二十三話目
ウルク=ハイを倒したあの日から、子猫の姿のタータと歩くこと1日とちょっと、目的の廃鉱が見えました。
サクサク来れたよ。
これもMAPのおかげだね。
ついでに魔物さんは大して出てきませんでした。
今は廃鉱の入口の町を歩いています。
町は静かで活気がない。
空き家も目立ち、なんだか空気も悪い気がする。
この町にある唯一の宿屋で廃鉱についてのお話を軽く聞いてみたのだが、なんだかちょっとあたしが聞いていたのと違った。
とりあえず箇条書きで心のメモに書いておこう。
まずあたしがここに来る前に聞いた話。
いち、鉱石が採れなくなった。
に、鉱夫以外が入ると危ないから、入り口を封鎖している。
これが事前知識。
そして、鉱夫さんや住んでいる人から女将さんが聞いた話。
いち、鉱石はとれるけれど、奥に行く程異臭がする。
に、立ち入り禁止と言われているけれど、生活する為に鉱夫は中に入っている。
さん、最近体調を崩す鉱夫が多くなった気がする。
よん、下に行く程魔物が出るようになった。
微妙どころか全然違うよね。
どこで話が捻じ曲がったのかな?
あたしが気にする所じゃないだろうけど、ちょっと気になるよね。
別に問題を解決するとかそういう気持ちはそこまでないけれど、鉱石は欲しいんです。
封鎖しているという廃鉱へと向かう道すがら、周囲を見回してみるけれど、鉱夫さんたちは暗い顔でお酒呑んでる。
お仕事に支障をきたしてたらそうなるか。
それでも細々と鉱石を発掘して日々を凌いでいるらしい。
だけど、やっぱり程度の差はあれど、殆どの人が咳き込んでいる。
斯く言うあたしも喉に違和感を感じている。
空気が悪いせいなのかもしれない。
これが廃鉱の奥に行く程する異臭のせいなのかどうなのか……。
まだ判断は出来ないか。
それよりもタータは大丈夫かと肩口に顔を向ければ、険しい表情のタータが見えた。
「タータ?」
『ユウナ様……ここは魔力に侵食されてますにゃあ』
タータの言葉に人通りの少ない裏道へと身を隠す。
表通りも人が少ないけれど、誰が聞いているかわからないしね。
「タータ、魔力に侵食されてるってどういうこと?この空気悪いって感じるやつ?」
『ユウナ様の感じている空気の悪さがそうだと思いますにゃあ。淀んだ魔力が充満しているので、そう感じるんだと思いますにゃあ』
「なるほど……発生源とかわかる?」
『そうですにゃあ……』
ひくひくと鼻を動かすタータはある方向に顔を向けるとくちゅん、とくしゃみをした。
これ可愛いって思ったらKYかなぁ?
『廃鉱の方で間違いないですにゃあ』
「……鉱夫さんたちが言ってた異臭っていうのは……」
『魔力が廃鉱で何かと作用して異臭になっている可能性がありますにゃあ』
あたしの推理はあながち間違ってなかったってことだね。
この空気の悪さ、多分廃鉱の異臭の元をどうにかして発見、解決に持っていければこの廃鉱はただの鉱山に戻る可能性がある、と判断していいかも。
ただ、解決したからといって鉱石がゲット出来るかと言われたらわかんないけど。
頷きながら1人で納得するとあたしとタータの周囲に薄く膜を張る。
王宮の取調室でやったあれね。
一種の防御フィルターだよね、これ。
防護服みたいなごつくて動きにくい服とかじゃないから楽でいいわぁ。
膜に覆われて空気の悪さも解消されて、心もなんだかちょっとスッキリした気がする。
空気が悪いと気持ちも落ち込んだりしちゃうよね。
頑張れば町を覆うような膜が張れるかもしれないけれど、どうせなら根本問題を見つける方が労力が少なくて済みそうだし……いけるなら廃鉱の奥まで行ってみるかな。
ポシェットの中身を簡単に思い出し、このまま廃鉱に入っても問題ないか考えてみる。
うん、いける。
「よし、廃鉱入ろう」
「アンタが冒険者?」
「うひっ!?」
急に建物の陰から顔が出て来て声をかけられ、肩が跳ねる。
ビックリしたぁ。
タータと会話してたの聞かれてたりしないよね?
あたしの側に駆け寄ってきたのは何処かで見た事あるような男の子だった。
あれ……?
何処で見たっけ?
「あ、一昨日の」
「あれ、アンタ川で……」
お互いの顔を突き合わせて指を差し合う。
川で水浴びてた時に裸見てった子だよこの子!
いや、あれは不可抗力ってやつなんだろうけど。
「それは忘れて」
「はは、あん時はごめんな?近くで薬草探しててさ」
「薬草?」
「うん……母さんに」
そう言う男の子の顔色は、どことなく青くて笑う顔にも力がないように見えた。
お母さんに薬草……咳かな?
でもこの子もあんまり元気に見えないんだよね。
今にも倒れそうっていうか……。
「そっか。体調悪いの?」
「うん……町で鉱山の話を聞いてる冒険者がいるって言うから、一緒に鉱山に行って欲しいと思って声かけたんだけど」
「ああ、異臭ね」
「うん。この臭いがするようになってから皆体調崩してくから……」
何だか言いにくそうに言葉を紡ぐ男の子はきっと原因を見つけに行きたいんだろうな。
でもこの子を連れて行けるかな?
道案内を頼むにしても体調悪そうに見えるから無理かな。
「廃鉱には行くつもりだけど、君は連れてかないよ?」
「っ、なんで!?俺道案内出来るよ!」
「いや、君体調悪そうだし。家でお母さんの看病もしてないと駄目なんじゃない?」
「……で、でも……」
お母さんの看病って言ったらちょっと心がぐらついたらしい男の子は、泣きそうになってしまった。
い、いじめてるんじゃないよ!?
「廃鉱の中がどうなってるかはわからないけど、状況がわかったらちゃんと教えるからさ。君は家で待っててよ」
「でも……」
「ああそうだ、君の家がわかんないと教えられないね。家まで送ってくからその間廃鉱について教えてよ」
ちょっと怪しい人っぽいかな?
でも体調が悪くて考える事が出来なくなっているのか、男の子は小さく頷いた。
これは急いだ方がいいかもなぁ。
「ね、辛いならあたしが抱えてもいいかな?」
「……うん……」
小さな声を拾うとすかさず男の子を抱き上げる。
揺らさないようにしながらも早歩きで歩く。
「あ、君の家どこかな?」
「そっち……。あ、ここ曲がって……。そこの赤い屋根……」
腕の中でぐったりとする男の子の道案内通りに進み、家に到着する。
男の子を下ろして支えながらドアをノックすると中からバタバタと慌ただしい足音が近付いてきた。
「ケイン!?」
ドアを開けて飛び出して来たのは屈強といえそうな体つきのおじさん。
あたしを見て一瞬首を傾げたけれど、支える男の子を見て顔を真っ青にした。
「ケイン!!」
「お父さんですか?早くこの子を休ませないと」
「ああ、貴女が連れて来てくれたんですか?すみません!」
お父さんは早口で捲し立てるようにそう言うと男の子、ケイン君を抱えて家の中へと消えていった。
玄関先でどうしようかなと思っているとお父さんが戻ってくる。
「すみませんバタバタしてしまって」
「いえいえ、えっと、ケイン君?は大丈夫ですか?」
「……いえ……あんな身体で無理しやがって……」
苦い顔をするお父さんは本当に辛そうだ。
「あの、廃鉱についてお話をお聞きしたいんですけど、いいですか?」
お父さんに家の中へと案内されリビングに通される。
椅子に腰掛けると対面にお父さんが座った。
「鉱山に、何をしに?」
「鉱石が欲しくて来たんですけど、どういう状況なのかと思いまして」
「鉱山は今危険だ」
「みたいですね。原因はわからず、ですか?」
「ああ、奥まで行けないからな。確認も出来ん」
お父さんに聞いた話は、町の中で聞く話とほぼ同じだった。
ただ、廃鉱に入る人ほど体調を崩しているらしいとの追加情報があった。
ケイン君はお父さんについて行って廃鉱に入ることがあったらしい。
怒られるから隠れて。
「色々お話しを聞かせていただき、有り難うございました」
座ったままだけどぺこりと頭を下げる。
「アンタ鉱山に行くのか?」
「はい。原因も探れたら探って来るつもりです」
「一人でか?」
「この子もいるんで大丈夫です」
お父さんの訝しげな視線を受けながら、膝に丸まっているタータを撫でてから立ち上がる。
「それじゃあ失礼しますね」
「……何も手伝いは出来んが……気を付けてな」
「はい、有り難うございます」
家を出る時にもう一度お辞儀をして廃鉱へと向かう。
膜のおかげで空気の悪さも感じないから足取りは変わらない。
廃鉱の入り口には封鎖や立ち入り禁止と聞いていたけれど、看板が1つあるだけだった。
てっきり板が打ち付けてあるとか、テープで何かしてあるのかと思ってたのに。
廃鉱の中は所々に魔石が埋められていて、ほんのり明るい。
長く使われているせいか灯りが弱いからほんのりなんだと思う。
ちょっと気になったから試しに魔石に軽く触れて魔力を流せば明かりが増した。
「くぉぉぉ……!?」
魔石を見つめて魔力を流したせいであたしの目が眩んだ。
しゃがみ込んで目を押さえる。
「目が、目がぁぁぁ!」
『大丈夫ですにゃあ?』
「うう……チカチカする……」
目頭を揉んでパチパチと瞬きを繰り返す。
あたしは別に天空の王様になる気はないのだよ。
ていうか、こんな所でダメージ食らってどうするのさ。
ただ、魔石はあたしにも使えることは判明したから……まあ良しとしとこう。
眩んだ目が回復した所で再び足を進める。
あたしのMAPは真っ黒。
歩いた跡は灰色っぽくなってる。
廃鉱のMAPもなし。
マッピングしてる余裕はないからサクサク進みたいな。
とか思っているのにあたしの目は鉱石を探してキョロキョロ動いている。
体って正直だね!
あっ、キラリと何かが光った!
思わずその光ったものに近付けば、顔を覗かせるように銀色が見えた。
「鉱石かなー?」
じっとその銀色に光る物体を見つめると浮かぶ《鉄鉱石》の文字。
やった、初鉱石ゲットだぜー。
鉄鉱石に手を伸ばしふと気付く。
「どうやって採ったらいいんだろ……」
残念ながら採取や採掘に必要な道具を持っていなかったことを思い出した。
『ユウナ様が全力を出したら壊れそうですにゃあ』
「ホントだねぇ……うーん、どうしようかな?何か代用出来るものないかな?」
ゴソゴソとポシェットを確認してみるけれど、ちょっと暗い。
うーん……あ、そうだ。
ここは黒歴史にもなっている光を使ってみよう。
……後光が差すとかなりませんように……!
人差し指をまっすぐ天井に向かって立て、意識を集中する。
魔力を巡らせれば指先に光が灯り、目の前が明るくなった。
その光を丸く固めてふわりと浮かせる。
「……出来たぁ」
ホント後光は嫌だから、ホント良かったよ!
ホント、ホント!
……落ち着けあたし。
どれだけトラウマになってるんだろう、全身発光……。
そういえばあれはタータがいない時だったんだよね。
1人でわたわたしてるからタータが不思議そうに首傾げてるよ。
ああ……ちょっと懐かしいな、全身発光。
あの時はジルが爆笑してたんだっけ。
そうそう、魔力がこんな感じで……。
『ふにゃあ!?ユウナ様が光ってますにゃあーっ』
懐かしんでいたらどうやら全身発光したらしい。
タータが肉球で目を押さえてる。
おおーい、マジですかー。
慌てて魔力の巡りを止めれば、光の珠と全身発光が消えて再び薄暗くなった。
『ユウナ様が神々しかったですにゃあ』
「あはは……」
乾いた笑いを浮かべてしまった。
そんなことよりポシェットだってば。
もう一度光の珠を作って浮かべる。
そして地面に座り込んでポシェットの中身を確認するために、画面にじっくりと目を通す。
火打ち石……木の枝……。
骨……骨?
骨って硬いのかな?
牙……牙かぁ。
うーん……。
ポシェットから使えそうなものを取り出して地面に並べてみる。
『どうしますにゃあ?』
「うん、手持ちで何か道具作れないかなーって思ってね」
隣にちょこんと座るタータを撫でてから、地面に置いた諸々を1つずつ手に取ってみる。
骨と牙は簡単な道具にも使われているから、上手く使えば使えると思うんだよね。
骨か木の棒は持ち手になるかな。
流石にナイフは採掘に向かないでしょう……。
1つをほじくる用にしてもいいのかもしれないけど。
いっぱいあるし。
「これと……これを組み合わせて……この蔦は使えるかなー?」
頭を悩ませながら形状を想像しつつ、使えそうなものとそうでないものを選り分けていく。
「これをこうして……?いや、こっちのが硬いかな?」
土を掘れるということが大事だから、見た目は気にしないでおかないと。
じゃないと魔物の牙を振り回す変な人にしか見えないもんね。
そうだ、魔力で強化出来るかもしれない。
壊れないようにさ。
そうと決まれば魔力を……。
『ユウナ様、出来そうですかにゃあ?』
「うん、試してみるよー」
一番硬そうで手にちょうどいい骨と少し大きめの牙、そしてそれを括る蔦を手に目を閉じる。
深呼吸をしてしっかりとそれらを見つめる。
そして出来上がりを想像しつつそれらに魔力を流す。
するとそれらがぱぁっと光った。
「光った!?」
何か失敗したのかと驚いて慌ててそれらを地面に置く。
それぞれが光っていたものが、重なった部分から光が増し、1つの光になる。
ドキドキしながらどうなるのかと待てば、徐々に光が薄れていった。
「……何か出来た……」
地面に置かれたそれを手に取りしげしげと眺める。
《強・骨のつるはし》強化された採掘道具の一種。耐久度は他の物より格段に高い。
おおう、やったね!
これで掘るのも楽になるよ!
『にゃあ、それはどう使うんですにゃあ?』
タータが横から目を輝かせてあたしの手にあるつるはしを見つめていた。
よし、試そう。
「これはー……」
立ち上がるとさっき見つけた鉄鉱石の元へ戻る。
つるはしをしっかり持ち軽く周りを掘れば、サクサクと土壁が崩れていく。
こんな簡単に掘れるものなんだ……!
タータに実演してみせつつ、あたしもビックリ。
コロン、と落ちた鉄鉱石を拾う。
手の平サイズの鉄鉱石をゲットしました!
『ふにゃあ、凄いですにゃあ』
「これで採取も楽に出来るね!」
ポシェットに鉄鉱石を入れて立ち上がる。
よし、先を急ぎつつ掘るぞ!!




