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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第九章 4年前 教都
69/99

9-2

 温室の入り口からそっとのぞくと、シアはたくさんのクッションに囲まれ本を手に座っていた。

 その様子は初めて出会った時のことを思い出させ、オレは懐かしさを覚えた。それと同時に、あの頃と違うシアの姿に心を奪われる。


 本に向けられている薄紫の瞳は、物語にあわせて驚いたり、喜んだり、悲しんだりとくるくると表情を変え、腰まで伸びた白金の髪は彼女の周りをキラキラと輝かせている。人とは思えぬ端麗な顔立ち、透き通るような白皙の肌、持つ色の中で一番鮮やかな赤い唇は変わらないのに、幼さがなくなり大人の女性へ変わりつつある様は、花の蕾が綻び咲く直前のような得も言われぬ色香を漂わせていて、オレは息を詰めて見とれた。


 何時からだろう、こうして彼女が気づくまでのひととき、こっそりと彼女を見つめるようになったのは。

 気がついたらオレは、シアを保護するべき稚い子どもでは無く、一人の大切な女性として見ていた。もしかしたら出会ってすぐ惹かれていたのかもしれない。ずっと、彼女は子どもだと自分に言い聞かせていた気がする。なぜならこの思いは、決してシアに届いてはいけないものだから。


 だからオレはこうして彼女がオレに気づくまでの一時、彼女を見つめるようになったのかもしれない。この時だけは、彼女への思いを隠さなくてもいいのだ。




「アルツ! いらしてたんですね。声を掛けて下さいよ。びっくりするじゃないですか」


 ふと本から目を上げたシアがオレに気づき、オレはすぐさま何時もの保護者ぶった顔を作った。


「ごめんね。本に夢中みたいだったから、声掛けるの遅くなっちゃった。何読んでるの?」

「アルツにこの間もらった本ですよ。主人公の女の子がとっても格好いいんです」

「ああ、最近若い女の子のなかで人気がある小説だね。オレは読んでないんだけど、面白いなら良かったよ」


 医術院の患者の女の子達が夢中になって読んでいたので、シアもたまには普通の小説もどうだろうかと思い、贈ったのだ。少女が主人公なのは簡単なあらすじを見て知っていたが、「女の子が格好いいのか?」と内心首をかしげる。


「本は専門書しか読んでいませんでしたが、こういう小説も楽しいですね。よく分からないところもありますが、読んでいてドキドキします。特に主人公が、狼に襲われる男性を助けるところなんて、手に汗握ってしまいました」

「そ、そう。シアが楽しんでくれてるなら、他の本もまた持ってくるよ」


 「女の子が、男を狼から救うのか? 逆じゃね?」と首を捻りながらも、今日会いに来た用件を伝えることにした。


「――シア、来月の帰郷が少し延びることになった」

「本当ですか!!」


 ぱあっと輝かくばかりの笑顔を見せるシアに、オレは内心見とれながら、なんでもないような顔で微笑む。


「医術院で仕事を頼まれてね。少なくとも2ヶ月ぐらいは延びそうだ。仕事自体は半月も拘束されないから、ちょくちょく顔を出させてもらうね」

「はい!」


 頬を赤らめ本当に嬉しそうな顔でオレを見つめるシアから、オレに対する純粋な好意を感じ、オレは複雑な気持ちになる。


 シアはオレのことが好きだ。まるで生まれたばかりの雛が、初めて見た相手を親だと認識し懐くように、シアを癒やしの巫女としてではなく、初めて一人の人間として接したオレに無垢な好意を寄せてくれる。


 出会った時、シアが初めて会う男性は守護騎士になる人間だと言っていた意味がよく分かる。こんな閉じた世界でたった一人の異性に出会ったら、よほどひどい相手でなければ好意を抱くだろう。今更ながら神殿の周到なやり方に腹が立つ。


 いや、正直に言えばすでに決まっているであろう守護騎士候補、つまりシアの婚約者に対し、オレは身を焼くほど嫉妬しているのだ。


 今オレが受けているシアの好意は、本来なら別の男が受けるはずのものだ。そして遠くない未来に、シアはその男のものになる。それがどんなに許せなくても、オレにはどうにもできない。オレはシアの守護騎士にはなれないのだから。


 だから、どんなにオレがシアに心を奪われても、シアがオレを慕ってくれたとしても、この思いは通わせてはいけないんだ。そんなことをして一番傷つくのはシアなんだ。シアのことを本当に大切に思っているのなら、オレはこの気持ちを隠し通さなければいけない。


 帰郷の日程が延びてシアとの別れが遅くなり、嬉しい反面オレ心はひどく軋んだ。



「――アルツ。もし時間が取れたらで良いんですが、わたしを街に連れて行ってもらえませんか?」


 シアは頬を赤らめたまま、おずおずと切り出す。


「どこか行きたいところがあるの?」


 シアが行きたがるところと言えば図書館しか無かったので、今までほとんど市街地に連れて行ったことは無かった。


「いえ、ただアルツと街を歩いてみたいんです。短い時間でいいので」


 そう言って小さく笑うシアに、オレは胸が痛くなる。

 シアはオレに対する気持ちを隠さない。そもそもシアにそんな器用なことは出来ないだろう。でも、故郷に帰って治療所を開くのを目標にしているオレの迷惑にならないよう、オレの帰郷を嫌がるそぶりは見せたことが無い。シアは、オレとの別れをちゃんと覚悟出来ている。

 シアは、とても心が強い子だ。心の弱いオレはその強さに惹かれてやまない。


「そうか。じゃあ、美味しいケーキのお店や今読んでいるような本がある書店なんか、色々まわろう。シアとデートなんてすごく楽しみだな」


 オレの言葉に、シアは嬉しそうに、でも少し哀しげに笑った。そんなシアの気持ちなんて気づかないふりをして、オレはにっこり笑う。シアと別れることなんて少しも覚悟が出来ていないくせに。




 ――父さん、大切だと思える人に会えたよ、オレを信じてくれて、大切に思ってくれる人に。

 父さんの言った通り、この人と一緒にいると自分のこと、許せるような気がする。自分は生きていても良いような気がするんだ。

 でも、どうしたらいい? もう、一緒にいられない。やっと出会えたその人と別れなきゃいけないんだ。オレはどうすれば良いんだろう、全然わからないよ。




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