第十二話 かわりなきもの
残酷な描写あり
グロ注意
苦手な方はご注意下さい
掛けられた声に息を呑み、飛び退りながらばっと振り向いた。足下に踏み付けた人間だったものの残骸が、ぬめって湿った音を立てた。
声の主を見留めて、目を見開く。
「φ?なんでここに…」
投げたのは二重の疑問だった。
なぜ自律行動を取れないはずの機械人形が、作戦中でもない夜中に基地外にいるのか。
なぜ基地外に出たφが、こんな場所にいるのか。
「aガ出テ行クコトニ気付イテ、ギム博士ニ許可ヲ取ッテ追イ駆ケマシタ。ソンナコトヨリ、」
φはわたしに歩み寄ると、手を伸ばしてわたしの唇に触れた。
…ギム博士って誰だ?………えーっと?
…………ああ、たこ技師か。そう言やそんな名前だったな。うん。
φに触られた唇が、ぴりりと痛んだ。
「怪我ヲ、シテイマス。手当ヲ」
「要らない。そんなことしなくても治るし、時間がない」
自分で噛み付いてしまった唇の怪我を言っているのだろうが、治療が必要な怪我じゃない。φの手を退けて、視線を後ろに戻す。夜明け前に、友を見付けられるかどうか。明らかに、分の悪い賭けだ。
それでもやらないよりはと、手始めに足元を見た。頭がかち割られ、脳を抉り出された死体は、顔の判別なんて出来なかった。辛うじて残って居た首に、辛うじて引っかかっていたドッグタグを引っ張って、個体識別番号を確認する。M-883907、工場生産組だ。
隣の死体のドッグタグを引っ張り出そうとして、機械人形と気付いてやめる。その隣、M-899822。…夜明けと気が狂うの、どちらが先だろう。
「a?」
φに声を掛けられたが、反応してやる余裕はない。
J-6683。目当てとは異なるが、ドッグタグを引き千切ってポケットに突っ込んだ。機械化奴隷だ。フクロウと同じ技師の手の。次、M-970054、M-943339…
「a、誰カヲ探シテイルノデスカ?」
「ああ」
顔を上げないまま、空返事で答える。P-447518、M-896650…
手も足もすでに真っ赤に染まっていた。流れた血が多過ぎたのに加え、機械人形の循環液や燃料が混じって乾ききってないんだ。
「私ガ、見付ケマショウカ」
「ああ………あ?」
生返事してから言葉の意味に気付いて顔を上げる。
「…近い」
思わぬ近さに、φの顔があった。いつの間に寄ったのか。
「アンタが見付けるって?」
「ドッグタグノICチップデ、判別可能デス」
「…あぁ」
そんな機能もあったかと、思い出して頷く。
ちょっと冷静じゃなかったみたいだ。
折角便利な道具がいるのに、使わない手はない。
「頼む。J-3番台を見付けてくれ」
「ワカリマシタ」
φがおもむろに、辺りを見渡す。数分と掛からず当たりを付け、飛ぶように走って拾いに行かれた死体は、確かにJ-3番台のものだった。身体ごと連れ去られていなかったこと、ドッグタグまで金属として回収されなかったことに、安堵して息を吐く。
集められた死体は四つ。全部顔や身体が原形を留めぬほどに荒らされていた。
機械化奴隷のパーツは高く売れる。取り零しがないよう入念にほじくり返したのだろう。生きるために仕方がないとは言え、やるせない気持ちは殺せない。腐れモグラどもめ。
「…φ、ありがと…」
抑えきれない感情でどうしても震えてしまう唇から、φへの礼を絞り出し、仲間の死体の横に膝を突いた。
残念ながら全員持ち帰ってやることは出来ない。ドッグタグを拾い上げてポケットに放り込む。遺髪でも取れれば良いけど、戦争奴隷の頭は坊主刈りだし、そもそも髪を取れる頭もないような損壊だった。死後すらいたぶられ尽くした身体を、更に抉って持ち帰る気にもならない。
血の匂いとともに漂う燃料の香りを確認して、火を放った
これ以上、荒らされたりしないように。
揺れる炎から目を逸らすみたいに、瞼で目を塞ぐ。閉じたはずの瞼を割って、とめどなく雫が流れ出した。
唇を噛んで、瞼に頬に炎の熱を浴びる。目に映る光景は目を閉じても開いても変わらず、紅蓮だった。
「a」
目を閉じたわたしをφが呼ぶ。
「ナゼ、ココニ、来ノデスカ?命令ハ、無カッタハズデス」
真夜中に作戦なんて、暗躍するような奴らでもなければまずない。わたしは黙って抜け出していて、勿論命令なんかない。
目を開いて、燃え盛る炎を瞳に映す。広がる視界は涙でぼやけていた。嗅ぎ慣れた肉の焼ける匂いが、鼻に付く。裕福なひとびとはわざわざ適温で遺体を焼いて骨を遺すそうだ。なんて、贅沢な行為だろう。わたしに出来るのは荒らす価値も残らない、消し炭にしてやるだけだ。
「…自己満足」
残念ながらそれ以外、答えられる言葉はなかった。
顔のわかる仲間の遺品を可能な限り回収し掠め取って、わたしの手で弔う。頼まれたわけでもないし、意味があるかもわからない、単なる自己満足でしかない行動だ。
でも、機械化奴隷だろうが確かに人間だったんだと、彼らは確かにそこにいたんだと、全員は無理でもせめてひととなりを知っている奴くらい、正式でなくとも弔ってやりたいんだ。
「ジコ、マンゾク…?」
「そう。わたしにとって掛け替えのないものが死んだんだって、また、ひとつのこころが消えたんだって、譬え一時でも、かなしんでやりたいんだ」
それで慰められるのは、わたしだけかも知れないけれど。
「ココロガ、消エタ?」
φはきっと今、首を傾げてるんだろう。知識はないくせに、ひとへの擬態ばかり学ばされて。
「こころは個々のもので、同じものはひとつもないんだよ。だから、そのこころを持つものが死んだら、なくなってしまう。誰かのこころには、代わりがないんだ」
φ相手にこんなことを真面目に答えてやってる辺り、このときのわたしは随分落ち込んでたんだと思う。
機械にこころを語る虚しさも忘れて、わたしは素直にφの疑問に答えていた。
「ココロニハ、代ワリガナイ?」
「そう。こころあるものには、代わりなんてない。別のもので埋め合わせは出来ても、同じじゃないから完璧な代わりなんて出来ない」
本当は火なんか起こしてこんなところにずっといたら、目立って仕方ないし危ない。
けど、堰を切ったように溢れる涙は止まらないし、立ち去る気にもなれなくて。わたしはφのお陰で死体を見付けるのに時間がほぼ掛からなかったのを良いことに、炎の前に馬鹿みたいに立ち尽くしていた。
「ダカラ、ヒトガ死ヌト、aハ泣クノデスカ?」
「そうだね。こころがなくなるのは、怖くてかなしいことだから。取り返しの、つかないことだから」
取り返しのつかないことは、怖い。
二度と手に入らないものを喪うのは、かなしい。
「…aモ、代ワリガナイ?」
小さく呟かれた言葉に泣きながら答えたのは、無意識だった。
「…さぁ、わたしがほんとにいきものなら、ないんじゃないか?」
だからその言葉が、φにどんな影響をもたらすかも、考えてなんかいなかった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
この作品に出るグロ描写はこのレベルくらいまでの予定です
主人公が戦争用の奴隷ですので多少のグロ描写はご容赦下さい
続きも読んで頂けると嬉しいです




