エピローグ
「ソラ君~、お弁当だよ~」
「ありがとう、ナナ」
アロンゾ家別荘、ジーネの寝室。ソラはナナからいつもようにお弁当を受け取った。その横ではジーネがスースーと寝息を立てている。
大天秤大会から半年が経った。季節は冬を通り越してもう春だ。ランスロットとシャルロットは、女皇と女皇親衛魔団と共に首都アルメリアに帰って行った。ランスロットは今でも女皇親衛魔団の団長として活躍し、シャルロットは忙しいランスロットの代わりに家で炊事洗濯等をしている。ようするに、大して変わらない生活を送っている。ソラもナナも同じだ。ソラはそのままジーネのボディーガードとしてジーネの寝室に住み続け、ナナもいつもと同じようにお弁当を運んでくる。だが、ソラは成長期に入ったようで、半年で随分と背が伸びだ。顔つきは相変わらず可愛らしいが、たまに大人っぽく精悍に見えることもある。
そしてジーネは、あの頃のまま、スヤスヤと眠り続けていた。
「ジーネさん、今日も起きないね」
「うん」
大天秤大会で瀕死の重傷を負ったソラは、そのまま緊急入院になってしまった。大量の出血により意識を失い、一時は命まで危ぶまれたが、ジーネが眠らず休まず付きっきりで看病してくれたおかげで三日後には窮地を脱した。二週間もする頃にはすっかり体調も良くなり退院できるまでに回復したが、それまでの間もジーネは付きっきり看病してくれた。そして二人でこのアロンゾ家別荘まで帰ってくると、ジーネは眠くなったと言ってベットに入った。
そして、それから目が覚めていない。
「お医者さんは、最初はただの過労だって言ってたのに」
眠りから覚めない原因は不明だ。コレと言って体に問題は無く、いつ目が覚めても不思議では無い状態である。ただ、普通にスヤスヤ寝ているだけらしい。
「過労って言えば、過労なんだろうけど」
ジーネが眠り続ける理由を、ソラとナナの二人だけは分かっていた。
「ところで、それは?」
ソラが視線を向けた先は、ナナが持ってきた山盛りの手紙だった。
「いつもと同じ、ファンレターだよ! あの試合はテレビでも放送されてたから、全国にソラ君のファンが出来ちゃったんだよ!!」
どうにもソラは自覚が足りないのだが、ソラは容姿は可愛いし、性格は人懐っこいし、その上でもの凄く強い。となれば男女問わずにファンが出来て当然である。本当にアイドルデビューしたり、CMに出演したりしないかという芸能界からのオファーもあるし、腕を見込んで用心棒に来てくれないかという勧誘もある。今やソラは全国のスーパースターだ。
「うう、こんなにあるなんて。また返事を書かなきゃ……」
そして、ソラはこの大量の手紙一つ一つに返事を返している。
「ソラ君ってマメだよね。なのに、何でボクの気持ちを分かってくれないの!?」
「え、ナ、ナナの気持ち? わ、分かってるよ、もちろん! 一番の親友だよッ!!」
「全然分かって無い~ッ!!」
ダダを捏ねるナナの前でソラは手紙の山をひっくり返すと、毎週のように見る便箋が今日も混ざっていることに気がついた。
「ああ、シャルからの手紙だ」
ソラはその便箋を手に取り、中身を読んだ。
『ソラ! 女皇様がお呼びですわッ!! あなたが使っている空手という技を、何であなたが使えるのか、とても知りたがっていますわ! とても大事なことみたいですわ。来るなら女皇陛下直属のボディーガードにしてもいいそうですわ! っていうか、ソラが来てくれないと私が怒られますわッ! 私がソラを呼んでもてなすように言われているのですわ。女皇陛下の命令なら仕方ありませんわ。さっさと来るのですわッ!!』
いつもと同じ趣旨の文面だ。
「あちゃ~、こりゃ怒ってるな」
「ソ、ソラ君! 女皇陛下直属って凄い事だよ。大出世だよッ!!」
隣で一緒に手紙を読んだナナは、ファンレターに混じって、実はソラにこんな手紙が来ていることを知って驚いたようだ。
「ん~、凄いとは思うけど、でもなぁ」
ソラは全くその気が無いようだ。例え世界の半分をくれるという内容でも、ソラは全く興味を示しそうに無い。ソラは窓近くのベッドで眠るジーネにそっと歩み寄ると、そっとジーネの前髪を掻き上げて、その可愛らしい顔を覗き込んだ。
「ジーネは僕にここに居て欲しいよね?」
安らかに眠るジーネの寝顔は、まるで物心が付く前の子供のようだった。ジーネが眠り続ける理由を、ソラとナナは分かっていた。原因は、過労だ。
ジーネはようやく安心して眠ることが出来たのだ。子供の頃に目の前で母親を失って以来、ジーネの世界は狂ってしまっていた。いつ、どこで、誰が自分を裏切るか分からない。寝ている時に誰かが襲ってくるかも知れない。食事をしたら毒が入っているかもしれない。起きたらソラが居なくなっているかもしれない。不安で不安で夜も眠れなかった。しかし、もう大丈夫だ。何かがあってもソラが守ってくれる。起きた時にはそこにソラが居てくれる。そう信じることができて、ようやくジーネは眠ることが出来たのだ。
今、ジーネは夢の中で思い出を再構築している。不安と狂気に彩られた悪夢を一から作り直し、幸せで楽しい思い出に形作っているのだ。目が覚めた時には、明るく光り輝く本当のジーネを見ることが出来るだろう。
「ゆっくり眠ってね、ジーネ。僕はいつまでもここにいるから」
窓から差し込んだ陽光が、安らかに眠るジーネと、それを愛しげに眺めるソラを黄金色に包み込んだ。それを見て、ナナは思った。
まるで、光の道が二人を繫いでいるみたいだ、と。
これにて、『ジーネ様はうらぎらない』は終了です。
ご愛読ありがとうございました。
評価、及び感想・レビューを頂ければ大変感謝致します。
以上




