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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第七章 17年前 国境の村 ラント
54/99

7-2

「いやあ、ごめんね。僕、君たちぐらいの年齢の子らと話すのに慣れてなくって。今まで大人ばかり相手していたから、どうも言葉が堅苦しくなっちゃうんだよね」


 食堂で夕食を食べる子どもたちに囲まれ、レーフェルが干し肉をもぐもぐ噛みながら話すと、ステッラ――二人いた少女のうちの一人が首を傾げる。


『ステッラ 6歳 濃褐色の瞳 おかっぱの黒髪ストレート 生意気』


「神官様なら、子どもの相手はよくするんじゃないの?」


 教会で1週間に一度行われる祭儀は子ども連れも多いので、神官は自然と子どもに接する機会が増える。


「僕は最近転職した人間だから、まだ神官歴は短いんだよ」

「てんしょく?」


 『フライパン撲殺作戦』発案者兼実行者の少年ヘレムが首をかしげ、レーフェルの言葉を復唱する。


『ヘレム 男 6歳 濃褐色の瞳 黒髪短髪 乱暴者』


「失礼。仕事を変えたって意味だよ」

「前の仕事はなにしてたの?」


 ヘレムの背に隠れていた少年――ゲーは興味しんしんにレーフェルの顔を覗き込む。


『ゲー 男 5歳 茶髪 濃褐色の瞳 ヘレムの子分 気が小さい』


「――前は軍人だったんだ」


 レーフェルがそう告白すると、子ども達はどっと沸いた。今まで一言も口を利かずにレーフェルを警戒したように伺っていたもう一人の少女――ユソンが口を開く。


「私のパパも軍人だったの」


『ユソン 女 5歳 淡褐色の瞳 腰まである茶髪のストレート ステッラと仲が良い 内気』


「ってか、ここの村の父親はみんな軍人だよな! こんな辺境の村、軍人ぐらいしかする仕事はないよ」


 ユソンの言葉を受けてヘレムが笑いながらみんなに同意を求めると、ステッラもゲーも大きくうなずいた。


「おれも成人したら、軍に入るんだ! そんで、とうさんの仇をとってやるんだ!」


 ヘレムがこぶしを掲げ宣言するが、いつものことなのかステッラもユソンも「はいはい、がんばって」と聞き流し、ゲーに至ってはレーフェルが食べている干し肉をつついている。


「神官さまは軍人だったから、こんな固いお肉をいつも食べてるの?」


 ゲーは好奇心で目をキラキラさせながらレーフェルに問う。


「いや、確かに食べ慣れてはいるけど、普段は普通の食事をしているよ」


 レーフェルの話を聞くと、ヘレムとステッラが心配そうな顔をする。


「神官さま、だったら無理にそんな硬い肉食べずに、おれたちと一緒のご飯食べなよ」

「そうよ、そんなのばっかり食べてたら身体に悪いわよ」


 ユソンはすくりと立ち上がり、食器棚から深い皿を持ってくると、自分の皿のスープを半分入れてレーフェルの前に置いた。


「神官さま、少ないけど食べて」

「そうだよ神官さま、野菜も食べなきゃいけないんだぞ。おれのも食べろよ」

「そうよ、そうよ。大人の男の人なんだからいっぱい食べなきゃ! あんまり食べないから神官さまひょろいんじゃない? ほんとに軍人だったの? あたしのお父さんもっとたくましかったわよ」


 ユソンが恥ずかしそうな声でレーフェルにスープを勧めると、ヘレムとステッラもレーフェルの前の皿に自分のスープを分けると口々に言い立てる。


「僕は軍人でも裏方だったから、あんまり身体は鍛えてなかったんだ。スープはとっても嬉しいけど、君たちの分を貰うのは悪いよ。今日は有難くいただくけど、明日からはちゃんと自分で食べてね、育ち盛りなんだから」


 レーフェルが嬉しそうだが、申し分けなさそうな顔でそう言うと、今まで黙って食べていたアルツが口を開く。


「神官様、保存食はそれ以外どんなのがあるの?」

「えっ、ああ、干し肉の他は干し魚や乾燥したパン、木の実、乾燥した野菜・果物・キノコ類ぐらいかな」

「――それオレに全部くれないか? かわりに神父さんの分も食事を用意するよ」

「えっ、でも」

「保存食をそのままバクバク食べるより、スープに入れるなり料理に使うなりした方が旨いだろ。それにその干し肉はモノが良さそうだ。こいつらの食事もバリエーションが増えるし、お互いにメリットが多い提案だと思うけど」


 「あたし、乾燥した果物と木の実が入ったケーキ食べたーい。アルツ明日作って~」とステッラが言い出すと、子ども達は「さんせーい。明日のおやつはケーキ♪ ケーキ♪」とはしゃぎだしたので、レーフェルはただ「わ、分かったよ」と頷くことしか出来なかった。


「あ、明日他の荷物と一緒に届くことになってるから、君に渡すよ」

「了解。じゃあ、明日の朝から神父様の分のご飯を用意しとくよ。時間は日が昇った半時後だから、いらない時は前日までにオレに一言言って」

「ありがとう。よろしくお願いするよ」


 アルツはレーフェルの言葉に無表情のまま頷くと、軽く手を合わせた。そして食器を流し場に置き、「お先」と一言残して食堂から立ち去っていく。その様子を見て、先ほどアルツに抱き上げられていた女の子――モーネは急いで残りのスープを片付け、その後を追っていった。


『モーネ 女 3歳 琥珀色の瞳 茶髪の癖毛 2ヶ月前に院に入って来た アルツにべったり』


「モーネ、アルツ以外しゃべんないの」


 ステッラがため息をつきながら、モーネが机に残した食器を流し場に片付けた。レーフェルは彼らが去った扉を見やり、問いかける。


「君たちにも?」

「うん。しゃべらないどころか、空気みたいに無視するんだ」


 ゲーは面白く無さそうに唇をとがらす。


「親が突然死んだんだ、しょうがないよ。おれたちだって最初はそうだったじゃないか。それにモーネはこの村の人間じゃない。なじむのに余計時間がかかるさ」


 ヘレムは年に似合わず大人びたことを言って、むくれるゲーをたしなめた。


「この村の人間じゃないって、彼女はどこから来たんだい?」


 初耳の話にレーフェルは思わず聞き返す。


「ええ、2ヶ月ぐらい前に家族と旅の途中で夜盗に襲われて、モーネだけが隠れていたから助かったの。どこから来たのかは、大人は誰も教えてくれなかったわ。

 隠れていたモーネを見つけたのがたまたま通りかかったアルツで、それからモーネはアルツのそばを離れなくなったんだ。――怖い目にあったモーネには悪いけど、私すこしだけ羨ましいかな。あんなふうにアルツにべったり出来て……」


 羨ましげな表情を滲ませながら、ユソンは頬に手をやり小首をかしげる。


「子どもの特権だよねー」


 ゲーが相槌をうつと、ヘレムに「お前も子どもだろうが!」と小突かれた。


「――ところで、このスープに兎の肉らしきものが入ってるんだけど、こんなの配給に入ってないよね」


 少ししんみりしてしまった空気を変えたくて、レーフェルは先ほどからの疑問を持ち出す。

兎の肉は高級品だから、神殿からの配給が基本の孤児院で食べるスープに普通は入っていない。


「ああ、アルツが森で狩ってきてくれるんだ。すごいんだぜアルツ! 1時間で3、4匹狩る時もあるんだよ」


 ヘレムが興奮したように教えてくれたが、レーフェルの眉間にシワがよっているのを見てユソンが心配そうに質問する。


「神官さま。何か悪いことでもあるの?」


 ユソンの顔を見て、レーフェルは強ばった表情を緩ませた。


「ああ、ごめん。恐い顔をしてたね。――いや、森って国境の森だよね。あそこは隣国の偵察兵がよく現れるそうだから、大人も入らないよう通達されているんだ」


 レーフェルの言葉をヘレムはふんふんと軽く頷き肯定する。


「うん、おれらもアルツに絶対入るなって言われてる。アルツは大丈夫なんだって、コツがあるらしいよ」

「コツ……ねえ」


 レーフェルが難しい顔をしていると、ステッラが気遣わしげな表情で言い募った。


「神官さま、アルツを叱らないで。教会からの配給だとどうしても量が少なくって、アルツがあたしたちのために危険を承知で森へ行ってくれてるの。アルツ、自分じゃほとんど食べないのに」


 レーフェルは悲壮な表情をするステッラの頭を優しく撫でて、笑いかける。


「勿論叱らないよ。でも森には入らないよう注意しなくちゃね。動物性たんぱく質は僕がなんとか獲得出来るよう努めるよ。

 ところで、僕のことを『神官さま』って呼ぶの変えてもらえないかな? なんだか落ち着かないんだけど」


 レーフェルのお願いに、子ども達はまた目をぱちくりさせた。


「前の神官さまも、前の前の神官さまもそう呼ばないと怒るからそう呼んでいたんだけど、じゃあなんて呼べば良い?」


 ヘレムがみんなを代表してレーフェル聞く。レーフェルはその質問に腕を組んでうんうん悩んだ。


「僕は変な敬称が付かなければそれで良いんだけど。君たち何か希望はないかい?」


 すると、ユソンがはにかみながらレーフェルに提案した。


「何でも良いのなら、私は神官さまのこと『パパ』って呼んでもいい?」


 ユソンの恥じらいがうつったのか、レーフェルも照れながら返す。


「勿論。娘が出来たみたいで嬉しいよ」


 二人のやり取りを横で聞いていた子どもたちは、おれもあたしもと騒ぎ出し、結局自分の父親を呼んでいた呼び方でレーフェルを呼ぶことになった。





 食事を終えアルツの所在を確認すると、寝室でいるだろうと教えられた。食後はよくそこで本を読んでいるらしい。食事の用意は年長であるアルツの仕事で、片付けは5、6歳組の四人が協力してやっているから、この時間がアルツは一番ゆっくり出来るそうだ。


 寝室に向かいながら、レーフェルはため息をつく。

 引継ぎ書、全然間違っているじゃないか――ステッラはおしゃまなところがあるが、面倒見が良く生意気ではない。ヘレムのフライパンは驚いたし、多少手が早い所があるが、しっかりしているし、あれぐらいの年頃の男の子なら際だって乱暴者というほどではないだろう。ユソンは内気と書かれていたが、それは最初だけでずいぶん積極的だし、ゲーに至っては好奇心旺盛で、気が小さいと思える所はない。


 だいたい、子どもを説明するのに乱暴者だ、生意気だと一言だけで説明すること自体無理な話なのだ。役に立ったとしたら、せいぜい年や瞳と髪の色ぐらいなもので、レーフェルは前任者の神官を心の中で罵る。


「ああ、でもモーネは確かにアルツにべったりだったなあ」


 ぼんやりとモーネの行動から息子が1歳前後の頃、妻にべったりだったことを思い返す。後追いだから仕方がないと言いながら、「トイレは一人で入らせて!」と困っていた妻を思い出し、レーフェルはふふ、と笑った。

 モーネはもう3歳だから、後追いなんてものはとっくに卒業しているだろう。家族を盗賊に襲われたことが尾を引いているのかもしれない。

 その件が引継書に一言もなかったことを、レーフェルは苦々しく思い出す。

 子どもたちの食事まで横取りしていた件も含め、監視院に告発してやる――レーフェルはそう心に決め、寝室のドアをノックする。


「はい、どうぞ」


 部屋の中からアルツの了承する声が聞こえたので、レーフェルは扉を開けながらアルツに関する引継書の内容を思い出していた。


『アルツ 男 8歳 淡褐色の瞳 茶髪 無口・無表情・無感動

 4歳の時父親が戦死 その直後、母親は自殺

 母親から虐待を受けていた噂あり

 大人を見下す態度をし、反抗的』


 彼だけやけに長く詳しいが、きっとこれもあてにはならないだろう――レーフェルは心のなかで再びため息をつくと、二段に積んだ寝台の上から顔をのぞかせているアルツに笑いかけた。




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