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Side くっころ04

 タロさんへの想いに気づいたその日の夕飯時。

 美しい所作で夕食を口に運ぶタロさんをついぼぅと眺めていると、その視線に気づいたのだろうか、ふとこちらを見たタロさんと目が合ってしまった。

 ハシ――木を削り出して作った二本の棒――を口にくわえながら気だるげ(眠そう)な瞳で私を見つめるタロさん……、そのようなことを思ったが最後、急速に頬が熱くなると同時に心臓の鼓動が耳につんざめくほど大きくなる。


「どうした?」

「あっ、いやっ、そのぉ……、あっ、あのっ……、……っそ、そうだっ、山菜のおひたしはどうだろうか? お義母様に習ってっ、初めて作ってみたのだがっ、美味しいだろうかっ」


 いっ……、いかんっ!? ここで素直にタロさんにみとれていた。などと言おうものなら変な女と思われるに違いないっ。なんとか誤魔化すことは出来たと思うが……、返す声が裏返っていたのは大丈夫だろうか。

 焦る私の心とは裏腹に、タロさんは目を丸くして私とおひたしの入った小鉢を交互に見る。

 ふふっ、いろいろ失敗した私ではあるが、料理だけはお義母様の言うとおりに作ったらうまく行ったのだ。


「ほぅ? んじゃ……」


 裏返った声は気にならなかったようで、タロさんはハシを器用に使うと私が作ったおひたしを口へと運ぶ。


 うむ、タロさんには止められていたが、お義母様に勧められるがまま料理を作らせて頂いて本当に良かった。

 もしやすればお義母様はこのような事態を想定していたのかもしれない。

 視界の端にお義母様のウィンクが見えるので、おそらくそうだったのだろう。改めてハシを口にくわえたままのタロさんを見つめる。


 しかし、私はこの家に来て初めてハシと言う食器に触れたが、このハシと言う食器を用いた所作はなんと美しいのだろうか。

 未だぎこちなく扱う私に比べ、流麗なハシ捌きで食事を口へ運ぶタロさんとお義母様はなんと美しいことか。私も早くその域まで達したい。


 そんなことを考えながらもじっと眺め続けていると、咀嚼を終えたタロさんが私に向かって一言呟く。


「うん、うまい」

「そっ……、そうかっ、……っっ良かった」


 静かに放たれたその言葉にほっとした反面、思わず心が嬉しくて涙がこぼれ落ちそうになってしまう。


 ……幸せだ。なんと幸せなのだろうか。


 きっと、タロさんやお義母様にとってなんの変鉄もない、ごく普通の食卓に違いないのだろうがこの私には、この空気が、この時間が、とてつもなく愛おしいものに感じてしまう。

 目を閉じてほんのつかの間の幸せを噛み締めていると、不意に目元をぬぐわれる感覚があった。


「どうした?」


 驚いて目を見開くと、タロさんが心配気な表情で机から身をのりだし、つきだした右手にハンカチを持ちながら覗き込むように私の目を見つめていた。


「えっ!? あっ!? ……いやっ」


 思わず言葉に詰まりながらも、顔の前で両手をパタパタと振ってしまう。

 タロさんはそんな私を見て余計に心配そうな表情をすると、椅子から降りて私のすぐ横まで歩いてきた。


「本当にどうした? 顔が熱いようだが、熱か?」


 そう言いながらタロさんが私の額に手を当てると、ひんやりとした感触が火照った顔を冷やす。それが心地よく、思わず目を細めてしまう。


「少しだが熱があるし瞳も潤んでいる……か。風邪か? 泣くほど辛いならもっと早く言え」


 って、ええっ!?

 あっ……、やっ……、顔が近っ……、そんなじっと見つめられては……、私はっ……、あっ……、でもっ……、あっ……、タロさんだったら……、あぁっ……。


「って、おぉいっ!? くっころさんどうした? 大丈夫かっ? おいっ!! くっころさんっ、くそっ、おいっ!! こらっ、フィリ――」



――――――――



「お姉様、また城を抜け出したのですか?」


 いつの間にか視界が切り替わり、目の前には二つ年下の16歳の妹……、にしては少し幼い頃だろうか。もっと小さい……、13歳の時の妹が立っていた。


「すまない。街で引ったくりが多発していると聞いてな、居ても立ってもいられなかったのだよ」


 勝手に口が開き、考えてもいなかった謝罪の言葉が飛び出した。そして手も勝手に動くと妹の頭を撫でつける。

 妹はそれを恥ずかしそうに右手で払うと、若干の苛立ちを含ませた声で返してきた。


「お姉様は次期女王候補なのですよ、もっと自覚をもって行動してください。そもそもお姉様は――」


 ――そうか。……これは夢だ。

 目の前に流れる光景、これは忘れようとも忘れることのできない、3年前に犯した私の罪の光景。

 私の心無い一言が彼女の自尊心(プライド)を深く傷つけてしまい、仲の良かった姉妹が政敵へと変わってしまった瞬間だ……。


 小言を続ける妹へ、私は苦笑しながら謝罪の言葉を伝える。


「分かっては居るのだが……、困っている人をみるとどうしても放っておくことが出来ないんだ」

「それが分かっていないのですっ!!

 王族が動けばその意図の確認や、情報を把握ために大勢の人間が動きます。お姉様は自分が動き、感謝される事で気分が良くなるかもしれませんが、その行動一つに多くの者が振り回される結果となるのですよっ。

 例えばお姉様の侍女、城から抜け出すお姉様を抑えられなかったと言うことで罰を受けますし、回りからの評判だって落ちます。

 それに近衛騎士、彼等はお姉様が外へ飛び出す度に捜索へ駆り出されますので、満足に休暇すら取ることが出来ません。

 今回で言えば警ら隊も対象となります。お姉様がひったくりの取り締まりを行ったことで、相対的に国民から警ら隊への信用が下がる結果となったでしょう。役に立たない税金泥棒。とね

 他にも色々とありますが、細かく言っていきましょうか?」


 思い返せば妹はとても聡明だった。齢13にして自分が周りに与える影響を知り、それを上手く使いこなしていたように思える。それに比べて私は――


「そうなのか? 誰もそのようなこと言ってなかったが」


 嘘だ――。

 いくら私と言えど、妹と同じ家庭教師に彼女より2年も長く師事しているのだ、そのぐらいのことは分かっていた。

 だが、困っている人を見てしまえば直情的に体が動いてしまうこの性格を改善することなど到底出来ず、その全てを気づかぬ振りで押し通すしかなかった。


「そうなのか? ってお姉様っ!!」


 妹の苛立ちが手に取るように分かる。

 なによりも負けず嫌いで、誰よりも優れている私の妹なのだ。きっと表に出さないだけで、自分よりも劣る姉が次期女王であることに我慢ならないのだろう。

 このときの私は今よりももっと幼く、自分の短慮な行動が周囲へ与える影響は考えられても、それが妹へどれだけの心的負担を強いていたかまで気づくことが出来なかったのだ。

 だからこそこの後、無神経にも程がある言葉を妹へぶつけてしまったのだろう。


「すまないな、このようにダメな姉で。

 先に生まれたと言う理由だけで時期女王と騒がれているが、本当ならティリこそが女王に向いているかもしれない。

 もし叶うのであれば、長子制を廃止し、ティリに玉座を譲ることが出来れば良いの……に?」


 この言葉を紡いだとき、妹の視線を私は一生忘れることが出来ないだろう。

 どれだけの憎悪を込めればあそこまでほの暗い目をすることが出来るのか、どれだけの侮蔑を思えばあの時のようにゴミを見る目で人を見れるのか……。

 当時の私はいつもの妹とは何かが違う。と言葉に詰まっただけだったが、今の私ならば、あの視線に含まれた憎しみがどれ程に深かったを知ることができる。


「死ねばいいのに……」


 ぽそりと呟かれたその言葉は側に立っていた侍女に咎められ、彼女を思って無かったことにされたが……、その言葉は今も私の胸にしこりとなって残っている。

 そしてそれ以降――フェンリル討伐で城を抜けるまで――妹にどんな声をかければ良いか皆目検討もつかず、結局は最低限度の会話しかできないまま、3年と言う月日が流れてしまった。

 もし――、次に彼女と会話する機会が貰えるのであれば、あの子にきちんと向かい合い、もう一度話したい。そして、ごめんなさいって言葉と今の私の気持ちを嘘偽りなく伝えたい。


 きっとこんなことを考えられるようになったのも、タロさんやお義母様が分け隔てなく接してくれるからだろう。

 ふと、今の生活を思い返すと何かに引っ張られるような感覚を味わう。


 恐らく――夢が覚めるのだろう。


 本能的に戻ってきたことを感じとり、目を開くと月明かりに照らされた木製の天井が目にはいった。


「夢……、か」


 夢だけど夢ではない、間違いなく過去に犯した私の罪。

 きっと逃げずに向き合いなさい。すべてを終えてからでなければ彼と幸せになることはできない。そう神の思し召しなのだろう。


 改めて妹と向き合う決意を固めると、額にひんやりとした何かが乗っているのに気づいた。


「冷たい……」


 手を伸ばすとそれは濡れタオルだったようで、正体が分かるとひんやりとして心地良い。


 もしかして代えたばかりだろうか?


 視線を巡らせて部屋の中を見渡すと、すぐそばで木製の椅子に座り、両手を組んで寝入っているタロさんの姿が映った。

 その傍らには水の入った桶が置いてあり、きっと毒にうなされていた時もこうやって看てくれていたんだな。と気づく。

 そして気づいてしまうと、夕食時の熱くなる感覚とはまた違った、胸の奥からじわりと温かい何かが自分の中へ広がって行くのが分かった。


 ――もし、この人と添い遂げたいので王位継承権を放棄したい。と言ったら。

 ……あのときのような後ろ向きな気持ちではなく、望んだ未来のための決断とわかってもらえたら、妹は笑って許してくれるのだろうか……。


 もう何年も見ていない妹の笑顔を思い浮かべ、私はもう一度ゆっくりと瞳を閉じるのだった。

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