9-5
「アルツ、次はどこに連れて行ってもらえるんですか?」
シアが輝かんばかりの笑顔でオレを見上げた。
ああ、癒やされる。ここしばらくの殺伐としたやり取りから受けたストレスが、今の笑顔だけで消えて無くなるよ!
あれから半月以上、上を下への大騒ぎだった。それもそうだろう、インバシオン帝国の国王を狙った刺客が、白金の剣術師を含めた帝国の兵士を大量虐殺した事件だ。場所が教都の一等地だったこともあって、内々の訪問だった国王の滞在が大きく知られるようになった。
オレがそれに大きく関わっていることもばれてしまい、望むと望まざるにかかわらず事件の当事者として事後処理に追われた。
そのため、結局シアとのデートは、約束した日から一ヶ月以上たった今日、ようやく果たされることになったのだ。
まずは、街の大きな書店に連れて行き、小説や画集などを贈って喜んでもらった。
「次は、教都で一番の上宿の喫茶室に連れてってあげるよ。そこのプリンが絶品なんだ」
「すごく楽しみです! アルツは本当に何でも知っていますね」
――昔付き合っていた彼女にせがまれて、行ったことがあるから知っていたのは内緒にしとこう。
オレがシアを連れて立派で瀟洒な上宿の門をくぐり、建物の中に入ると会いたくない奴に出会った。
「アルツじゃん。こんな似合わないところで何してんの?」
ゲリエが呑気そうな声を掛けてくる。
「――お前に言われたくない」
オレが「邪魔だあ~、さっさとどっかへ行け~」と念を飛ばしながら答えると、ゲリエは傍らにいるシアに気がついた。気がつくんじゃ無い!
「こんにちは。アルツがこんなところにいるならお姉様とデートかと思ったら、こんな綺麗な男の子とデートだったんだね。初めまして、おれ、アルツの友達でゲリエ=ヘルディエルだよ。よろしくね」
「はい、初めまして。わたしはシアルフィーラと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶は大事だと常日頃言っているので、きちんと挨拶をするシアの邪魔をしないよう黙っていたが、正直こんな奴とよろしくして欲しくない。
オレは二人の間に入り込むと、しっしとゲリエに追い払う仕草をする。
「もう良いだろ。とっとと行け。お前なんかとしゃべったら、シアが穢れる」
「失敬だな~。いいよ、おれもこれから彼女とデートだもん。さっさと退場するよ。ってか、聞きたいことがあるから呼び止めたんだ。ちょっと教えてもらっても良いか?」
「なんだ。とっとと言え」
シアとの貴重な時間を邪魔されたくないオレは、ゲリエを急かす。
「ホント失敬だな~。あのさ、アルツはインバシオンの国王の担当医だったんだろ」
「――そうだが」
ここまで広まったことを今更とぼけても無意味なので、正直に答える。
「だったら、この上宿に魔術剣の確立者、白金の剣術師 サシャス=アノルマーレ少佐が泊まってるって本当か?」
「――――はあ?」
あり得ない話に思わず変な声がもれる。
「さっきそこで会った知り合いが、この宿で見たって言ってたんだよ。あの事件で、国王護衛の白金が殺されたんだろ。だったら、代わりにサシャス少佐が護衛の為にやってきてもおかしくない。お前だったら知ってるんじゃないか? それぐらい教えてくれても問題は無いよな。オレがサシャス少佐のファンなの知ってるだろ」
ああ、知ってるよ。だから、お前がサシャスをべた褒めする度、本人を知ってるオレがどれだけ居たたまれなかったか。
「そんな話聞いたこと無いね、ガセネタだ。だいたいあのサシャス=アノルマーレが戦争の最前線ならまだしも、教都で国王の警護なんてするがわけない」
「――その通り。例え最前線でも、あのクソジジイの護衛なんて願い下げだね」
オレの言葉に張りのある美声が答える。オレはまさかと思い声のする方を見やると、噂の人、サシャス=アノルマーレが入り口の扉を押しながら入って来る姿が見えた。
「サシャス!! 何故こんなところにいるんだ!」
「えっ? アルツ知り合いなの?」
ゲリエが聞いてきたが、そんなのは無視だ。サシャスはすました顔で肩をすくめる。そんな仕草も様になっており、40歳になっているはずなのに相変わらずの男振りで、オレはこっそりほぞを噛む。なんでコイツはこうむやみやたらと色男なんだ、ちくしょう。
「お前に会いに来たに決まっているだろうが、それ以外俺が教都に来る理由は無い。
こいつは、一応俺の弟子なんだよ。剣術の」
外面の良いサシャスはゲリエの質問についでに答えた。ゲリエは「えぇ~、マジで~」と叫んでいる。こいつなんてほっといてくれ。そんなことより……
「父さんに何かあったのか? あんたが父さんに頼まれる以外で、オレに会いに来るなんてことするはずが無い」
「その通りだ。俺はレーフェル様に頼まれて、お前に会いに来た」
「何を頼まれ……」
嫌な予感がして、サシャスを問い詰めるべく口を開いたオレだが、それは周囲のざわめきに遮られ、すべてを言うことは出来なかった。
ざわめきは宿の奥から聞こえ、人垣が声と共に移動して来る。その人垣の合間にインバシオン帝国国王 バシレウス=クロヌ=インバシオンの姿を見つけた時、オレはこの事態を呪う言葉を心の中で吐いた。
「サシャス、自国の王への挨拶をまずするべきではないのか?」
国王は手を振り護衛の人垣を止めると、こちらに歩み寄ってくる。――来るんじゃねえ。
すると、サシャスがオレたちの周りに結界を張った。結界外に声どころか、姿さえ見えない種類の結界だ。シアをあまり人目につかせたくないので有り難いが、嫌な予感が更に高まる。これから話される内容は内密と言うことか?
ゲリエに目をやると、「ガッテン承知!」と親指を立ててウインクされた。……どうでも良いことには口が軽いが、本当に内密にすべきことはわきまえることが出来る男だと信頼しているが、一抹の不安を覚えてしまう。
「五月蠅い。俺は休暇中なんだ。休暇中の行動まで、あんたにどうこう言われる謂われは無い」
――結界を張った理由はこの罵詈雑言のためなのか? サシャス、自分の国の国王にそんな態度取ってるのかよ。忠誠を誓っているのは父さんにだけだと言っていたのは知っているけど、こんな態度が許されるサシャスって一体……。
「その休暇を有効に使えなかったようだな、サシャス。正直お前には失望したよ。お前なら首に縄を掛けてもあれを連れ戻してくると思って、自由に動かせてやったのに」
「わざわざ教都に滞在して、パラヴィーナへの侵略は無いかのように見せかけるなんてまどろっこしい真似をしておいて、盗人猛々しい!」
サシャスは、いきり立って国王を睨み付ける。オレはサシャスの言葉に息を詰めた。パラヴィーナへの侵略? そう遠くないと覚悟はしていた。しかし、他国に侵略する際は必ず前線で指揮を取る国王が教都に滞在中は無いと、オレは考えてしまっていた。そうして周囲を騙すことが、教都滞在の第一の目的だったのか? そして、パラヴィーナへが侵略され、サシャスがオレに会いに来たと言うことは……。
「――――サシャス。父さんは……、みんなは……」
オレが呆然とサシャスを見てつぶやくと、サシャスは痛みを堪えるかのようにこちらを見て、静かに答えた。
「レーフェル様からお前に遺言を預かっている。『君の思うままに生きて欲しい。君の幸せを祈っている』――――――以上だ」
誰か、嘘だと言ってくれ。




