10-9
わたしを抱きしめ背中を撫でていたアルツは、わたしが落ち着いたのを見計らい再び話し始めた。
「誤解を解いておきたいから、続きを話したいんだけど良いかな」
「わたしは何を誤解しているというんですか?」
やっぱりちょっとムッとしながら返すと、アルツが苦笑している雰囲気が伝わってきた。
「まず、故郷に帰る時も、龍を殺す旅に出る時も、死ぬ気なんてさらさら無かったんだよ。本当に」
「そんな! 負ける戦争に向かうのにですか?」
「負けるつもりなかったから。勝つ気満々だったんだ、オレも父さんも」
「インバシオン相手にですか?」
自信ありげな様子に驚く。
「うん。籠城戦に持ち込めばいけるって判断だったんだよ。父さんは準備に怠りなかったし、オレもそのための軍資金をコツコツ送ってたからね。勝つ気がなかったら、そんな無駄なことオレも父さんもしないさ。二人ともドケチだから」
「故郷への仕送りは、孤児院運営のためじゃなかったんですか?」
当時、アルツがずいぶん節約をして仕送りをしていたのを知っている。
「勿論それもあるよ。でも、10人もいない孤児院にそんな大金は必要ないさ。ラントは危険だから新しく入る子どもは他へ移してたしね。主に籠城戦を想定した自給自足のための準備や城壁の強化に使ってたんだ。
父さんがインバシオンの参謀長だった経歴は絶対突かれると思ってたから、再三対処しとくよう手紙で伝えていたんだけど……。父さんも結構チキンなところがあるからな。結局言っていなかったみたいだ」
口調は軽いが、辛そうに眉を曇らせ俯くアルツの背中を撫でた。それに応じるかのように眉を上げ、明るい表情を作る。
「籠城戦に持ち込んで、有利な条件で停戦させるつもりだったんだ。何年掛かるか分からないけど、落ち着いてオレが必要なくなれば、また教都に戻ってくるつもりだった。だから、死ぬ気なんて全くなかったんだ。
龍を殺す旅に出る時だってそうだ。自分が死ぬかもしれないなんて、全然思ってなかった」
「龍が相手ですよ」
「うん。本当に殺すことが可能なのか不安だったけど、自分が殺されるとは思わなかったな」
平然と言ってのけるアルツにわたしは肩を落とした。あれだけ気にもんでいたわたしはただの道化だったのだろうか? いや、実際先ほどだって本当に死にかけたじゃないか。毒かもしれないものを平気で口にするなんて、死んでも構わないと思っていないと出来ないことだ。
わたしが納得していないことが分かったのか、アルツは一つため息をついて話を続ける。
「だから、誤解だって。愛するシアとラブラブ新婚旅行中で幸せど真ん中のオレが、死にたがるはずないだろう」
「でも! さきほどもペタルでも毒を口にしたじゃないですか」
「ペタルでは、シアの薬に対する知識に絶対の信頼があったし、さっきも口に含んだだけの少量の毒なら、シアがなんとかしてくれると思ったんだ」
「万が一を考えないアルツではないじゃないですか!」
「まあ、万が一致死量を超える毒物だったとして、今のオレなら最悪死ぬことはないかなとは思ってた。一応不老不死みたいだし」
「絶対そうなっている確信はないじゃないですか、さっきだって心臓が止まったってレーヴァンが……」
そこまで言って、わたしは違和感を覚える。アルツは自分が不老不死だと思ったから、毒かも知れないものも口にした? わたしの呼吸はいっとき止まる。
「――――知っていたんですか? 8年前わたしがアルツに『蘇生の術』を施していたことを」
「あー、えっと。確信を持てたのはこの旅に出てからだけど、そうかも知れないとは思ってた」
「どうして……、どうしてそう思っていたんですか?」
あの時アルツは完全に意識がなかった。その後わたしが『蘇生の術』を掛けたことは、少しの素振りだって見せた覚えはない。なのにどうしてアルツは気がついてしまったのか。
「いや、あの時は気がついてなかった。目が覚めた時になんの異常も感じられなかったから、お茶に入っていたのは眠り薬のたぐいだと思ってたんだ。飲んで意識がなくなる時も毒物だと確証は持てなかったし。
ただ、あれから風邪ひとつ引かなくなって、怪我もやけに早く治るようになって、以前『蘇生の術』を施される患者はしばらく病気に掛かりにくくなるって噂をチラリと聞いてね。あの時もしかしてと考えたことはあった。まあ、元々病気にあまり掛かったことないし、怪我だって瞬く間に治るわけじゃくて、全治3ヶ月が1ヶ月ちょいで治るぐらいだったんだけど」
聞き捨てならないことを耳にし、思わず話を止める。
「全治3ヶ月の怪我って……。何時したんですか。教都にいる時そんな怪我なんてしたことありませんでしたよね」
アルツはまずいことを話したとばかりに、目を泳がせた。
「い、いやあ。龍を殺した時に、手首をちょっと……ポキッとね。やあ、さすがにオレも無傷じゃすまなかったなあ。腐っても伝説の神獣だね」
全然楽勝みたいな口ぶりだったのに。アルツのこういう所は信用ならない。わたしはじとっとした目でアルツを見ると、誤魔化すように話を戻した。
「まあ、それまでは『もしかして』ぐらいだったんだけど、シアがダリア殿に『蘇生の術』を掛けた時に元の姿に戻ったのを見て、ほぼ確信を持てたんだ」
「それで、ですか?」
どうしてそれで確信をもてるか分からずに首を傾げると、アルツは苦笑しながら説明してくれた。
「コズミがオレに『ロリコン』って暴言吐いてただろ。その時、違和感があったんだ。あの時シアはまやかしの魔具を付けていたから男の子の姿だった。『ロリコン』って、女の子が好きな奴のことだからね。その時は、コズミが子どもに不埒な真似をするなって言いたいだけかなと深くは考えなかったけど、『蘇生の術』でシアが女の子だって知ってたからその言葉を使ったんだと分かった」
確かにその時わたしは『ロリコン』の意味が分からずに聞き流していたが、この旅でポルテさんに意味を教えてもらい、当時コズミさんが何を言いたかったのかやっと理解できた。
「それでサージュ様に最初の王女が『蘇生の術』を騎士に掛けて、騎士が何年経っても外見が変わらないって話を聞いてはっきり確信出来たんだ。オレもあの時『蘇生の術』を施されたから、それ以降外見が変わらないんだって。
子どもの頃からずっと実年齢より上に見られてた。26歳だったコズミにも同い年ぐらいと思われてて、コトの後で『17歳! 騙された!!』って詰られてたオレが、今実年齢にあった外見なのは、不老不死になっていたからだと分かったんだ」
では、サージュ様に『蘇生の術』の力を聞いた時、アルツは自分も不老不死にされていることを知ったのか?
「――だから、あの時アルツは様子がおかしかったのですか?」
あの時やけに不安定な態度だった。自分に降りかかった不運に不安を覚えていたのか。
そう思うと、あの時素直にアルツを受け止められなかったことがとても悔やまれた。わたしのせいで、こんなことになってしまったのに。
「う~ん。やっぱりオレも動揺しちゃってね。あの時はありがとう。シアがいてくれたから、落ち着けたんだ」
「そんな! わたしは何もアルツの助けになるとこはなにも出来なかった」
「いいや。シアはいるだけで、オレは心が安らぐことが出来るんだ。何時だって」
わたしは何度も首を振る。違う、違うんだ。何時だってわたしはアルツに酷いことをしている。わたしの動揺を感じたのか、アルツは慰めるようにわたしの背中をぽんぽんと叩いた。
「――シアは、どうしてオレに『蘇生の術』を掛けたことを黙っていたの?」
アルツの質問に息が止まる。しかし、黙っていることなんて出来ずに、己の卑怯な保身を告白した。
「アルツに、嫌われるのが恐くて……」
アルツの人生を台無しにしてしまったことが知れたら、アルツに厭われてしまうのではと本当のことを話すことが出来なかった。
「それは、サージュ様の話を聞いた後だろ。その前だよ。コズミに毒を盛られたことをなんで言わなかったの?」
「それは……」
自分の好きな人が自分を殺すために毒を盛ったことアルツが知ったら、傷ついてしまわないかと思ったのだ。
アルツはコズミさんの殺意に気がついていたのだから今更なのかもしれないが、実際に手を下されたのと、行動に移る前とでは、受ける傷は全然違うと思ったのだ。
「オレに気を遣ってくれたんだよね」
優しく微笑むアルツに、首を振る。そんなたいそうなものではない。ただ、これ以上アルツがあの事で傷つくのはわたしが嫌だったのだ。
「じゃあ、もう一つ質問。サージュ様の話を聞いた後、ペタルで巫女の術は使わないと言ってくれたのは何故?」
アルツは、どうして聞いて欲しくないわたしの本音ばかり探ろうとするのだ。わたしの醜いところなど知って欲しくないのに。わたしは自暴自棄になって、思っていたことをすべて吐露した。
「――アルツを少しでも長くわたしに縛り付けたかった。長く生きるのなら、アルツの心が別の人に変わってしまうは仕方ないから。それなら少しでも長く生きて、貴方をわたしに縛ってしまいたかったんです」
わたしが吐くような気持ちで打ち明けると、アルツはどこか陶然とした面持ちで囁く。
「縛って――オレの身動きが取れなくなるぐらい、がんじがらめに縛り付けて。それは、オレの望みだよ。永遠にオレを君に縛り付けて欲しい」
「それは……」
アルツの言葉にわたしは戸惑う。永遠に縛ることなんて不可能だ。人の心は変わる。コズミさんがアルツに心が移したように、アルツの心がわたしに移ったように。
アルツはふっと笑ってわたしを見る。信じていると言いながら、アルツの心が永遠にわたしにあるとは信じていない自分を見透かされたようで、どきりとした。
「人の気持ちは確かに変わってしまう。それはオレも分かっているよ」
アルツの言葉にわたしは自分が思うよりずっと衝撃を受けた。どうしたんだ、わたしはアルツに嘘でも「永遠に心は変わらない」と言って欲しかったのか?
「オレは人の愛情は限りがあるものだと思ってる。愛情を返さない相手にずっと愛情を与え続けることなんて不可能だって知っている。一方通行の永遠の愛なんてあり得ない」
真実なのに、アルツの言葉にぎりぎりと心が痛んだ。
「愛情は与えた相手にも返してもらえて、はじめてずっと続くものだと思うんだ。想いを与え合わなければ、愛情は絶対に続かない。
どんなに好き合った相手だって片方の心が離れれば、もう片方の人間が相手を想い続けることなんて不可能だ」
「――相手が死んでしまっても、ですね」
しんとした悲しさがわたしの中に広がる。分かってる、分かっていたが、そのことをアルツにはっきりと言われるととても辛い。
「そうだね。相手からもらった想いを使い果たしてなくなってしまったら。
でもね、相手からたくさんたくさん想いをもらえたら、それをよすがに想い続けることも出来ると思うんだ」
「たくさん? ですか」
わたしは首を傾げる。
「うん。父さんはずっと死んだ奥さんを想い続けていた、何十年も。生きていたらきっと今も想い続けていた。父さんを見ていて思ったんだ。本当に想い合った相手なら、たくさん自分を想ってくれた相手なら、相手が死んでしまってもずっと想えるんじゃないかって」
「それが千年の時でも、ですか?」
わたしがつぶやくと、アルツは苦笑する。
「どんなに長い時間なのか検討もつかないから、正直よくわからない。でもオレは自分が死んで常世に行った時、シアに待っていて欲しいから、生きている間ずっとシアを想って生きたい。だからシアにお願いがあるんだ」
ちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべるアルツに、わたしは困惑する。
「お願い、ですか」
「うん。『お願い』だよ。シアはオレに悪いことをしたと思ってるんだろう。ならば、オレのお願いをききなさい!」
少しおどけた素振りで、アルツはわたしの鼻の頭を指さした。
「何を――、何をすればいいんですか?」
わたしに出来ることならなんでもしたい。アルツの願いならばいくらでもききたいのだ。
「ひとつ! いっぱいオレの子どもを産んで下さい」
「――――えっ? 子ども、ですか?」
予想外の『お願い』にわたしは真抜けた声が出た。アルツは胸を張り、大きく頷く。
「うん! いっぱいシアとオレの子どもがいれば、少しはオレも寂しくないだろ。子どもがいっぱい出来れば、孫もいっぱい出来て、孫が出来ればひ孫もさらにいっぱい出来て、長生きしても子ども達のためにたくさんやれることがあれば、オレも寂しさを紛らわせられると思うんだ。
だから、オレと一緒にいっぱい子どもを作ろうね」
微妙に最初と最後の『お願い』内容が違う気がしたが、わたしは勢いに押されるように頷いた。
「は、はい。わたしもアルツの子どもがたくさん欲しいです」
「そうか! それは良かった。子作り頑張ろうね!」
「が、頑張ります」
何かアルツとわたしの間で齟齬があるような気がするが、アルツがキラキラと嬉しそうに話すので、もう一度頷いた。
どうしてアルツはそんなに嬉しそうなのだろう。子どもが好きなのか? ならば、確かにわたしは頑張らなければならない。しかし、どう頑張れば良いのだろう。後でナスカ様に聞いてみようか。ポルテさんやクロトさんには聞きづらいから。
ひとり決意して頷いていると、アルツは二つ目の『お願い』を話してくれた。
「――そして、ふたつめ。なるべく長く生きて、長くオレを君に縛り付けて、オレが溺れるほどたくさん君の想いを下さい。千年の時が経っても尽きないほどたくさんの想いをオレに下さい。
オレはそれを抱きしめて生きていくから。ずっと君を想って生きていきたいから。だから、お願い、オレをたくさん愛して」
アルツは言葉がつまるわたしの頬に手をやり微笑む。
「シアが長く生きたいと思ってくれたのは、寂しがり屋のオレを少しでもひとりにしたくないのもあるんだよね。オレに謝るより、オレのためになることを考えてくれたんだよね。ありがとう。どれだけ生きるのかも、どんなことになるかも全く分からないけど、今はシアとなるたけ長く一緒に生きたい。それがオレの望みだ。
オレの望み、叶えてくれますか?」
わたしの目から涙が溢れ、アルツがよく見えない。わななく唇からは嗚咽がもれる。それでもわたしはアルツを見つめ、はっきりと誓い、そしてわたしも望む。
「貴方の望みはわたくしの望み、貴方の喜びはわたくしの喜び。
いっぱい貴方を愛します。いっぱい貴方を想います。だから、わたしの想いが尽きるまでわたしを愛し続けて。そして、最後にはわたしを想って。――待っていますから」
ずっと愛し続けて欲しいなんて望まない。でも常世で待っているから、貴方とまた会いたいから、ずっと一緒にいたいから、命が尽きる最後には、わたしを想って欲しい。
「オレも誓うよ。ずっと、ずっと一緒にいよう」
そういって、アルツはわたしにキスをした。




