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Side くっころ11

 どうしようっ、どうしようっ、どうすれば良いっ!?


 目で追うのすらやっとのスピードで、ユーディアス様とタロさんの攻防が激しさを増す。


 タロさん、ユーディアス様と互角に渡り合えるほど強かったんだ……。などと関心しかけるが、今はそんな事に感心している場合ではない。


 フル装備で殺す気マンマンのユーディアス様に比べ、無手、というか裸のタロさんは防戦一方に徹している。

 凄く目の保養になってはいるが、もし少しでも剣先がかすめればタロさんの大怪我は間違いない。


 どうしようっ、どうしようっ、どうすれば止められるっ!?


 言い争いの内容を聞けば、ユーディアス様が一方的にタロさんのことを誤解しているようで、その誤解さえ何とかなればきっとこの争いも何とかなるはずっ!!


 しかし、そんな私の心情などつゆ知らず、目の前の戦いは終盤に至り、私にとって最悪の結末で幕を閉じそうな状況だった。――タロさんの死で。


 体勢を崩されたタロさんの背に向け、ユーディアス様が逆手に持った刃を振り下ろす。


「ダメぇぇぇぇっ!!」


 それを見た瞬間、頭が真っ白になっていつの間にか掛け出していた。

 いつもよりずっとずっと早いスピードで地面を駆けると、今にも殺されそうとするタロさんを抱きしめて地面を転がる。


 ズガンッ


 爆発音が耳につくが、体は……、動く。

 あの状況で私に傷がないのなら、タロさんは間違い無く無傷のはずっ。


 タロさんをギュッと抱きしめ、ついでにちょっとだけくんかくんかと匂いをかぎ、キッとユーディアス様を睨みつけると、地面に転がったままタロさんの無実を訴える。


「ユーディアス様お待ちくださいっ。

 この方は私の命の恩人で大切な殿方なのですっ。

 この状況は私を助けに来てくれたこのお方が悪の刺客をなぎ倒し、ついでに思わずムラムラっと来て私に劣情の猛りをぶつけようとしただけですが何も問題ありませんからっ!!」


 よしっ、言い切った。

 これで誤解もとけたはずっ。


 思った通り、ユーディアス様は地面に突き刺した剣から手を離すと……


 ドンッ


 って、え?

 胸元に強い衝撃が起こったかと思うとタロさんの体が離れ、素早く立ち上がったタロさんは床の剣を手にとってユーディアス様の喉元へ突きつけた。


 いかんっ!? タロさんはあの方が隣国の王、ユーディアス様とは知らないはずだっ。

 まかり間違って殺しでもしたら大変なことになるっ!!


 慌ててタロさんを止めるため、立ち上がると背中に抱きついた。


「待ってくれっ!!

 いきなり蹴られて怒るのは分かるっ。分かるが落ち着いてその剣を降ろして欲しいっ!! その方は村長の刺客なんかじゃなく、隣国の王、ユーディアス陛下なのだっ」


 そうっ!! 悪いのは全て麓の村の村長っ、村長なのだっ!!

 だからタロさんも怒りを沈めて、ユーディアス様を突き殺すような真似はやめて欲しいっ。


 必死で抱きついているとタロさんは理解してくれたのか、剣を持っていない方の手で頬をポリポリと掻くと私の方へ振り向いた。


「いや、くっころさ……ん?」


 が、途中で言葉に詰まったようで、私の隣のほうを見ると目を丸くする。

 釣られたようにそちらへ向くと、いつの間に移動したのか母上がすぐ隣にいて笑顔で太ももを指さしていた。


「その太もも……。既に事後?」

「ふえっ!?」


 えっ!? なに? 事後っ!? 事後ってなにっ!?

 母上が指し示している股の付け根からは血が垂れていて、確かそういった状況は何の後に起こるものか思い出し、この状況と相まって一つの結論が導き出された。


 えっ? もしかしてっ、これはこういうことなのかっ!?


「た、た、た、た、たっ、タロっ、タロさっ、もっ、もしっ、もしかしっ、てっ?」


 襲った!? 襲ってくれたっ!? 襲ってもらえたのっ!?

 これで私は実質上、身も心もタロさんのモノで、お嫁さんになるってことで決定っ!?

 嬉しいっ!! すごく嬉しいっ!! これで私はタロさんだけのモノになったっ!!

 でもっ……、でもっ……。


「もうやっちゃったのぉぉぉ!?」


 初めての記憶が残ってないの、残念すぎるぅぅ~っ!!


「ぬぁんじゃとぉっっっ!!」


 ふえっ!?


 いきなりの大声に驚いて思わずそちらを見ると、そこには血涙を流しながら慟哭するユーディアス様の姿があった。

 ユーディアス様は怒りに任せ、自らの兜を引きちぎらんと力を込め始める。


「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁッッッッッ」

「や、落ち着けジイさん。違うからっ!!」


 タロさんが落ち着けようと否定するが、ユーディアス様は全く聞き入れる様子がない。


 というかタロさん。さすがに証拠がある状況で否定するなど、いくら私でも怒ってしまうぞ?

 私は喜んで捧げると言っているのだから、もっと胸を張ってやる事をやってしまったと言えば良いものをっ!!


「キサマにジイさんと呼ばれる筋合いはなぁぁぁいっっっ!!

 フィリはワシが手塩にかけて育て上げた娘。

 ゆくゆくはウチの孫の嫁にして、曾孫を猫っ可愛がりするつもりじゃったんじゃっッッ、なのにキサマはっ、キサマハッ、キィィサァァマァァはぁぁぁッッッッッ!!」

「ええっ!?」


 なんですとぉっ!?

 そんな話っ、聞いたこと無いのですがっ!?


 一瞬にしてタロさんへの苛立ちが吹き飛ぶと、聞いたこともなかった事実に母上へと視線を投げる。


 ふるふるふる


 その話は母上も初耳だったのか、目を丸くして首を横に振る。


「待てっ、ジイさんっ、誤解だっ、誤解だからっ!!」


 ということは何だ? 母上も知らないということはユーディアス様が勝手に言っているだけ?


 首を傾げると最近の事が思いだされる。


 ……そういえば最近、親善訪問の回数がやけに増えたような気が……。

 それに来る度に服のサイズを聞かれたり、指のサイズ、ついでに男の趣味や結婚願望を聞かれていた気もするが……。

 

 っ!? まさかっ、その為に聞いていたのかっ!?


 ギギギギギッ……、ギヂンッ!!

「ぐおおおおおおーーーッッ!!」


 金属が千切れる嫌な音と獣のような咆哮が耳に届く。


「グッ、おおおおおおおおーっ!!」


 って、ちょっ!? ユーディアス様っ!?


 色々と言いたいことがあると言うのに、ユーディアス様は一人で勝手に凶暴化(バーサク)状態に入ろうとしていた。


 というかこんな所で凶暴化(バーサク)するのはかなり不味い。ユーディアス様の実力で凶暴化(バーサク)などとしようものなら、下手をすると城が壊滅してしまう。


 せめてユーディアス様に冷静さを取り戻してもらわなければっ!!


 このままタロさんから離れるのは惜しいので、もう一度だけタロさんの体臭を思いっきり嗅いで、タロさんから離れるとユーディアス様の眼前で両手を広げた。


「お止めくださいっ!!」

「ふぬっ!?」


 どうやら理性までは失っていないようだった。

 私の姿を認めると目を見開き、慌てて拳を止めようとするが……、あれ? 止まら……ないっ!?


 覚悟を決め、ギュッと目をつむり歯を食いしばると衝撃が襲ってくるのを待つ。


 ドンっ


 え?


 ガキィッ!!


 横合いから衝撃が来て、体勢を崩すと肉を打つ低い音が耳に響いた。

 ……あれ? 痛みが……ない?


 目を開くと、拳を振り下ろした状態のユーディアス様が悲しげな表情で私を見ていた。


「フィリ、何故暴漢をかばう。

 この男はお主の純潔を……、純潔を……、ジュ・ン・ケ・ツ・ヲォォォッッ」


 そのまま慟哭すると、またもや瞳から意志の輝きが消えそうになる。


 ――そうか。ユーディアス様は私の代わりに怒ってくれているのか。


 ストンと胸のうちに温かいものが入ってくる。

 人の為に怒ることが出来る。なんと素晴らしいお方なのだろう。


 タロさんから今回の事は内密に。と言われていたものの、これだけの誠意を見せてくださったユーディアス様に対し、私も誠意で返さぬばこれほど失礼な事はあるまい。


 顔を上げ、ユーディアス様の瞳をじっと見ると右手を胸に当てて静かに言う。


「怒りをお収めください。これはっ、私の意志で捧げたものですっ」

「なっ!?」


 私の真摯な言葉を受け、ユーディアス様は目を瞬かせると改めて私の方を見た。


 だから心配などせず、私の幸せを見守っていただきたい。

 と続けようとしたところ、いきなり母上の「あらっ」という声がして、目の前のユーディアス様が一瞬でかき消えた。


「あらあらあら、まぁぁぁっ!!」


 ……あ、あれ? ユーディアス様はいずこに?


 先程までユーディアス様がいた場所には母上が立っていて、その姿を探そうするもすぐに母上に両手を取られ、強引に母上の方へ向かされた。


「良くやったわねーフィリ。いきなりいなくなったと思ったら、こんなかっこ可愛いお婿さんを連れて来てっ♪

 でかしたわっ♪」


 母上は親指を立て、まるで自分の事のように凄く喜んでくださった。


 ユーディアス様の行方こそ気になるものの、母上が我が事のように喜んでくれて私も思わず嬉しくなる。

 母上の手をギュッと握り返し、母上の言葉に同意を返す。


「そうですっ!! かっこかわいいですよねっ、タロさん」

「そうねっ。特にあのふわふわもふもふの尻尾とか、ふさふさの耳とか気持ちよさそうねっ♪」


 むっ、母上もタロさんのもふもふに触りたいというのかっ?

 だがタロさんのもふもふは私のもの。たとえ母上と言えど渡すわけには行かない。


「そうですっ!! でも私のタロさんですから母上には貸しませんよ」


 その答えにまるで残念。とでも言うように母上は少しだけ顔を伏せたかと思ったが、すぐに笑顔になると話を続ける。


 ――むぅ。それほど残念なら、少しだけ、すこーしだけなら触らせてあげたほうが良いだろうか?


「まぁ、獣人と言うところで一悶着は有りそうだけど、何か言う輩はありあまるネタで説得すればわかってくれるし、おともだちに相談すれば何ら問題ないはずよっ♪

 それどころか王家に獣人の血が入れば子孫の強化に繋がるし、獣人国家との同盟も今以上に強くなるはずねっ♪

 何よりフィリが選んだ子なら凄く安心っ♪」


 とも思ったが、矢継ぎ早で繰り出される言葉には圧倒されて、私が口を挟む隙間がまるでない。


「ちなみに彼のご家族は? 貴族なの? それとも平民? もしかして他国の方かしら?」


 そう言えばタロさんって、この国の人で良いのだろうか? よく考えたら詳しく聞いたことが無かったような?


「人の部屋で始めるところはマイナスだけど、性欲旺盛なのはお世継ぎのためとても良い条件ね♪ で、いつ挙式するの? 今日? 明日? 明後日?」


 始めた。という所で思わず顔が赤くなるが、すぐに挙式。という言葉を聞いてハッとなる。


 そうだっ!! 私とタロさんはすでに身も心も繋がった状態だった。ならば結婚も当たり前で、多少順序こそ前後しているものの、責任をとって(結婚)もらうのはしごく当たり前のことで、もちろん早いに越したことはない。うんうん。


 しかし結婚式か……。タロさんのタキシード姿、きっとかっこいいだろうなぁ……。ぐふふっ。


「――人選ね」


 っといけない。

 タロさんのタキシード姿に思いを寄せている間に、多少母上の話を聞き逃してしまったようだ。……まぁ良い。多少聞き逃したところで後で聞けば問題ない。


 っとそうそう、タロさんの事について話さなければ。

 たしかあの森は我が国の領土……でいいはず。ならタロさんは我が国の民。って事で問題ないな。

 

「はいっ。タロさんは山奥で暮らしてましたがこの国の民で間違いありません」


 次に家族か。……えっと、確かお義母様の血族は既にいないが、お義父様の血族は元気と聞いていたな。

 確か名前は……、ユー……、んー、何だったかな? ちょっと思い出せないが、確かお義父様のお父様とは交友があったが、お義父様がなくなってからはぷっつり消えたと言っていた。


「ご家族はお義母様と亡くなったお義父様の親類のみと聞いていますが、お義父様が亡くなってから付き合いは途絶えたと言いますし、何か言う親族がいたら物理的に黙らせるから安心しなさい。とお義母様に言われてます」

「あらあら、まぁぁっ。それはとても良い提案ねっ♪」


 そうだな。

 確かに降嫁するとしても、王家と繋がっていると知れば助長する輩はどこにでも居る。

 お義母様やタロさんはそんなことで変わらないと安心できるが、その親類までとなれば流石に信じきるのは難しい。

 そこまで考えれば、親類と縁が切れているというのはタロさん達にとっても安心なのかもしれない。

 っとそうそう。ついでにこのことも言っておかぬば。


「ですが母上、私は女王になるつもりはありません」


 結婚したらタロさんの家で慎ましく生きるのだ。

 女王の座はティリアーネに任せるとしっかり伝えておかぬば。


「私のような若輩者では国が廃れてしまいます。女王の座は信頼できるティリに任せ、私はタロさんとお義母様、三人で山奥で暮らしたいと思っております」


 うむ。理由は違った気もするが結論としてはこうだったはず。


「あらまぁ、それは何故かしら?」


 えぇと、どうして……だったか。


 考え込む私の脳裏に、ティリとのやり取りが蘇る。


『そ……、それじゃ私は本当に嫌われていたのか?

『だからそう言っているじゃありませんかっ!!』


 ……そうだ。私は実の妹にすら嫌われるような女だった。

 こんな自分ではとてもではないが、民を導く事などできる訳がない。


 唇をきゅっと結び、母上から手を離すと胸の前でぎゅっと握る。


「私は……、私はティリに嫌われていたのですっ!!」


 一度口に出すと、後はもう滑り出すように胸のうちが外に出る。


「実は先ほど本人から言われてしまいました。

 こんな、身内にすら嫌われてしまうような女が国民達に好かれるとは到底思えませんっ!!

 私には女王としての器など無いのですっ!!」


 私の胸のうちを聞いて、母上もなにか思うところがあったのだろう。いつもとは違った口調で遠くを見る。


「そう。ティリが……、ねぇ?」


 そしてそのまま誰かへ問いかけるように口を開き、


「そうなのですか? ティリアーネ」


 って? え? ティリアーネっ!?


 母上の視線を追い、後ろを向くとなんとそこにはティリアーネがいて、両手をパタパタと振りながら慌てたように訴える。


「そっ、そそそそっ、そのような事はありませんわお姉様っ!!

 さっきのは冗談っ!! ほんの数年越しのドッキリがうまく行き、調子に乗って口が滑っただけなのですわっお姉様っ!!」


 え? なぜここにティリが?

 ……あっ、この部屋はティリの部屋なのだから居ても当然ではあった。

 というか冗談?

 えっ!? あれは冗談だったのか? え? あれ? でもやはりもらった装備は木製だった訳で……。

 あっ、いや、そもそも母上の前で人を貶めるような冗談とか……。


「口が滑った?」


 禁句だった筈では?


「ああああああっ、ちっ、ちがっ、違いますわお母様っ。

 口が滑ったのではなく積年の恨みがつい言葉に、いや違う。宰相なんて目立たないポジションじゃなく女王になって好き勝手に、いやこれもダメね。大体好き勝手しているお姉様の方が国民からの人気が高いのがおかしいのよ。もっとこう、国の為を思い暗部で色々動いている私の方が認められるべきであって、脳天気に世直しなんてしてるお姉様がこの国の女王になったら、それこそすぐに隣国から攻め滅ぼされてこの国が終わってしまうに決まってますっ!! そうなってしまっては大変と思い、お姉様に心にもない事を言って女王の座を辞退して貰おうと思っただけなのですお母様っ」


 ティリもすぐに母上の冗談嫌いを思い出したのだろう。凄く慌てて言い訳しようとするが、支離滅裂に……、いや、すごく心当たりのある事を言われ過ぎて胸のあたりが苦しくなる。


「あらそうなの?

 つまりティリもこの国の未来を考えていることに変わりないのね?」


 ティリの言葉に母上の心が動かされたか。いつものように説教を始めるでもなく、何度も頷きながらティリに向かって優しい微笑みを浮かべる。


 ……そうだ。国の未来を真摯に考えるティリだからこそ、女王の座には私などよりティリの方が相応しい。

 改めて母上ヘそう伝えようとするも、先程まで目の前にいた母上の姿が忽然と消えていた。


「え? あれ?」


 慌てて周囲を探してみると、先程ティリがいたところへいつの間にか母上も居て、しかも何故か防音結界を張っているところだった。


 あれぇ?

 え……、と。私はどうすれば良いのだろう?


 などと途方に暮れかけるも、瓦礫の崩れる音がしてそこから再度ユーディアス様のどなり声が聞こえた。


「認めぇぇぇえんっ!! 認めん!! 認めん!! 認めんぞおぉぉぉっ!!

 例えフィリがその男を好いておって、既に初めてを捧げてしまっていてもっ!! ワシはフィリの娘にひいじいちゃん(はぁと)。と呼んでもらうまでは絶対にあきらめぇぇぇえんっ!!」


 えっ!? えっ!? 娘っ!?

 はっ、……そうだっ!! すでに私はタロさんとしてしまったのだっ!! ならばその子を宿していてもおかしくは無い筈っ!!

 うわっ、どうしようっ!? タロさんに似た娘だったらすごく可愛い自信があるぞっ!?


 タロさんと私の娘……。でへへぇ……。


 と、考えていたら頭を叩かれた気がして、そちらへ振り向くとタロさんの顔があった。


「ふぇぇぇぇっ!?」


 いけないっ!? 思わず変な声が出てしまった。


 そんな私に呆れた目をして、ため息を吐きながらではあっちを見るように。という感じで顎と指で指し示され、そちらを向くと破壊の権化へ変貌しつつあるユーディアス様の姿があった。


 そうだった!!

 今はユーディアス様の未来予想を聴いていたのだった。


 ユーディアス様は自分の孫と私の間にひ孫が欲しいと言っていたが、すでに私の中にはタロさんとの娘が居る。

 ならばここは、はっきり無理と言わぬばなるまいっ!!


「あっ、あのっ……、ユーディアス様っ、そのっ、この子は私とタロさんの子なのでっ、その夢はすこーし無理かと……」

「ちがーーーうっ!?」

「ぬわんじゃとぉぉぉぉっっっ!?

 フシャーーーー、シュガガガーーーー」


 え? 違う? あれ?

 あっ、そうか。タロさんたら、お父さんになって照れてるのか。


「コウナッタラキャツヲコロシテワシモシヌーッ」


 と納得している間にユーディアス様は何か凄いことになっていた。


 魔力と闘気が天井近くまで吹き出し、毛と髭が逆だってまるで金色に光っているよう……。

 ……というか凶暴化(バーサク)しているっ!?


 ふわあぁぁっ!?

 どうしよっ、どうしよっ、どうしようっ!?


 タロさんを伺ってみるが、タロさんはタロさんで何か思いつめた顔でブツブツと呟いている。


「ユーディアス様っ、お気を確かにっ!!

 どうか元に戻ってくださいっ!!」


 慌てて声をかけてみるが私の声はまったく届かない。


 フシュルー。シュルルー。と荒く息を吐く音だけが辺りにこだまする。


「このよう場所で暴れたら城が壊滅しますっ。

 同盟が破棄されてしまうかもしれないのですよっ!!」


 同盟の破棄。という言葉にピクリと反応があった気がして、語りかければ何が反応があるかもしれないと思った。


 タロさんに視線を向けるが、未だタロさんは頭を抱えながらウンウンとうなされている。


 ならば私が語りかけるしかないっ!!


 そう思い、確か先程ユーディアス様は私の娘と固執していた気がして、そのことに関連付ければ元に戻ってくれるかと期待して口を開く。


「それにっ、私の身に何かあれば、きっと私とタロさんの娘だって「グガアアアァァァアッッッ!!」ひっ!?」


 言葉の途中でユーディアス様は更に魔力と闘気を吹き出すと、まるで獣のような咆哮をあげて私の言葉をかき消した。


 いかんっ!? このままではこの城が更地に……。

 すべてを守るために、こうなったら斬るしか……。

 そう覚悟をして、床に転がった剣を手に取ろうと行動しようとすると、タロさんがいくらかたどたどしい、まるで幼子のような口調でユーディアス様へ語りかけた。


「いいかげんにしなよじいちゃ。

 そんなだからとーさんが怒って出てっちゃったんだよ」

「何を……」


 言っているのだ? と声をかけようとしたが、不意に腕を掴まれその言葉を出すことができなかった。


 何故なら、腕を掴んできたのはユーディアス様で、先程までのバーサク状態が嘘のように、目と口と体を震わせながら私の腕へすがりつく様に掴まっていたからだ。


「……その言葉。

 まさかお主……、コータロー……、なの、か?」


 ふぇっ? コータロー?

 タロさんはタロさんでコータローではないはずだ?


 タロさんへ視線を向けると、彼はため息を吐きながら頭をガシガシと掻いていた。

 そして諦めを浮かべた笑みで再度ため息を吐くと、もう一度深くため息をついてやっと口を開く。


「やっと思い出したか、クソジジイ。

 そうだよ。あんたの孫、コータローだ」

「ふええええええええっっ!?」


 その答えに、思わず私の方が悲鳴を上げてしまった。


 だってだってだって……、え? タロさんがコータローで、え? ユーディアス様がタロさんのお爺様ぁっ!?


 ユーディアス様とタロさんの顔を何度も見比べる。

 

 うん。全然似ていないし種族も違うようにみえる。

 ユーディアス様は一見ドワーフ族に間違えられそうだがれっきとした人間で、それに比べタロさんは獣人だし、身長はタロさんが180cmぐらいなのにユーディアス様は私より頭一つ小さい150cm位。

 ユーディアス様は頭も髭ももじゃもじゃなのにタロさんは綺麗な短髪のストレートで、もちろん髪や瞳の色だって違う。

 なのにタロさんは今じいちゃんって。……え? え? え? えーっ!?


「んなに見比べるなって。

 そりゃ確かに全く似ちゃいねぇし、種族も違うように思えるが、俺の記憶が確かならこのクソジジイは父方の祖父、ユーディアスで間違いねぇはずなんだ」


 さすがタロさん、私の混乱に気づいたのだろう。

 ため息を吐きながら、自分とユーディアス様を交互に指差しながら説明してくれる。


「お主がコータローという事は……、はっ!? ここにリルもおるのかっ!?」


 ユーディアス様はハッと周囲を見渡し、額に汗を浮かべながらタロさんへ尋ねた。

 リル? リルと言うのは誰のことだ?


「ちなみにリルってのは母さんの名前な」


 そうかなるほど。お義母様はリルと言う名前だったのだな。

 初めて聞いた名にうんうんと頷いている中、頭の隅にアレ? という疑問が浮かんだ。


 ん? リル? それって伝説に残るフェンリルの名前では? それにタロさんのお爺様はユーディアス様……。という事は? えっ? もしかしてっ!? えっ!? ええーっ!?


「……はぁ。

 なぁ爺さん、今日こそははっきりと聞かせてもらうぜ? 

 今も昔もずっとはぐらかされてて知らなかったことだが、爺さんが国王ってことは、もしかして父さんは……」


 眉根を寄せながら問いかけるタロさんへ、ユーディアス様はバツが悪そうに答える。


「王子、じゃったな」

「「うえええええっ!?」」


 やっぱりぃぃぃっ!?


 私の驚きの声とタロさんの驚きの声が見事にハモる。


「しかも王位継承権第一位の、時期国王として広く国民に知れ渡るような存在じゃったぞ」

「はぁぁぁぁぁっ!?

 つうと何か?

 父さんが家を出た理由ってのは……」

「流石に神獣と恋に落ちたなど認めるわけにいかぬかったからな。

 儂は認めたかったが周囲の反対が思った以上に大きくてな、ついでに失脚を狙った嫌がらせに嫌気をさしたお主の父が、駆け落ち同然で我らの前から忽然と姿を消すことになってしもうたんじゃ」


 えっ!? 神獣っ!? 神獣って!?


「姿を消したって……、じゃあなんで爺さんはちょくちょく家に来てたっ?」

「勘じゃ!!」

「勘んっ!?

 いや、勘で居場所を突き止めたのも驚きっちゃ驚きだが、そもそも、何で家に来てたんだ?」

「んな他人を蹴落すのに情熱をそそぐ連中に国は任せられんかな。

 きゃつらを追放した後、国へ戻るよう説得に行ったのじゃ。

 そしたらお主が生まれておったろ? ならば孫を猫っ可愛がりするのはジジイの特権。

 説得の名のもとに孫に会いに行くのは至極当然と言ったものじゃ」


 胸を張って答えるユーディアス様に比べ、タロさんは若干疲れた顔で額を抑える。……っというか神獣って!?

 聴きたい……、聴きたいが今はタロさんがユーディアス様と大事な話をしている途中。我慢しなくばっ!!


「あのな……、説得しにきたんじゃないのかよ」

「孫が王子になったら教育だ何だで会う機会が減るじゃろ? 軽く国に戻るよう言って断られたから、後は万事オッケーじゃっ!!」

「オッケーじゃねぇよっ!!」


 ニカッといい笑顔で親指を立てるユーディアス様、対してタロさんは疲れきった表情でツッコミを入れる。


 ユーディアス様……、私のイメージでは常に厳格で厳しいお方だったはずだが……。


 そんなユーディアス様は更に私のイメージを砕くように、頬を膨らませると石を蹴るようなしぐさで拗ねたように言う。


「だって仕方ないじゃろ。

 残った息子は政治の才能皆無じゃったし、フォローできる婚約者をあてがってみてもどこぞの男爵の庶子に骨抜けにされて勝手に婚約解消する始末。

 諦めてその息子に期待しても、息子は息子で通ってる学園で男爵令嬢のハーレム入りをしたと聞く。

 唯一まともじゃったのはお主とその父だけじゃったからな、国に戻ったらまず間違いなくお主が時期国王とされ、自由がなくなって儂と遊ぶ時間がなくなるはずじゃ。

 じいちゃ、じいちゃと慕ってくれるお主を失うぐらいなら、国が滅んだほうがまだマシじゃっ!!」

「いやあんた国王だよねっ!?

 国を優先しようよっ!?」

「ぶーぶー」


 タロさんが鋭いツッコミを入れると子供のようにぶーたれるユーディアス様。


 というかっ!? 私に押し付けようとしていた孫って、まさかそのハーレム入りしたお孫さんではあるまいなっ!?

 そしてユーディアス様っ、国王なのですから私情より国益優先いたしましょうっ!!

 

「というかなにその乙女ゲー展開っ!!

 あんたの国、どーなってんのっ!?」


 タロさんはそこまで言い切ると疲れたように肩で息をする。

 そして一息ついた後、何かを悟った表情で顔を上げた。


「まぁいい。

 百歩譲って俺を優先させた結果として、だ。

 じゃあなんでその可愛い孫に特訓という名の地獄を見せて、ついでに三途ノ川を両手じゃ足りないぐらい渡らせようとしたっ!?」

「三途ノ川はよく分からんが、お主が強くなりたいと言ったからじゃ」

「言ったけどっ!!

 だからって特訓のたびに瀕死の重傷負わすなよっ!!」

「ふむ。これもお主に聞いた話じゃが、死にかける度に強さというものは増してゆくのじゃなかったか?」

「それっ、サ◯ヤ人の話ですからっ!?」


 ◯イヤ人? サイ◯人とはなんだ? 死にかけるたび強くなるなど初めて聞いたぞ?


「はぁー……、まぁいい。

 んじゃついでに聞くが、父さんが死んでからぱったりと来なくなったのは何故だ」

「それはのぅ、お主、反抗的になって可愛くなくなったから、もういいかなと思ってこっそり王城に連れて帰ろうとしたのじゃ。

 そしたらリルに見つかってのぅ、半殺しにされた上で二度とうちの敷居をまたぐなと言われてしもうたからじゃ」

「勝手だなぁっ!?」


 ユーディアス様……。あなたというお人は……。


 そしてタロさんに習い、ガックリと項垂れるわたしの耳へ、ここには居ない筈の、しかし、それでいて最近はとても身近だったあの人の声が聞こえた。


「ついでに言うと、顔を合わせるのも禁止。つったはずだけどねぇあたしは」


 ふぇっ? と、声の聞こえたクローゼットの方へ顔を向けると、予想通りの人物が不敵に笑いながら仁王立ちしているのが見えた。


「お義母様っ!?」

「母さんっ!?」

「ひいっ!?」

  

 そう、お義母様である。

 彼女はにまにまと、それはもう楽しそうなものを見つけてしょうがないとでも言うように私達とユーディアス様、それとちょうど防音結界の中で話し合っているお母様とティリを見つけると、すっごくイイ顔で笑い、こちらに向かって片手を上げるとほがらかに言った。


「やぁ、楽しそうなことになっているな。息子よ」

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