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アーリリア教は癒しの巫女がその象徴なので、その教義には医療が大きく関わっている。
そのため大きな都市には医療院が、村などでも医療所と呼ばれる規模は小さくなるが医療施設が大抵教会と併設される。
それらは信者だけでなく広く門戸が開かれ、治療費等も実費以上は寄付と言う形でしか受け取っていない。
その上、実費を支払うことが困難な貧困層には教会からの施しということで、支払いを強制されることもない。
お金のあるものからの寄付で、無いものへ施されるというわけだが、各教会で医療費の不足がでる場合は集金力のある教都の神殿から支払われる。
国を跨いだ一種の社会制度といっても良いだろう。トリベウスは教都から馬車で一日という距離のため、ある程度の病気や怪我ならみな技術の進んだ教都へ行き治療する。そのため都市の規模にしては医療院は小さい。人員も少なく設備もお世辞にも整っているとは言えないだろう。しかし、
「こ、ここが医療院なんですか……?」
シアが疑ってしまうのも無理はない。オレだって最初に見たときは、廃止直前の医療施設に迷い込んだのかと、思わず入り口を確認してしまった。
医療院全体がなんだかくすんで見える。建物の古いせいだけでなく、所々埃が溜まっており衛生的とはとても言えない。入院患者も部屋に収容しきれず廊下に簡易の寝台を置いて使用している状態だ。
そんな環境のためか、患者は一様に表情が暗いのだが、それに対応する医療従事者の顔色の悪さと言ったらお前たちこそ病人じゃないか? と診断したくなるぐらいだ。
実際オレがただ働きをしていた1週間の間だけでも、何人もの医療従事者たちが倒れたり、心を病んだりして医療院を去っていった。
「教都の医療院が厚遇されているというのは聞いています。しかし、こんなに違うものなのですか?」
シアは、自分が知っている医療院とのあまりの違いに戸惑った顔をする。
「確かに、辺境の小さな村や町の医療所と教都の医療院は比べるべくもないよ。戦時中の野戦病院なんかは、これよりもっと酷い」
オレはシアに少し待つように言って受付の女性に監視官の身分を明かし、少し見学させてもらう旨伝えた。
う~ん、受付の人にただ働き期間何度もナンパされたんだが、オレとは気づかなかったようだ。変装の出来を喜んで良いんだか、自分の印象の薄さを悲しんで良いんだか。まあ、それこそどうでも良いので、そのまま奥へ進み、救急室へ案内する。
「トリベウスは教都に近いから、救急でない症状で、交通費を支払える人間は教都の医療院に行って治療をしてもらう。
だからここの医療院は医療費が支払えない人たちばかりが来るようになって、結果ここは赤字経営で人員も設備も貧相になる」
修羅場の様相を呈している救急室の現場に、唖然としながらシアはそれでも疑問を投げかけてきた。
「でも、そういった場合神殿から援助金が出ると聞いています。それに、トリベウスは教都へ病気を治してもらいに行く患者さんがたくさん宿泊されているはずです。そういった方たちが急の症状で病院に行かれることもあると思うんですが」
良く勉強していると内心感心しながら、シアを更に奥の休憩所へ案内し、座らせた。オレは立ったまま説明を続ける。
「その通り。教都に遠路治療に行くような裕福な患者さんは、勿論こんな医療院では満足しない。ちょっと診てもらうだけでもね。
だから、トリベウスの商業組合はそういった患者さんたちの為に、私的に治療院を作った。綺麗で設備が整い、最高の医術師の揃った治療院をね。
そちらが出来てからはトリベウスの富裕層は救急の場合も、医療院ではなく治療院に行くようになった。こっちはますますお金のない人たちしか来ない。悪循環だね」
別に医療施設は教会が設置する医療院だけではない。国や別組織が設立する治療院があり、そこでメダルを持つ医術師や薬術師が働いても構わない。
というか、別に医術師や薬術師のメダルが無い者の医療行為が禁じられているわけではない。実際メダルを持たない医師、薬師と呼ばれる人達が医療行為を行っているところもある。ただ、医術師や薬術師のメダルがないと診せるのを嫌がる患者は多い。
それだけ教会が発行するメダルを持つ医術師・薬術師、ひいては教会に権威があるのだが、このトリベウスでは教会と教会に属する医療院の評価は決して高いとはいえない。教都のお膝元ともいえるトリベウスでのこの現状に、神殿のお偉方はいたくご立腹らしい。
「だから、神殿から補助金はかなりの額がトリベウス教会に入ってきている。ここの医療院の収入がなくてもやっていけるぐらいの。
それでもここは良くならない。ダリヤのじいさんも言ってただろ、そんなだからこの教会はきな臭い噂がまことしやかに囁かれるんだ」
そこまで言うと、オレは少し前から柱のかげで聞き耳を立てているデブに向き直り、聞こえやすいように声を大きくした。
「誰かが援助金、ちょろまかしてるんじゃないかってね」
そのデブは驚いたようにビクリと身震いをした。
おいおい、まさか本気で隠れてたつもりじゃねぇだろうな。その細い柱にお前の脂肪が収まるわけないじゃないか。
「その肉付きの良いお体で立ちっ放しはお辛いでしょう。どうぞこちらに腰掛けられてはいかがですか、ダイロン神官長」
名前まで呼ばれて観念したのか、ようやくデブ改めトリベウス教会の長、ダイロン神官長が柱のかげから出てきた。
「監視官が来たと聞いたから、ガレルド監視院長がもう来られたと足を運んでやったのに、いたのは下っ端とはな。無駄足だったわ。しかも、根も葉もない噂話をさも真実であるかのように説明する監視官など。監視官の質も落ちたものだ」
「ガレルド監視院長は本日監査に入られるんですか。思ったより裏付け捜査に時間が掛かりましたね。
確かに私は下っ端ですが、こちらの調査を行った人間なので、根も葉もなくはないですよ」
オレがわざとらしく朗らかに笑ってやると、ダイロン神官長は肉に埋もれた目を更に細くして睨んできた。
肉食い過ぎだ、肉。魚と野菜もっと喰え! ピンはねした金、全部肉に化けてねぇか?
「お前のような監視官は見たことがないぞ。いい加減な事は言わん方が身のためだ」
監視対象にバレバレな監視官ってどうよ。
こんな肉饅頭みたいなじじいだが、実は魔術師として結構優秀だ。メダルも黄金を持っていて、魔力だけなら白金レベルといっても良い。
まあ、だから白金になれないのをやっかんで、魔術院を辞めて神官になったらしいから、その性根は知れてるけどな。
しかし、それだけ優秀な魔術師を出し抜くのは難しいらしく、こんなに怪しいのに監視院は決定的な証拠を掴めず手をこまねいていた。しかし……、
「私はここで1週間働いていたんですが……。ダイロン神官長とも何度もお話しています」
本当にどんだけ印象薄いんだよオレ。髪の色変えて、眼鏡を掛けてるだけよ?
オレが髪の色を元に戻し眼鏡を外すと、ダイロン神官長はドロドロと思われる血液を顔に集めて赤黒くなった。酒じゃない水分をたくさんとれよ!
「貴様、ザット医術師の友人だとかいう白金の医術師か! 白金だと言うから信用してやったというのにまんまと騙しおって!」
いやいや、白金の医術師が1週間もタダ働きしてくれることをおかしいと思おうよ。
ダイロン神官長は更にオレを罵ろうと口を開けたが、言葉は続かない。
口を空けたまま不思議そうな、そして不安げな表情で固まってしまったのだ。それは10秒もなかっただろう。しかし、その異常な状況にオレはダイロン神官長のもとへ駆け寄った。
「どうされましたか? 言葉が出ないのですか?」
オレがダイロン神官長の肩に触れようとしたとき、止まっていたダイロン神官長の時は動き出し、オレの手を払いのけて叫んだ。
「うるさい! なんでもないわ!! 補助金について言いたいことがあるなら、ガレルド監視院長を通せ! お前如きの下っ端に話すことは何もない。即刻ここから出て行け!」
そういい残すとダイロン神官長は足早に去っていった。今まで言いつけどおり大人しく話を聞いていたシアが、オレを不安げに見上げる。
「アルツ、あれは……」
「う~ん、さてどうしたもんかね」
ガレルドのおっさんの査察に首を突っ込む気はなかったんだが、そういう訳にもいかないみたいだ。




