病気を治す魔法や薬なんていっぱいあるよ
情緒不安定って好きです
千歳の家は廃墟のような廊下を通ってきたのだから、随分汚れた部屋だと考えていたのに
イスクリに案内された部屋は、校長室のようだった。
窓からは陽が差しこみ、革のソファーとベットが置かれている、部屋の隅にはゴミが見えるが、一応綺麗な範疇だ。
人が住んでいるような気配はまったく無く、寂しい所であるが。
「そのキチガイ女をそんなに大事に思えてるっと事ハ、ついていけてるんデスよね」
イスクリに千歳の事を馬鹿にされ、イラつき、睨む。
「そのキチガイ女のために怒れるって事ハ、大事に思ってるんデスよね」
「さっきからキチガイキチガイうるせーんだよ、お前に千歳の何がわかるんだよ」
「大事何ですよネ」
口に怒りの言葉を出すがあっさりと流され質問を飛ばされる。
当たり前だろうが、千歳以上に大事な物なんて存在するわけ無いだろうが。
「こいつは、俺の嫁であり俺が守る」
千歳の許可は貰っていないが。
本人は子供の頃から断られ続けているが、嫁にしたいとはずっと考えて実行に移そうとしている。
普段はクールなのに、たまに子供っぽいところとか。
俺を何度も救い、俺も救いたいとずっと思っていたが、千歳は強くて救う機会が今まで無かった。
鎧をガチャガチャ鳴らし、低い声で笑い始めるイスクリ。
何がおかしいと怒鳴りつけそうになるが、言葉を遮られる。
「やっと仲間が出来たんデスねぇ…」
「はっ?」と思わず声に出す、イスクリは千歳の仲間では無いのか。
そうで無ければどうして何年も千歳の家にいるんだ。
帰るのを待っていたから、仲間だからここにいたんじゃないのか。
「そんな顔してああ私が仲間と思ってるようデスが間違いデスよ、私はチトセの影すら踏めません、どれだけ力が離れているカ、貴方は…知らないんデシょうね、チトセがキチガイと言われてた理由ヲ、30年前の悪夢ヲ」
「30年前…?」
「そーデス、あれが無ければこのキチガイ女…いやまあ時間の問題デシたかネ」
「あの、30年前に何があったのですか…?」
千歳は30年前には生まれてすらいない。
どういうことだと、コアラやイスクリの顔を見るが何もおかしい所は無い。
いや待て、よくよく思い出してみると初めてあった時も30年前と言っていたような気がする。
ということは日本とこの世界は時間の流れが変わるのだろうか。
「まさか君はチトセ様の活躍を知らないのか…?」
千歳の家に入ってから今まで一言も話さなかったコアラが驚いた顔をしている。
ゲームの中と思い、何故か俺は誘われてなかったから千歳の活躍なんて知るはずが無い。
この街にくる途中のあの狼を倒したのを見る限り、弱くは無いのだろうが。
「少年は人間。見た目の年齢通りならあの悪夢は生まれる前デス、だったら知ってるわけねーデスよ」
「チトセ様もあの時と外見は変わっていない、なら少年も見た目通りでは無いのでは」
「じゃあ少年人間止めてるんデスかね、キチガイ女も元々止めてましたシ」
「少年が魔物とでもいうのか、魔の気配は感じないが…」
「魔の気配なんて実際感じませんヨ、魔法使う時ならともかク」
「なんだと!?」
「私から魔の気配感じマスか?実際ただの鎧ですヨ私」
腕を口にやり、考え込むコアラ。
「邪悪な気配を感じるが…」
「嫌味デスか、それ。私は確かに真っ当じゃ無いデスが邪悪と言われたら腹が立ちまス」
「失礼した、イスクリ殿」
気分を害したらしいイスクリに頭を下げるコアラ。
二人の会話でわかったが、イスクリは鎧を着た女性では無く鎧の魔物のようだ。
「あの…」
「少年私は何から説明すべきデ、説明されるべき何でしょうカ」
「千歳の事は千歳に聞きます、だからこの世界に病気を治す魔法か万能薬はありませんか」
世界のことや千歳の事いろいろと聞きたい事はあるが、この世界に来た目的はそれだ。
千歳を救うためなら、何でも出来る。
「そんなのいっぱいあると思うのデスが…」
「えっ」
イスクリのお前は何を言ってるんだといった口調を聞き、思わず声が出る。
いきなり解決してしまったのだろうか。
「千歳を救え ~異世界勇者物語~」とか頭でストーリーを作っていたというのに。
よしじゃあさっさと千歳を治して日本に。
「でも、キチガイ女の場合ただ寿命尽きそうなだけデスから、そんなの探しても無意味かト」
それから三時間程して千歳は目を覚ました。
コアラは千歳に顔を会わせ辛いなどと言い、仕事に戻るらしく途中で席を立ち、イスクリは部屋の隅で何かを書いている。
「どうして」「なんで」と頭の中をぐるぐると駆け巡る。
異世界ならば魔法で何でも出来るはずじゃないのか、何で千歳の病気を治せないんだ。
俺は目を覚ました千歳を見ても胸が痛み、この事実を伝えて良いか悩み目を瞑る。
「秋ちゃんに…イスクリ…?貴方まだ居たんだ…」
「30年も待ってたというのに、何て言い草デスか」
千歳の頬をつねようとするが、鎧の自分には出来ないと気が付いたのソファーに座るイスクリ。
魔物だというのに随分と人間臭い。
「そんなに立ってたんだ…だからあの草原も焼けて…」
「あれは偉い人がキチガイ女が復活しないように焼き払っただけデスよ、精霊でもあるまいし無意味だと思いまシタがネ」
「ねえイスクリ」
殺気を纏い始めた千歳が言葉を言い終える前にイスクリは何か書類を渡す。
千歳とイスクリは視線を交わし頷きあい、ガチャガチャと鎧を鳴らす。
「30年分の報告書デス、キチガイ女の死体見るまでは作って置こうかト思いましてネ」
「上出来、貴方に字を教えてよかったよ、それで秋ちゃんはどうしたのかな」
イスクリがこちらに視線をやり、目で会話をする。
どうか千歳にはこの事実を黙っていた欲しい。
治る魔法や薬なんて無く、寿命が着てるのだという事実は。
「キチガイ女が寿命だから薬や魔法で治らず死ぬって言ったら黙り込みましたヨ、こいつメンタル弱いんじゃないデスか、貴方の殺戮行にとても付いていけるとは思えないのデスが」
「ねえ」
「おい」小さく呟く、何てことを言ってるんだよお前は。
何でそんな事を平然と言えるんだよ、頭おかしいんじゃないか、狂っているのか。
千歳本人を前にそんなことを言ったら、自分が死ぬなんていわれたら。
千歳の方を見るのが怖く、地面を見る。
「そもそもデスね、こんな弱そうな奴どうせすぐ裏切るか利用されてるだけだと思いマスよ、今までもそうだったじゃないデスか、いい加減その辺り学んだほうがいいカト…」
「黙れ」
「みギャアァァァァア゛ア゛ア゛ア」
壁に何かがめり込み壊れる音がし、イスクリの悲鳴が聞こえ何が起きたのかと思い顔を上げると。
イスクリの胴体が壁にめり込み鎧の部位が散乱していた。
得体の知れない気配を纏った千歳がそんなイスクリを睨みつけている。
「秋ちゃんに何てこと言ってるのよ、秋ちゃんが私のこと裏切るはずないじゃない、私が守り続けてるのよ、私の事を認めてくれてるのよ、そんな秋ちゃんが私を裏切るはずがない、無いに決まっている」
「すみません、スミマセン、もう言いませン、許してくださイ、命だけハ、死にたく無いデス、許してくだサイ」
「秋ちゃんに謝れ、この馬鹿鎧!」
「秋さんすみませン、助けてくださイ、もう言いませんだから許してくだサイ許してくだサイ」
イスクリに怒鳴るとぜいぜいと息切れし、ゲホゲホと咳き込み始め、胸を抑え座り込む千歳。
おかしい、最近いつも調子が悪かったがここまで悪くは無かったはず。
そう思いバラバラになったイスクリを置いておき、千歳に駆け寄る。
「大丈夫か」
「う、うん…ちょっと待って…」
「私は放置なのデスね…でも助かって良かっタ…怖かっタ…」
千歳の身体を抱きしめ小さな背中を摩る。
こんなに小さかっただろうか、千歳の背中は。
昔はもっと大きく、遠く感じた気がする。
「秋ちゃんごめんね、本当にごめんなさい」
突然千歳が謝ってくる。
何度も何度もごめんなさいという千歳、何に対して謝られているかわからないが。
抱きしめながら背中を摩る。
その後も謝ることを止めず、泣き始めた千歳。
俺はどうしていいかわからず、ずっと抱きしめ、背中を摩り続けた。




