふむ。それなんじゃが、言われてからずっと考えておるのじゃが、なかなかにの。しっくりくるものが決まらんのじゃ。難しいのう。わしに合ったものと言われてものう。
どうしても叫んでしまうのじゃ。すると獲物に逃げられるのじゃ。それでは意味がないからの。かと言って小声でやるのもしっくりこんのじゃ。わしらしくないからの」
「そうだよね。ミラらしくやろうとすると、どうしても叫びたくなるよね。うん。それは分かる気がする。大声出すと、なんか盛り上がるよね。
ていうか、そもそも獲物を前にして大きな掛け声はまずいから、決めポーズを取るっていうのはどう? 気分を盛り上げるために、発動に合わせてミラが格好良いと思えるポーズを取ってみる感じだね」
「ほう。掛け声でなく決め手ポーズとな。それは例えばどんな感じなのじゃ?」
「えっ? そうだなぁ。例えば、
顔の前で握った腕をクロスさせて、発動と同時にバッて勢いよく腕を下に広げてやる感じとか、発動と同時に勢いよく両手を天に向かって伸ばしてやるとか、武闘家の構えで気に入ったものとか、威嚇のポーズとか?
拳を握るだけでも気合いが入るでしょ? いつも戦う時に使ってる構えでもいいと思うけどね」
「ほう。おぬし、良くそんなに思い付くのじゃ。さすがなのじゃ。参考にさせてもらうのじゃ。確かに拳を握るだけでも気合いは入るしの。
ふむふむ。構えも良さそうじゃし、わしに合った決めポーズじゃの。ちょっと考えてみるのじゃ」
ぶつぶつ言いながら、身振り手振りで確認中です。ミラさんや。ここは馬車の中。狭いからね。いくらあなたがちみっこいとはいえ、ここでは止めましょうね。
「休憩できそうな広場に到着しました。そろそろお昼にしますか?」
御者担当中のアリーから声が掛かり、馬車を降りる。ミラは、まだ考え中。ぶつぶつ言ってます。おかしいな。お昼だよ?
「お疲れ様、アリー。もうそんな時間なんだね。じゃあ丁度良いからお昼にしようか。モンスターも出なかったし、快適な旅だよね」
「はい。天気も良いですから、気持ちの良い馬車の旅って感じです。お2人で何か盛り上がってるようでしたけど、何をやっていたのですか?」
「あ。うん。盛り上がったというか、ミラのバーサクモードの決めポーズをどうするかで話し合ってたんだよね。ミラはあの通り、今も検討中だね。ははは。
例の、魔法の真髄によるバーサクモードだからって言って張り切ってるみたい。あれは俺達仲間だけの極秘事項にして、お宝って事にしようってなったから。また後でアリーにも説明するからね」
「はい。楽しみにしてますから、よろしくお願いします。ミラさんも楽しそうです。もうお昼の時間なのに、その決めポーズをどうするかで悩んでるんですね」
「ははは。確かに楽しそうにやってるね。お昼なのにね。じゃあ、先にお昼の準備してから呼んであげようか。アリー、一緒に準備しようか」
「はい。よろしくお願いします! えへへ」
* *
「おーい。ミラさんや! お昼だよぉ」
「決まったのじゃ! これでいってみるのじゃ! 何っ! もう昼食の時間かの。わしとした事が。すまんかったのじゃ。集中し過ぎたようじゃの。また後で見て欲しいのじゃ。ようやく、しっくりくる決めポーズが決まったのじゃ。わっはっはっ。
格好良いものになったのじゃ。楽しみにしておるのじゃ」
「あ。うん。楽しみにしてるね。あはは。じゃあお昼にしようか。もう準備もできてるからね。いい加減お腹も空いたでしょ?」
「おお。そうじゃの。確かに腹も減っておるのじゃ。お昼にするのじゃ」
食いしん坊属性持ちのミラさんが腹が減ってるのも忘れて没頭してしまうなんて、そんなに大事だったんだね。決めポーズ。うん。大事にしないとね。形も大事だから。ポーズ1つで気分も変わる。さて、どんな決めポーズになったのか、また楽しみが増えました。ふふふ。
これで俺の黒歴史も少しは薄れてくれるかな。
* *
食後の安らかなひと時。片付けも終わり、まったり寛いでいると、ミラがバーサクモードの決めポーズを見て欲しいと言ってきた。おっ。いよいよお披露目ですか。どれどれ。
「それでは見せるのじゃ! これが通常のバーサクモードの決めポーズなのじゃ!」
両足を肩幅に広げて立ち、拳を握った両腕を胸の前でクロスさせるミラ。
おっ、結構様になってて格好良いぞ。真剣な表情のミラも久しぶりに見た気がする?
精神を集中させ、魔力を練っているかのように、ふーっと息を吐く音が漏れてくる。おおっ。やっぱり武闘家なんだね。
伊達に『基礎生活能力のない方向音痴の脳筋ちみっババ食いしん坊属性持ち実は武闘家魔法使いのはずが実は27歳本人談ホントは最低でも127歳なんでしょ?』の称号を与えられてないな。うん。名付けたの俺だけど。
でも、すげー格好良い。来るかっ?
「フンっ!」
胸の前でクロスさせてた両腕を、拳を握ったまま魔法発動と同時にバッと勢いよく下に広げるミラ。胸を張り、力を込めた両腕から一瞬にして炎が全身に広がっていった。
まるで、力が漲り溢れ出しているかのようにオレンジ色の炎がうっすらと全身を包んだ。これはあれか? 武闘家の構えでもあるのか? 武道で言う所の『無構えの構え』?
『攻撃の構え』でも『守りの構え』でもない、準備動作の無い構え。それって武道の真髄じゃないの?
『構え』とは、攻撃、守りといった目的が明確にあり、その準備をする状態の事だ。『無構え』には、その準備状態が無いという事。
『無構えの構え』は、構えが無い事から相手からは攻防が読まれない準備段階となる。悪く言ってしまえば、ただ突っ立ってるだけにも見えるが、あの炎がそうは感じさせない。
そして、そこから繰り出される攻防の動きは、次に何がくるか予想し難くなる。
『ノーモーション』。武道の達人にもなれば、そこから『予備動作の無い』動き、つまり『無拍子』にも繋げられる事になる。正に極みだ。ミラならそこまでやれるのか?
うわぁ。ミラ格好良い! 自然体の全身を包むオレンジ色の炎。正にオーラだ。そこにただ立ってるだけなのに、威圧感すら伝わってくるような余裕の力強さがある。これが、ミラの考えたバーサクモードの決めポーズか。
「おおっ! ミラ格好良いぞ! 凄く強そうに見えるし、隙がない。武道の達人みたいだ!」
「はい! ミラさん格好良いです! この前よりも断然決まってます!」
「おお。そうかっ! この構えは格好良いのじゃな! そうじゃろ、そうじゃろ。いろいろ考えて、これに落ち着いたんじゃからの。やはりわしの考えは間違っておらんかったのじゃ。わっはっはっ」
凄いな、流石のミラクオリティ。いろいろ考えて、しっくりきたのがこの構えか。やはり武闘家としての才能がそうさせたんだろうな。うん。やるね。
「よし。ここからのぉ! 威嚇用バーサクモードの決めポーズなのじゃ! ふおおーーっ!!」
げっ。その掛け声は残すのね。それを変えて欲しかったのに。俺の黒歴史はまだまだ残っていくようだ。ふー。
悲しい掛け声とともに全身の炎が更に燃え上がる。明らかにデカすぎるその炎は、近付くだけでも飲み込まれそうな勢いすら感じられる。バッと音を立て、腰を落としながら右足を引き半身に、左手を突き出し右手は腰元へ据える。明らかに攻撃に移る体勢に入ったと分かる。攻撃の構えだ。
確かに決めポーズとしては正しいと思う。威嚇用としても成立しているとも思う。燃え盛る炎と攻撃の構えが今にも突っ込んできそうにも見えるから。でもね? その掛け声は止められないのかな?
もう無理なんだろうなぁ。良い顔してるし、満足そうに笑ってるし、ドヤ顔? 余計に威嚇されてる気がするよ? あ。それでいいのか。この不敵な笑みまでが決めポーズなのか。うん。納得。
やれやれ。この掛け声はもう諦めよう。俺も使うと思うし、やってて気持ち良いからね。皆お揃いで良いんじゃね?
「グッジョブだ! ミラ! その燃え盛る巨大な炎と決めポーズは有りだ! 凄く格好良いし、威嚇効果もあると思う。うん。流石ミラだ!」
「はい! 凄いですミラさん! 通常のポーズも、威嚇用のポーズも凄く格好良いです! 違いも分かって効果も凄いと思います!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。こっちは自信作じゃからの。『ふおおーーっ!!』っとやるのは威嚇用には絶対に必要なのじゃ。何せ魔法の真髄を使った〈バーサクモード〉じゃからの。わっはっはっ。
決めたのじゃ。この2つを、わしのバーサクモードの決めポーズにするのじゃ。
よし。そうと決まれば実戦練習じゃ。ゴブリンでも出てこんかのう。今ならいくらでも相手にしてやれそうなのじゃ」
魔法の真髄とその掛け声は全く関係ないと思うよ? もうツッコまないけどね。はぁ。
「ミラさんや。決めポーズ完成おめでとう。でも、もう出発するからね。ゴブリンさん出て来いやぁとかフラグになるからね。言わない方がいいと思うなぁ」
「なんじゃと。と言う事は、ゴブリン出てこいやぁと言えば、フラグになって出て来るのじゃな? 良い事を聞いたのじゃ。ふむ。
さぁ、ゴブリンよ、出て来いやぁなのじゃ!」
…………
「うん。待っててもゴブリンさん出て来ないからね? もう行くよ? 次はミラが御者担当だから、よろしくね? あんまり叫んでると、変なヤツとか寄ってくるかもしれないから、止めといてね? これは切なる願いだから、よろしくね?」
「なんじゃ。そうなのか。確かに、出て来いと言ったくらいで、すぐに出て来るはずがないのじゃ。まあ、仕方ないのじゃ。次の町へ向けて出発するのじゃ。丁度わしが御者担当だったからの。敵が現れたら、わしに任せるのじゃぞ」
「了解。もし敵が現れたら、よっぽどの事がなければミラに任せるからね。よろしくね」
「じゃあ、索敵もミラさんにお願いしますね。私も集中してタビトさんから話を聞きたいですから、よろしくお願いします」
「あい、分かったのじゃ。わしに任せておくのじゃ。アリーもタビトと話をして、何かを掴むと良いのじゃ」
うーん。俺ってそんな役? 情報担当かな? スマホの映像の効果は大きいし、2人にとったら、まだ見た事もない情報の宝庫だからね。
「では、次の町に向けて出発するのじゃ」