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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
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10-2

 それから1週間、オレたちはフィーリアの客人として城内でのんびり過ごさせてもらった。まあ、優雅に貴族的な過ごし方なんて、オレもシアも性に合わないので、フィーリアに頼んで社交的な場に顔を出すのは許してもらい、主に城内の図書室と与えられた客室の往復だ。インバシオンの城の図書室は変わった本も多く、オレもシアもそれなりに有意義に過ごした。


 サージュ様のセレッソも、ナスカがいる教都へも普通に行けば1週間は掛かる。レーヴァンならそんなに時間は掛からないだろうが、迎えの人間があまり早く来てはおかしく思われるだろうから、まだのんびりここで足止めだと思っていたのだ。

 だから客室にクロトとポルテが入って来た時、思わず不審そうな顔をしてしまった。


「なによ! アルツ。せっかく来てあげたのにその態度。感じ悪い!」


 オレの顔を見た途端噛み付いてきたポルテに、シアは嬉しそうに駆け寄る。


「ポルテさん! 来て下さったんですね。嬉しい! しばらく会えないと思っていました」

「シア、とんだとばっちりだったわね。話はサージュ様から伺ってるわ。ほらアルツ、シアを見習いなさいよ。こんなに可愛い!」

「うるさい。オレのシアが可愛いのは認めるが、お前達来るのが早すぎるぞ。往復2週間の場所から、呼ばれて1週間で来るのは不審がられるだろうが」


 ポルテはオレの惚気ぶりに呆れながら反論する。


「そんなの今更よ。使いを出した様子もないのに」

「違う。使いは出している。城から出て行かないだけだ」


 一応手紙を教都に何度も出しているが、城の中で握りつぶされている。誰の指示かは火を見るよりも明らかだ。


「どっちでも一緒よ。とにかくあたしたちは、サージュ様に貴方たちの付き添いをするよう仰せつかったの。今までインバシオンの侍女や召使いがしてきた仕事は、全部あたし達がするわ。どんな手で来るか分からないからね。

 正式な迎えは教都からナスカ大神官が手配をしてくれているから、あと2,3日ぐらいで到着すると思うわ」

「わかった。ありがとう、助かるよ」


 オレが礼を言うと、ポルテもクロトも嬉しそうに笑った。


「これぐらい楽勝よ」

「そうだよ。いくらでも使って」


 黙って聞いていたシアは眉間にしわを寄せ、二人に謝った。


「すみません。サージュ様の元で勉強をされていたのに呼び出してしまって」


 すると、ポルテがシアの頭を軽くはたいた。


「何言ってるのよ。こういう時に役立てるのが、あたし達の本望なんだから!」

「そうだよ、シアさん。こうして来られてぼく達は嬉しいんだよ。だから謝れないで」

「この場合は謝るんじゃなくて、お礼を言いなさいよ」


 ポルテとクロトに口々に反論され、シアは困った顔をしながら礼を言う。


「――はい。ありがとうございます。またお二人に会えてとても嬉しいです」

「「合格!」」


 双子の兄妹は親指を立ててシアを褒めた。三人が仲良くしているのを見るのは、なんだか嬉しい。




 その時突然扉が開いて、一人の女性が飛び込んできた。年の頃は二十歳前後、緩くウェーブした茶色の髪をサイドだけリボンでまとめ上げ、質の高そうなドレスを身につけている。その様子からも資産家の令嬢であることが見て取れた。

 その女性は入った途端、驚いたことに手を組んで詠唱を始める。そして扉に結界を張ると、力を使い果たしたふうに扉にもたれ掛かり息を整えていた。


「あの……どちら様で? 部屋を間違えていませんか?」


 突然のことに一同唖然としていたが、とりあえずオレが代表として声を掛けてみる。すると、女性は琥珀色の瞳をきっと睨み付け口を開く。


「間違いじゃないわ。私は貴方に会いに来たのよ、アルツ。私が分からないの?」


 女性の目にはいつの間にか涙がいっぱいに溢れていて、オレは焦りながら記憶を総ざらえする。ああ、三人から冷たい視線が突き刺さっております。

う~ん、誰だっけ? ええと、二十歳ぐらいで、茶色の癖毛で、目の色が琥珀…………。


「あぁ! もしかして、モーネか! 結界なんてよく張れたなあ」


 思い出したよ! 同じ孤児院出身で一番下だったモーネだ。そうか、サシャスがインバシオンに連れて行ったと言ってたっけ。しかし、ずいぶん変わってるから全く分からなかったよ。髪や服が違うだけじゃなく、雰囲気も上流階級らしくなって、どこから見ても立派な淑女だ。我が妹ながら、なかなかの美人さんに成長していてすごく嬉しい。


「サシャスから護身用に魔術を一通り教えてもらってるの。アルツ、気づくのが遅い」


 モーネはむくれたように返事をする。


「別れた時5歳だぞ、外見だけで分かれと言う方が無茶だ」


 モーネの甘えたれはさっさと切り捨てるに限る。孤児院でも一番下だったし、目の前で両親を殺されたトラウマを引きずっているモーネにみんな甘く、思い切り我が儘に育ってしまった。まあ、一番甘やかしちゃったのはオレなんだけどさ。


「シア、以前よく話していた同じ孤児院出身の妹、モーネだ。覚えているだろう」


 オレの言葉にシアは得心がいったのか頷いてくれたが、モーネは眉間にしわを寄せて不満を言う。


「妹なんかじゃないわ! 同じ孤児院ってだけじゃない」

「そ、そうだけど……」


 モーネの強い否定にオレは少なからず傷つく。妹だと思い可愛がってきたつもりだが、独りよがりだったのか。

 へこむオレに、シアは心配そうな声を掛ける。


「アルツ、違いますよ」

「そうよ。相変わらずアルツは変な所で鈍いわね」


 ポルテもシアの言葉に賛同して、オレに呆れた視線を送る。――鈍い? どういうことだ。




 首を傾げるオレに、ポルテが更に説明をしようと口を開き掛けた時、扉が砕け散るような音を立てながら開いた。誰かがモーネの結界を破ったらしい。


「モーネ嬢、不法侵入よ。アルデミーラ家のご令嬢がなさることかしら」


 扉を蹴破る勢いで入ってきたフィーリアは、モーネを睨め付けた。その後ろからフィーリアの腹心、黄金の魔術師 セリウスも入って来る。結界は彼が破ったようだ。


「アルツの許可を得れば宜しいんでしょう。何も悪いことはしておりませんわ」


 しらっとした態度で言い返すモーネに、フィーリアは怒り心頭な様子でまくし立てる。


「ここはわたくしが管理する城の区域。許可が必要なのはわたくしで、彼ではなくてよ。わたくしに、貴女の入室許可を与えるつもりはありません。一刻も早く出てお行きなさい。自分で出て行けないと仰るなら、近衛兵の手を貸してさしあげるわ」


 怒りの気配を全面に押し出しているフィーリアに、分が悪いと思ったのかモーネは「ふん」と顔を背けた。


「一人で帰れますわ。手伝いは結構」


 そして、恨みがましそうな上目遣いでオレを見る。


「アルツ、言いたいことがたくさんあるんだから、次は邪魔者なしで会ってね。約束よ」

「そんな約束は出来かねるわ」


 オレが答える前に、フィーリアが切り捨てモーネの前にはだかる。モーネは苦々しい顔をしたが、そのまま首をすくめて出て行った。


「やっと出て行きやがったか、あのクソ女!」


 扉が閉じられセリウスが結界を張ると、フィーリアはかぶっていた猫を脱ぎ捨て罵った。ポルテとクロトが後ろでこっそり「お、王女様への憧れが……、夢が……」と涙ぐんでいる。うん、気持ちは分かるよ。


「フィーリア、モーネがオレの妹分だと知ってるんだろう。別に、追い返さなくても……」

「甘い! あのクソ女が今までインバシオンで何してきたのか知ったら、そんなこと言い出せないわよ」

「……モーネが何をしたんだよ」


 2年間とはいえ、モーネを育てた義理の兄としては気になる。


「あのクソ女、アルツをウィルニゲスオーク家の後継にしようとあの手この手と画策してるのよ」

「そんなの不可能だろ。モーネは何のためにそんなむちゃくちゃなことしたがるんだ?」


 オレの家名はウィルニゲスオークだが、父さんはインバシオンを出る時にウィルニゲスオークに関わるすべての権利を放棄している。だからその養子であるオレも、勿論ウィルニゲスオークを継ぐことなど絶対に出来ないのだ。


「アルツをインバシオンに縛り付けたいからに決まってるじゃない!」

「だから、なんでそんなことをモーネが望むんだ?」

「何、コイツ! こんなに鈍かったの!?」


 業を煮やしたフィーリアが他の三人に文句を言うと、シアとクロトは苦笑して、ポルテは力なく頷いた。するとフィーリアも呆れた顔をするので、オレは居心地の悪い気持ちになる。なんだ? オレだけ分かっていないのか?


「アルツ。モーネさんはアルツのことが好きだから、一緒にいたくてそんなことをされたんだと思いますよ」


 シアが助け船を出してくれたが、まだ納得が出来ない。


「オレもモーネが好きだけど、だからといってそんな無茶をするか?」

「いえ、だから……」


 シアの言葉を遮って、フィーリアが怒鳴りつけた。


「ああーー!! もう、あのクソ女は恋しいアルツを自分の近くに呼び寄せるため、サシャス少将が後見人なのを良いことに、やりたい放題我が儘放題やってるってこと。

 今回だって、アルツがここに滞在していることを聞きつけて、会わせろって煩いったらありゃしない。ちょっと可愛いからって男は全部自分の思い通りになるって勘違いしてんのよ、あのクソ女は!」

「我が儘に育った責任の一端はオレにあるから、謝る。迷惑掛けてすまなかった」

「問題はそこじゃない!」

「そうよ! 同じくアルツに育てられたシアは、こんなに素直で良い子になってるじゃない!」

「いや、シアはオレに会った時にすでに素直なよい子で、その上可愛かった」

「「惚気るな!」」


 ポルテとフィーリアに突っ込みを入れられてしまった。

 ――んん? モーネはオレが恋しかった。会いたかったということか? まあ、懐かれてたからな。

 オレの考えていることが分かったのか、シアは再び苦笑しながら言葉を掛けた。


「アルツ、違いますよ。モーネさんはアルツのことを異性として、恋愛の対象として好きなのですよ」

「え……。ええぇぇ?」


 オレはシアの言葉に愕然とする。モーネがオレのことを好き? そんな馬鹿な。別れた時、あいつは5歳だぞ。


「アルツ、幼くとも真剣に恋をしますよ。女性は特に感情面において早成ですから」


 再度オレの気持ちを読んだシアが説明してくれる。シア、読心術が仕えるの? それともオレへの愛の力?


「とにかく! 過去はどうだか知らないけど、今のあの女は本当にたちが悪いから。アルツも気を許さないでね。分かった!」


 そう言い捨てて、フィーリアは去って行った。黙ってフィーリアの後ろに控えていたセリウスは、オレに小さく頭を下げるとフィーリアの後を追う。ああ、お前のこと忘れていたよ。相変わらず影の薄い男だなあ。



「シア! 気にすることないわよ。アルツ全然眼中にないから」

「そうだよ、シアさん。シアさんの方が全然綺麗だ」

「ありがとうございます。大丈夫です。行く街行く街、アルツのことが好きな人に会ってばかりで……。少し慣れてきました」


 シア、なに遠い目をしてるの? ポルテとクロトはともかく、他の街でそんな人いたっけ? って、クロトさりげなくシアを口説くな!



 気の許した人間に囲まれ緊張がほぐれたオレは、この後とんでもない事態に巻き込まれる事になるとは知るよしもなかった。




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