6-13
一晩寝て色々スッキリしたオレは、とっても快調だ。みんな揃っての朝食もたっぷり頂いた。昨日はたくさん見苦しいところを見せてしまったので、少々恥ずかしいが自業自得だからしょうがない。普通の態度を心掛けるが、サージュ様の笑いを含んだ視線が居た堪れなく、これがまた色っぽいので更に身の置き所に窮する。
朝食を終え、食後のお茶も飲みきったところで、オレはサージュ様に向き直り、改めて御礼拶を述べた。
「この度は多くの心遣い、本当にありがとうございました。何度お礼を申し上げてもとても足りません。オレが出来ることで、何かサージュ様のお役に立てることはありませんか?」
と言いながら、ナスカやレーヴァンどころか神様(詐称)までついているサージュ様に、オレが出来ることは本当にあるんだろうかと不安になってくる。サージュ様はオレの顔をじっと見つめ、決心したように話し出した。
「それでは、お言葉に甘えて一つお願いをするわ。――貴方の信頼の置ける薬剤師を、この村に派遣して欲しいの」
「それは昨日お約束しましたからご安心ください。きちんとした人間を責任もって寄越します」
「いいえ、短期間の話ではないの。わたくしもアルトサージュとして教都に戻ることにしました。だから、わたくしの代わりにこちらで長期間働いてくれる方を見つけてくださらないかしら」
オレだけでなく、その場にいたすべての人間が一瞬息をつめた。
「オレにとっては嬉しいお話ですが、――よろしいのですか?」
オレの問いに、サージュ様は少し青褪めた顔で笑って答える。
「……18歳のとき辛いことがあって、ナスカと父に助けられたの。そのまま父が神殿から連れ出して、この土地で20歳になるまで一緒に暮らしてくれたわ。あれから20年以上たってもう平気なのに、ここの居心地が良くて負うべき責任から逃げ続けてしまった。――もうそろそろ帰らなければね」
「サージュ様……」
サージュ様はオレの顔を見てニッコリ微笑んだ。
「アルツ、決心出来たのは貴方のおかげよ。昨日色々話をさせてもらえて、わたくしにもまだ出来ることがあるのだから帰ろうと、自然に思えるようになったの」
「――サージュ様がおそばに来ていただけると、とても心強いです。教都でお帰りをお待ちしています」
オレはサージュ様に笑い返し、お互いの決心を心に秘め見つめ合った。
「えへん! えへん!」
途端、ポルテがわざとらしい咳をして場の雰囲気を壊す。何をしたいんだ、コイツ? ――!! し、シア様から恐ろしいまでの冷気が漂ってまいります!
「し、シア? どうかした?」
「いいえ……、べつにどうもしませんよぉ……」
いやいやどう見てもものすごく怒ってらっしゃいますよね、シア様。焦るオレをしり目にサージュ様はクスクス笑い出した。
「レーシア、少しのヤキモチは可愛らしいけれど、あまり過ぎると相手に厭われてしまうわよ」
シアはサージュ様の言葉に、ぐっと喉を詰まらせる。
えっ? シアはヤキモチ焼いてたの? な、なんで?
「アルツ、昨日からサージュ様にデレデレしっぱなしなんだもん」
「え? そう? だってサージュ様シアにそっくりだから、20年後のシアはこんなふうになっているかと思うと楽しみで……」
思わず正直にしゃべると、サージュ様が可笑しそうに肩を揺らして笑う。オレは自分が話した失礼な内容を思い返し、顔が青褪めた。
「し、失礼なことを申しました」
「気にしなくていいのよ、アルツ。レーシア、貴女の旦那様は貴女に夢中だから、そんなヤキモチを焼く必要はなくってよ」
サージュ様の茶目っ気溢れる物言いに、シアは真っ赤な顔で頭を下げる。
「も、申し訳ありませんでした」
二人して頭を下げる俺たちを、サージュ様は優しい顔で見つめた。
「可愛らしい新婚さんね。これから頻繁に貴方達に会えると思うと、教都へ行くのが楽しみだわ」
サージュ様の言葉に、シアも嬉しそうな顔をして頷く。
「はい。わたしもサージュ様がいらっしゃるの、すごく楽しみです」
「ふふ、これから貴女のことを厳しくしつけるから、覚悟しておきなさいね」
「はい!」
微笑みあう二人はやはり眼福だ。これがしょっちゅう見られるようになるのか……。なんて幸せなんだ。オレがうっとり見ていると、シアの少し冷たい視線と合う。いえいえ、後ろ暗いことなんて考えていませんよ。
サージュ様がそんなオレたちを面白そうに眺めながら、この後のことを聞いてきた。
「行きの道とは違う道を行くと聞いたけど、どこを通るの?」
「ええ。少し遠回りになりますが、シアを連れて行きたいところがあるので、インバシオン帝国の首都オラージュを経由しようかと思います」
インバシオンの名を出すと、シアとサージュ様は眉を顰める。そんな表情もそっくりで美しいですね。
「インバシオン帝国は、貴方も因縁浅からぬ国だと聞いているわ。大丈夫なの?」
「う~ん、オラージュは通り過ぎるだけで、特に何かをするつもりも誰に会うつもりも無いので大丈夫だと思いますが……」
そう言われると心配になってくるが、あそこの里にはシアを絶対連れて行きたいし、あそこに行くなら街道の関係上オラージュを通らざるを得ない。今更あの国がオレに何かするとは思えないのだけれども……。
オレがうんうん悩んでいると、サージュ様は助け舟を出してくれた。
「もし、何か問題があるようなら、レーヴァンに言って頂戴。わたくしなり、ナスカなりがなんとかしましょう。あの国もアーリリア教と表立って対立するようなことは避けるでしょうから」
「重ね重ねありがとうございます」
本当にサージュ様には頭が上がらないです。
「気をつけていってらっしゃい。クロトとポルテはしばらくわたくしが預かって、どこに出しても恥ずかしくないよう鍛え上げてみせるわ」
「よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
オレが頭を下げると、クロトとポルテの二人も殊勝な顔でそれに倣った。
「それでは、また教都で会いましょう」
「はい。楽しみにお待ちしています」
サージュ様の美しい微笑みにオレも笑って応える。本当に楽しみだなあ。
――あっ、いえ、シア様? 誤解は解けたのではないのですか? お願いだから、そんなに不機嫌にならないで!




