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「パラヴィーナへの侵攻が決定され、すぐレーフェル様を保護するべくラントに行ったのだが、どう説得しても帰国を承諾して頂けなかった。殴って気絶させ連れ帰るつもりなのを、レーフェル様に気づかれ自殺を図られたんだ。すんでの所で止めることが出来たが、……あの方は本気だった。ここから……ラントから離れたら、自分は必ず自殺すると脅された。
俺は……、ただ帰ることしか出来なかった」
暗澹とした表情で話すサシャスは、いつもの無駄にきらきらしい様子はなく、絞り出す声も苦しそうだ。しかし、オレはそれに気を配ることも出来ず、ただ呆然と話を聞くだけだった。
「全く役立たずめ。連れ帰ればどうとでもなるものを。死んでしまっては元も子もないではないか」
国王の酷薄な言葉に、サシャスはきっと睨み付ける。
「殺したのはお前ではないか! レーフェル様はラントの軍を使い、フィーリア王女の率いるインバシオンの軍相手に善戦していた。籠城戦に持ち込めば、大軍のインバシオンには不利な戦いだ。そのための備えをレーフェル様はもう何年も掛かって準備していたのだ。レーフェル様は決して死ぬために残られたのではない。インバシオンに勝つつもりでラントに残られたのだ。それを……。
間諜を使い、レーフェル様が『インバシオンの死神』であったことをラント内部に広めたのはお前ではないか!」
激高するサシャスに対し、国王はあくまで淡々とした態度で応じる。
「そのカードを使えば内部崩壊することを、あれとて分かっていただろう。何年も前から準備をしていたのなら、自分の素性を前もって話し理解を求めるべきだったのを怠ったあれの敗因だ。わしがそのカードを最後には切ることを分かって放置しておったのだ。覚悟の上の自殺だよ。十年以上己の身を削って尽くしてきた村人たちに殺されたのだ、本望だろう。
フィーリアの初陣を黒星にするわけにはいかん。フィーリアはわしの後継だ。あれがインバシオンに戻らず、他国のものになることも認められん。他国にあって、あれほど厄介なものはないからな。
わしとてあれが死んだことを、惜しいとも残念だとも思っておるのだよ」
「父さんを『あれ』なんて呼ぶな! 父さんはお前の『物』じゃない!」
気がついたらオレは叫んでいた。頭がぐらぐらする。口が渇いてのどの奥がひりひりする。心臓がどくどくと脈打つ音が耳元で聞こえる。
「『あれ』はわしの戦の頭脳だった。もうなくなってしまったが、『あれ』はわしの『もの』だった」
「ふざけるな! 父さんは父さんのものだ。お前になにが分かる! 父さんがインバシオンで人を殺し続けたことをどれだけ悔やんで、苦しんでいたのかお前は知っているのか? 父さんが、オレに同じ思いをさせたくないとどれだけ考えてくれていたか!」
「お前は、あれが戦争に耽溺していたことをしらない。人を殺すことを悔やむほど、倫理観のある男ではないよ。苦しむとしたら、戦争に溺れる自分の醜悪さを、だろう。
しかし、お前をインバシオンにやりたくなかったのは、その通りだろう。そのために自ら死んだようなものだからな」
「――どういうことだ」
「お前を、あれを縛る弱みにするつもりであった。そして同時にあれを、お前を縛る弱みにと。
わしがあれを良く分かるように、あれもわしの考えることが分かるのだろうな。お前をインバシオンに捕らえられないよう、自ら命を絶ちおった。
『思うままに生きて欲しい』か。最初から、お前をインバシオンから逃れさせるために教都にやり、属国になるパラヴィーナから籍を抜くためにお前を養子にしたのだな。
最後にあれの戦歴に土がついたと思ったが、この結末があれにとっての勝利だったのなら、あれは死ぬまで戦に負けることがなかったということか」
感情の起伏もなく落ち着いて語る国王に対し、オレは何も言うことが出来ない。胸が締め付けられ、苦しくて呼吸が止まる。
今まで幾人もの人間を殺した。しかし、一度も殺したいと思ったことはない。殺すべきだと判断したから手を下してきただけだ。
でも父さん。オレ、今この男を殺したくてたまらないよ。だから――――――殺しても良いかな?
目の前の男を睨み付け、『力』を込めようとした時、そっと誰かがオレの手を握る。それと同時に目の前に誰かが立ちはだかった。
「落ち着いて下さい、アルツ。インバシオン国王は、貴方をわざと怒らせようとしています。挑発に乗らないで下さい」
手を握った誰かがそっと耳元で囁く。その落ち着いた声に、一気に頭が冷えるのを感じる。
「――シア」
オレが目を向けると、シアは綻ぶように優しく目元を緩めた。
「アルツ。あのクソジジイには、術が掛かっている。お前でも殺すことは出来ない」
顔を上げると、目の前に立つサシャスが顔を少しこちらに向けしゃべった。――しゃべったが、口を閉じたまま動いていない。腹話術かよ! お前はどんだけ器用なんだ。
「どんな攻撃も跳ね返すインバシオンの秘術が掛かっている。オレも一度斬りかかって、死にそうになった。俺も詳しくは分からないが、大陸に伝わる太古の呪術らしい。
どんなに殺したくても、手を出すな。その事実をたてにお前を絡め取る気だ。頭に血を上らせて簡単に相手の思惑に乗るんじゃない」
自分んとこの国王に一度は斬りかかってるのかよ。そんなつっこみが出来るほどには冷静になれた。そうだ、冷静になれ。シアの目の前で人を殺すつもりか? アルツ。
自分で自分に問いかける。勿論否、だ。そんなシアに軽蔑されそうなこと、絶対するもんか。オレはお腹にぐっと力を込めた。
そんなオレの様子を見て、大丈夫だと思ったのかシアは手を離してサシャスの前に進み出る。
「インバシオンの国王。アルツは大切な父親を亡くして自失の状態ですので、言動に失礼があったことをお許し下さい。
しかし、インバシオンの国王たる者が死者に鞭打つ言動をされることも、感心いたしません。これ以上の暴言は控えるべきだとご忠告いたします」
背筋をぴんと張り、力強い言葉で国王に対峙するシアは、アーリリア教の頂に相応しい威厳と気迫があった。
そんなシアを、国王は初めて気がついたようにしげしげと見る。
「そなたが噂の人物か。なるほど、確かに傾国の美しさだ。アーリリア教も囲いたくはずだ」
シアを貶める言葉を吐くな! そう反論したかったが、いつの間にかオレの後ろにいたゲリエに膝カックンをされ出来なかった。おっまえ~、この事態で何をさらす!
「何のために、シアちゃんがあんなオッカナイおっさんに立ち向かってると思うの。冷静になれって言われただろ」
ぐうの音も出ない言葉に反論出来ないが、その「シアちゃん」は何だ! そんな呼び方お前に許した覚えはない。
そんなやり取りをしていると、シアが急に首を押さえてうずくまった。そしてそのまま床に崩れるように倒れる。
「シア!!」
オレは急いで駆け寄り状態を診るが、意識がなく顔も真っ青だ。
「――恐らく脳貧血だ。サシャス、この宿に部屋を取ってるんだろう。貸してくれ」
「分かった、好きに使え。――後はこっちに任せて早く行け」
最後の言葉はまた腹話術でオレにだけ聞こえる小声で言い、サシャスは部屋の鍵を渡す。
他のことなんてどうでも良い。とにかくシアがなにより大事なんだ。オレはシアを抱えると、国王に対しおざなりに頭を下げその場を後にした。




