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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
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10-11

 レーヴァンとの話に一段落がつくと、シアが心配げな顔で近づいてきた。


「大丈夫なのですか?」


 途中何度も気遣わしげな視線を感じたが、口を挟むべきでないと判断したのか、じっと我慢してくれていた。


「まあ、大丈夫でしょ。最悪死ぬことはなさそうだしね。生きてりゃ人間どうにかなる」


 何せ、オレを生かすために策略巡らすぐらいだ、当面殺されることはないだろう。オレに飽きたら殺すかもしれないが、そんな可能性をシアに言う必要はない。それに、


「貴方のことはなんとお呼びすれば良いですか? 主? マスター? ああ、ご主人様なども良いですね」


 ――なんだが懐かれてしまった気がする。見えないしっぽがブンブン振られている雰囲気だ。


「主従関係じゃないって言ってるだろう。名前でいい、名前で」

「――良いのですか?」

「いいよ。ダチだろ、普通に名前を呼べ」

「それでは、アルツ様。――――お体おかしな所はございませんか?」

「ないよ。『様』付けんな」

「はい、アルツ。――――本当になんともないですか?」


 レーヴァンはのぞき込むようにオレを見る。嫌な予感がして、つい眉間にしわが寄った。


「ない。なんかしたのかお前は?」

「いいえ。私は何もしておりませんが、私が名を呼ぶと皆死んでしまうので、アルツが少し心配になりまして」

「そういうことは先に言え! ――どういうことだ」

「私に名を呼ばれると、命が奪われるという伝承がありまして。私は何もしていないのですが、伝承を信じているものは、私が名を呼ぶと皆心臓が止まって死んでしまうのです。

 人は本当に心が弱いですね。思い込みで心臓を止めてしまうのですから」


 いやいやいや、絶対お前の何かが関係してるだろう、それは。オレが大丈夫だったということは、『思い込み』が確かに関連しているかもしれないが、それだけで心臓が止まってたまるか。


「――アルツ。本当に大丈夫なのですか?」


 シアがとても深刻そうな顔でオレの服の袖を掴んでささやいた。言ったそばから命の危険にさらされちゃったら、説得力ないよね。オレは首をすくめて苦笑する。


「大丈夫。オレが言うんだから信じなさい」


 大丈夫でなくとも大丈夫にさせる。シアを不安にさせないのがオレの役目だ、なんとかするさ。






 間を置かず、ポルテが浮かない表情で部屋にやってきた。


「また面倒ごとよ。国王がアルツを呼んでるわ」

「さっき倒れた人間を呼びつけるか普通?」


 呆れた顔で文句を付けると、ポルテも渋い顔で答える。


「アルツが元気に歩いて移動してたのが伝わって、是非詫びがしたいって……」

「詫びがしたい相手を呼びつけるなよな、自己中国王が」


 罵りながら、オレはポルテに国王謁見に相応しい服を用意するよう指示する。


「行くのですか? アルツ」


 シアが心配深げに顔をしかめる。


「行くしかないでしょ。先か後かの違いでどうせ行くことになるんだ。とっとと義務を果たしてくるよ」

「でも……」


 更に言葉を募ろうとしたシアをレーヴァンが遮った。


「大丈夫ですよ、巫女様。私が付き添いますので」

「来んな! 迷惑だ」

「国王は、まだ貴方を諦めていませんよ。貴方を欲しがっても無駄だと言うことを示すのに、私が一番有効でしょう」


 しらっとうそぶくレーヴァンに思わずため息が出る。


「正体不明なお前を国王謁見に連れて行けるわけないだろうが」

「この姿なら良いでしょう」


 そう言うと、レーヴァンの身体は溶け、霧散したかと思うと再び形を成し、大鴉の姿に変わった。そしてそのままオレの肩に留まり、呑気に毛繕いを始める。


「――鴉でも一緒だと思うぞ」

「ならば『言い咎められたくない』と望んで下さい。その望みを私が叶えますので」

「お前の力は便利なんだか、面倒なんだが……」

「同感ですね」


 というわけで、鴉と一緒に国王謁見とあいなった。なんだかなあ。





 指示された場所に行く道中、オレは肩にとまるレーヴァンに周りに聞かれないよう小さな声で囁く。


「龍を殺した者の血を飲むと、永遠の命が得られると言う呪術があるのは本当か?」


 同じくレーヴァンもオレの耳元で囁き返す。


「私の知りうる限りでは、そうした呪術で延命した人間はおりません」

「左の胸の上に特殊な文様が現れることは知られていたが」


 まやかしの魔術でとっさに隠したのでフィーリアには見とがめられなかったが、龍を殺した直後実際にオレの左胸に紋様なものが現れた。


「龍を殺した者に、不可思議な力が与えられるのは事実です。ですから、アルツの魔力は以前よりずっと強いものになりました」

「永遠の命とやらは?」

「主がまもなく命が尽きてしまうのをみても、眉唾な伝承でしょう。もしかしたら延命されているかもしれませんが、それを確かめるすべはありません」


 オレはフムと頷き、歩を進める。レーヴァンの言葉を全面的に信用することは出来ないが、確かにオレの魔力は以前自分で作ったまやかしの魔術の魔具が効かなくなる程度は強くなっている。レーヴァンのこの言葉は国王に馬鹿げた呪術を諦めさせる一助にはなるだろう。


 オレがそんなことを考えながら、国王の待つ部屋に向かっていると、その先にサシャスが待ち受けているのが見えた。サシャスはオレを見てほっと息を吐く。


「無事だったか」

「心配掛けた。運んでくれたのに、ナスカ大神官が失礼な態度だったとシアから聞いたよ。すまなかった」

「仕方あるまい。お前にも立場があるのは知っているし、あの場に部外者がいられないのも理解している。それより――、謁見らしいな」

「ああ」

「大丈夫……そうだな。それがついているのなら」


 サシャスはチラリとオレの肩に乗る大鴉を見て言った。サシャスはコレがなんだか分かっているらしい。アーリリア教が誘う者を飼っている話はそこそこ有名なんだな。ならば、コイツを肩に留まらせ練り歩くのもけん制になるだろう。


「心配ばかり掛けるな」

「レーフェル様にお前のことも頼まれている、気にするな。たいしたことは出来ないが、可能な限り、手を貸そう。

 それから、モーネのことだが……」

「モーネにも心配掛けたよな。オレが無事なのは伝わってるか?」

「ああ、オレがすぐ伝えた。ただ、さすがにへたばって、借りた部屋で休んでる」

「……そうか」


 オレは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。モーネには再会してほとんど気を使ってやれていない。今回のことで、どれだけ気をもませてしまったか。

 オレが黙り込む様子を眺め、サシャスが躊躇しながら口を開く。


「――オラージュを出るまでの間で、少しだけでも構わないから時間をもらえないか?」


 珍しく言いよどむサシャスの様子にただならぬものを感じ、聞き返す。


「構わないが、何かあるのか?」


「――モーネに引導を渡して欲しいんだ。さきほどの事で、お前のことを諦めてくれるかと思ったが、あのしつこい女はまだ納得していない。だから、お前から直接モーネに言い渡して欲しいんだ。でなければ、アイツは何時までも先に進めない……。お前にこんなことを頼むのは筋違いだと思うが、俺ではどうにも出来なかった」


 複雑な表情で頭を下げるサシャスに、オレは小さく笑って承諾する。


「筋違いじゃないよ。オレがモーネの気持ちを軽く見積もって放置したのが悪い。きちんと話して、納得してもらえるよう頑張ってみるよ」


 サシャスは顔を緩ませ、「ありがとう」と再び頭を下げた。





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