Side くっころ02
いかんっ!! いかんいかんいかんいかんっ!! 私とした事が、裸をみっ……、みらっ……、くっ!! みられたっ……ぐらいでっ……、どうようするとはなさけない。
いっそ殺せと言いたくなるが、あくまで彼は治療の一貫で私の服を脱がせていただけだ。
うん。いやっ!! そうだっ!! そうでなければならないのだっ。
もしそうでなければ、わたしは彼を殺さなければならなくなってしまう。
王家の者が異性に素肌を晒しても良いのは、夫か医療に携わる者のみ。
彼が医療目的で私の素肌を見たのであればなんら問題無いのであるが……、もし違った場合は、私は命の恩人である彼を、この手で殺さなくてはならなくなる。
もしくは彼と添い遂げ……、いやっ!? ないっ!! ないぞっ!? それだけは絶対に無いぞっ!? うん。
確かに彼の容姿は私の好みだ。
好みではあるが、私と彼は種族からして全く違う。
異種族間の結婚も無いことはないが、それは民間や一部の貴族間においてのみ有効な手段。
民を導く王族が、異種族の血を取り入れようなどどう考えても認められるはずがない。
それに種族間結婚は認識の違いから破局することも多いと聞くし、きっと認められたとしてもうまくゆくとは思えない。
やはり初めてを捧げる相手は、互いに死の瞬間まで寄り添う事が出来るような相手でなければ……。
そう、彼のようにたくましい腕に抱かれ、戦地の中で華々しく散る……。って違う違う。死んでどうする私は……、というか今、前向きに検討してなかったか私は?
そもそも私はこの国の王女、ゆくゆくはこの国を背負う事になる身なのだ。
女王の伴侶となる者が、どこの馬の骨では逆に彼の身を危険に晒すことになってしまう。
うん、それだけはダメだ、それだけは絶対にダメだっ。
助けられた恩を仇で返すなど、何よりも私の矜持が許すことが出来ないっ!!
今回の事は、命を救ってもらった医療の一環としておこう。
……ん? そう言えば多少気が動転し、深く考えてはなかったが、彼は私の命の恩人……。ということで良いのだよな?
そもそも何故、私はこのような場所で寝ているのだ?
首を捻り、直前の事を思い出そうとするが上手く思い出すことができない。
ならばまずは最初から思い出してみよう。
そう結論付けると、今回の件で思い出せるところから思い出し始める。
確か私は王都で災厄の獣フェンリルが現れて困っているという民の声を聞き、冒険者に扮してその村の村長に会ったのだった。
そのまま依頼を受け、森の調査へ入ったはずだ。
うむ、思い出してきたぞ。
その際、湖で銀色の毛並みを持つ魔獣を発見し、恐らく奴がフェンリルと間違われている獣と断定し、討伐を行おうとした。
残念ながら接戦の上、返り討ちにあったが……、いや、心の中でまで格好をつける必要はないな。
……あれは完璧に弄ばれていた。
服こそずたぼろにされたものの、肌に傷一つついていなかったのが何よりの証拠だろう。
眼前を爪が通りすぎるたび、その余波で服が裂けていた。
あの時は必死で考えもつかなかったが、今思えば紙一重で避けていたのではなく、わざと当たらないように避けていたのかもしれない。
ここまではいいだろう。いや、返り討ちは良くないのだが……。
まぁいい。
ともかくそこへ黒い人影が現れ、私に毒を塗った短剣で傷を付けたところまでは覚えている。いるのだが……。……ううむ、その後が全く思い出せん。
恐らくは先程の男性が助けてくれたと思うのだが、それにしては銀毛の魔獣や黒い刺客についてはどうなったのだろうか?
彼が追い払った?
いや、私が歯も立たなかった獣相手から無傷で取り返したとは考えづらい。
――そういえば、彼は犬科の獣人でしかも銀色の毛並みを持っていた。
あの魔獣と同じ、"銀色"の……。
っ!? まさかっ!?
そう考えれば辻褄が合う。
彼とあの魔獣は同じ毛並み……、そしてあの魔獣は魔獣でありながら、襲いかかった私を縛る程度の無力化で済ませ、更には刺客から守ろうとまでしてくれた。
それにあの村へ行った時、村長はフェンリルが居ついて困ったと言っていたが、他の村人は妙にフェンリルの肩を持っていたようにも思える。
……っ!?
まさかっ!?
あの魔獣は彼の使い魔だったのではないだろうかっ?
魔獣使いは自分の髪や目と同じ色彩を持つ魔獣を好んで使役するというし、獣人は立場が弱く、しかも魔獣使いは町中で敬遠されるきらいがある。
そしてあの銀狼の美しくも引き込まれそうな毛並み、あの毛皮を手に入れればどれだけの富を手に入れることができるか……。
そうだっ、そうなのだっ。
よくよく考えてみれば、あの時の村人達は私の身を案じ、村長の依頼を放棄するように言っているのかと思っていたが、本当はあの魔獣や青年の存在を知っていて、彼等を庇っていたのではなかろうか?
そもそもあの村長だって何かがおかしかった。
フェンリルは本来10mを越える大型の獣と伝えられているのに、あの2m程しかない魔獣をフェンリルと断言していたし、冒険者ギルドへの依頼ではなく、王都へ直接嘆願書を出したことがまずおかしい。
それに母上が破棄したはずの嘆願書が、私の部屋の机の上に乗っていたのだって、よくよく考えればおかしかったではないか。
思わず義憤に駆られて飛び出してしまったが、よく考えてみればなぜ私の部屋にあの手紙があった? おかしいじゃないかっ!! あの村長、考えれば考えるほどおかしいところばかりでないかっ!!
しかも極めつけにあの暗殺者は一体なんだ? 飛んできた短剣の軌道は間違いなく私に向けて放ったれていた。しかも思い出したっ!! あの短剣、毒が塗られていたではないかっ!!
ここまで来れば誰でも分かる。
これはあの村長が私を騙し、富を得ようとしたが、失敗した事で口封じに殺そうとしたのだっ!! うん、きっとそうに違いないっ!!
ん? まてよ?
となれば私は勘違いの上で彼の使い魔を襲い、あまつさえ毒に侵された体を看病してもらったと言うことではないかっ!?
くっ……、私とした事がなんたる失態を……。
幸いな事に先程の彼の言動や態度から私が使い魔を襲ったとか、王族の一員という事はバレていない様子。
きっと、一介の冒険者が湖の近くで毒をくらい、使い魔であるあの魔獣に拾われたとでも思っているのかもしれない。
ならばこのまま看病して頂き、回復した暁には礼を言って立ち去ることが出来れば……。
いやっ!! いやいやいやいやいや。私としたことがなにを考えているっ。民を導く存在でありながら、導くべき民を騙そうとして何とするっ!!
今はしっかりとした感謝を伝え、彼の使い魔に襲いかかったことを素直に述べて謝罪しなければなるまいっ。いや、すべきなのだっ!!
村長に狙われていることも正直に伝え、そこで放り出されるのであればそれもまた良し、その上でかくまって貰えるのであれば、彼には後で全てを話し、恩赦を与える形としよう。
うまく事態を収拾するため、手を貸して貰えるよう頼んでみれば……、うむ、いい考えだ。
誠意をもって話せばきっと大抵のことは許してもらえる。
それに犬科の獣人ほど頼りになる者はいないと言うし、彼を頼ってみるのも一つの手だろう。うむ。
となれば、まずしなければならないのは、誠心誠意をもって彼に謝罪することだろう。
王族として他人に頭を下げたことなど一度もないが、役人達が女王である母上に何度も頭を下げている光景だけは見て覚えている。
母上もあの姿勢にはなにも言えぬようで、苦笑いをしながらも結局は何度も赦していたのが記憶に久しい。
ならばあの謝り方で行くしかあるまい。
……確か、出入り口前に陣取り、両手両足を地面について、入ってきた瞬間に勢いよく頭を下げる。だったな。うむ。
確か地面に額を打ち付けることで、母上も更に困惑していたようだ。よしっ!!
ベットから降りようとするが、体にうまく力が入らない。
……くっ、布団など邪魔だっ!!
布団を放り投げると、気合で体を動かす。
インパクトが強ければ強いほど良い。確か役人が陰で言っていたな。
更に声の大きさと頭を下げる勢いがよければよいほどいい、とも。
多少不格好ではあるが、這いずってでも扉の前に向かい、彼が姿を表した時には勢い良く床に額を叩きつけてみせよう。
そう決心し、先ずはベットから降りるのだった。