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レーフェルがその扉の前に立ったとき、すでに日は傾き気温が下がり始めていた。土を乾かしただけのレンガで出来た教会とは名ばかりの建物は所々が崩れおり、冬の初めとはいえ隙間風が入って部屋の中は寒いだろう。
レーフェルが頼りなげな木の扉を壊さないよう気をつけて叩くと、少し間をおいて幼い少年の声が扉の向こうから聞こえてきた。
「だれ?」
稚い声にレーフェルの顔は緩み、自然やさしい声が出る。
「新しい神官のレーフェルという者だよ。連絡は行っているよね。扉を開けてくれないかい?」
すると、扉の向こうで数人の子どもがこそこそ相談する声が聞こえ、先ほどの少年がレーフェルにこんなことを言ってきた。
「しょうめいするもの、ある?」
内心噴きだしながらも、レーフェルは努めて真面目な声でそれに答える。
「教会本部から渡された委任状で良いかな?」
「いにんじょう??」
可愛らしい声に、レーフェルの口は思わず綻ぶ。
「ここの教会で働きなさい、って命令する紙だよ」
「……うん、それで良いよ。扉の下のすき間から入れて」
レーフェルが言われたとおりに差し入れると、中から「アルツ~、いにんじょうだって~」と言いながらドタドタ走る音が聞こえる。レーフェルは漏れそうになる笑い声を必死で抑えながら身をよじっていると、同じ少年の「入って良いよ」と言う声と共に、扉の鍵が外される音が聞こえた。
大人から見れば微笑ましく思えるこの入室審査も、何時他国の軍や賊が来るか分からないこの地で暮らす彼らにとっては、命が掛かった真剣な審査なのだろう。
ここラントは、切り立つ山脈に囲まれたパラヴィーナ国が、唯一他国へ通じる街道にある国境の村で、インバシオンからの侵略に対抗するための要として、辺境の村ながら強固な要塞の役目を果たしている。
そこに住む者は子どもとはいえ、心構えからして違うのだろう。レーフェルはため息をかみ殺しながら扉を開ける。
途端、頭上から何かが落ちてくる気配を感じた。お約束だなあと和みつつ、ここは大人しく引っかかて置くべきか? と悩む間もなくレーフェルは持っていた荷物でそれを防いでいた。
荷物にぶつかった『それ』は、レーフェルの身を傷つけることなく、大きな音を立てながら地面に落ちる。ずれた眼鏡を直しながらレーフェルが目をやると、そこにはレーフェルの顔より大きな真っ黒い調理器具が転がっていた。
「ふ、フライパン!!」
ずっしりと重そうなフライパンを見て、レーフェルはそれが頭を直撃していた場合のことを思い、ゾッとする。打ち所が悪ければ命を落とす可能性もあるそれは、イタズラで使うには危険すぎた。レーフェルは努めて厳しい顔をしながら、目の前で顔を伏せる子どもたちに問い質す。
「……これはどういうことだい? 説明して欲しいのだけれども」
レーフェルの鋭い詰問に、先ほど対応していたと思われる5、6歳ぐらいの少年は真っ青な顔で震えだし、彼より少し幼い少年はその背に隠れた。そして、部屋の片隅で同じく5、6歳ぐらいの少女二人も震えながらお互いに抱きついている。
レーフェルが更に叱りつけようと声を吸い込んだ時、隣の部屋へ続く扉が開いて、10歳前後と見られる少年が、3歳ほどの小さな女の子を抱えながら入ってきた。
「オレがこいつらに指示して、実行させた」
少年はそう告白すると、悪びれる様子もなくレーフェルの方へ歩いてくる。途中、抱えている女の子を二人の少女に預けようとしたが、女の子がむずがるように少年の首にしがみついたので、ため息を付いてそのまま抱え、レーフェルの前に立つ。
「君がフライパンを仕掛けようと言ったのかい?」
レーフェルが少年の顔を難しい表情のまま確認すると、扉で対応していた少年が声をあげて否定する。
「ちがう!! アルツが言ったんじゃない、おれが全部考えてやったんだ! アルツは止めたほうが良いって言ったんだけど、どうしてもおれ……」
レーフェルは、なみだ目で訴える少年の前に行くとしゃがみ、少年と視線を合わせた。
「どうして、こんなことをやったんだい?」
今度はなるたけ優しい声で話しかける。すると少年の目から大粒の涙がぽろぽろこぼれ出した。
「ま、前の神官さまはお、大飯食らいで……、おれたちの分も全部食べちゃって……、あんな奴がまた来るぐらいなら……、おとななんて要らないって思って……」
レーフェルは、前任者のよく肥えた体格を苦々しく思い出しながら、目の前で嗚咽を堪えてしゃべる少年を優しく抱きしめる。
「そうか、食べ盛り育ち盛りの君たちの分まで食べるのか。確かにそんな保護者はいらないね。全くその通りだ」
レーフェルの態度に驚いたのか、少年は目をしばたたかせて泣き止んだ。レーフェルはそんな少年の肩を抱き、笑いかける。
「君たちの意見は理解した。そこで君たちに僕から提案があるのだけれども、聞いてくれるかな?」
「ていあん?」
少年は舌足らずな口調で、レーフェルの言葉を復唱する。
「そう。どちらかと言うとお願い、かな。君たちが僕の着任に反対する最大の要因は食料問題だよね」
「……そうだよ」
少年が首をかしげたまま答えないと、アルツと呼ばれた少年が変わりにレーフェルに答えた。
「実は僕は半年分、自分の食料を保存食で用意して来たんだ。そして、これから半年を掛けて家畜を飼い、野菜を育てて少なくとも自分の分の食料を確保することを約束しよう。だから、ここで君たちと一緒に生活させてもらっても構わないだろうか?」
レーフェルは自分の言いたい事をすべて言うと、その場にいる少年少女全員の顔を順番に見ていった。彼らは戸惑ったような表情をして、全員アルツと呼ばれる少年の顔を見る。全員の視線を受けたアルツはため息をひとつつき答えた。
「オレは構わない」
アルツが一言それだけ言うと、残りの少年少女は口々に承諾の声をあげる。レーフェルはニッコリ笑い礼を言う。
「そうか、それはありがとう。僕の名前はレーフェル。これからよろしく」
そういうと、全員に握手を求めていった。アルツに抱かれた三歳の少女には拒まれたが、その他全員はきょとんとしながら手を差し出す。最後にレーフェルがアルツにも手を差し出すと、アルツは無表情のままレーフェルの手を握り返した。
にこやかに挨拶をしたレーフェルだが、全員と握手をすると一転難しそうな顔に変わり、苦言を呈した。
「君たちの意見はもっともだと思うが、フライパンは止したほうが良いと思う。相手を殺すには確実性に乏しいし、何よりフライパンが痛む」
「……問題はそこなの?」
アルツは少し呆れたようにつっこんだが、レーフェルは首を横に振り、更に言葉を続ける。
「いいや、一番の問題はもちろん神官を殺そうとしたことだ。ここで、僕を殺せたとしても次に替わりの神官が来るだけで、何の問題の解決にもならない。それどころか、君たちは神官殺しの罪で監視官に拘束されてしまうだろう。神官を殺傷する罪は、普通の人を手に掛けるよりずっと重い罪状が科せられる。
僕は君たちが罪人になんてなって欲しくないんだ。お願いだからこんなこと二度としないと約束して欲しい……」
レーフェルが悲しそうな顔をしながら頭を下げると、アルツと三歳の少女を除いた彼らは「神官様! ごめんなさい」と口々に謝った。レーフェルはそんな彼らをやさしげな笑いを見せる。
「わかってくれて、ありがとう。相互理解が出来たようで、僕も嬉しいよ」
レーフェルの言葉に、アルツ以外の全員が再びきょとんとした顔をした。アルツは再度ため息をついて、レーフェルに提案する。
「神官様、『相互理解』をするために、小さな子どもでも理解できる言葉をしゃべってもらえないかな?」
今度はレーフェルがきょとんとした顔をして、アルツを見返した。




