6-10
サージュ様はポルテたちの様子を見てくると言って部屋を出て行った。出て行く時、気遣わしげな表情でオレに視線をくれたので、オレは黙ってうなずく。シアの憂いをはらすのがオレの仕事だ。
オレは黙ってシアの隣に立つと、その手を引っ張り立ち上がらせた。急に立たされ、シアは目をぱちくりさせている。オレはそんな表情も愛しくて、鼻の頭にキスをした。
「……突然なんですか?」
少しムッとした顔をしているが、その頬は赤らんでいる。やはり可愛らしくて、頬にも左右一つずつキスを落とす。
「だから、なんなんですか!? 急に!」
耳まで赤くなりいきり立つシアに、今度は唇を軽く重ねるとオレはぎゅっと抱きしめた。
「久しぶりのシアを堪能してる」
「えっ!?」
オレは少し身体を離し、シアの顔をじっと見つめる。
白金の髪と同じ色の長いまつげに彩られた紫水晶のような瞳。それは男の身体だった時も同じなのに、どうしてこんなに惹きつけられてしまうんだろうか。オレはふっくらとした頬を両手で包み込み、赤い唇に再び口付けた。
更にシアを堪能しようとした時、シアはオレの胸を強く押し、首を振ってオレから逃げてしまう。残念だ。
「……わ、わたし、もしかして女の身体に戻っていますか?」
「うん。シアの意識がない時に、レーヴァンが戻した。やっぱりあの人外魔境が今回の犯人だったみたいだ。あれっ? 自分じゃ分からない? ――ああ、そうか。耳の装身具がそのままだから、戻ったって分からないんだね」
オレはシアの左の耳たぶを手に取り軽く裏返すと、そこをパクリとくわえた。
「な、何を!!」
耳が更に赤くなったので、可愛いなあと思いながら舌をべぇっと出して、装身具の留め金を見せる。
「ふ、普通に外せばいいじゃないですか!! 何もそんな外し方で……」
オレは口の中の留め金とシアの耳に残る装身具を取ると、腰の鞄にしまう。
「だって、もっとシアを味わいたかったから」
そう言って右耳にも口を寄せようとしたら、シアに顔をぐぐっと押され阻まれた。
「自分でやります!」
「ええ~~。楽しかったのに~~」
「わたしは楽しくないです! あ、アルツ、様子が何か変ですよ!?」
「う~ん、シアの色気に理性が崩壊?」
「わ、訳が分かりません!!」
正直自分で自分が止められない。今までシアに何もせずにいられたのは、シアが男の姿だったからなんだと改めて理解する。今もただ耳に手をやり、装身具をはずしているだけのシアにときめいてしょうがない。
落ち込むシアの気を紛らわすために仕掛けた悪戯のはずが、オレがシアの色香の罠に捕まってしまったみたいだ。
「――この魔具はアルツに効かなくなってしまったんですか?」
シアが首をかしげる。そんなしぐさも可愛い! と心の中で叫びながらオレは頷く。オレ、ちょっとおかしい?
「うん。髪もずっと白金に見えてた」
身体はレーヴァンのせいで男性に見えていたが、髪はこの魔具で変えていたから、オレにはずっと黒髪ではなく白金の髪に見えていた。
「これを作った8年前より魔力が強くなったということですか?」
まやかしの魔具は作った本人にも効く。それが効かなくなったということは、作った当時より魔力が強くなった以外考えられない。
「そういうことになる、かな?」
「魔力が強くなるなんてことあるんですか? わたしは魔術に詳しくないのでよくわからないのですが……」
「さあ、どうなんだろうね。オレは強くなったみたいだけど」
シアは「そうなんですか……」としきりに首をかしげながら無理やり納得したみたいだった。そして、突然思い出したように顔を上げる。
「だからトリベウスで耳の装身具を新しくしようと、言ってくれたのですか?!」
「う~ん。まあ、それもあるけど、ただ単純にシアに誕生日のお祝いを贈りたかっただけなんだけどね」
そうオレが話すと、シアはくすぐったそうに笑う。
「ふふふ。ありがとうございます」
「いや、結局まだあげていないんだけどね」
「気持ちだけで充分嬉しいです」
シアの嬉しそうな笑顔にオレの理性は再び崩壊し、その華奢な体を抱きしめようと手を伸ばす。
が、その時突然扉が開き、ポルテがクロトに付き添われながら部屋に入ってきた。
「ポルテさん!!」
シアを抱きしめようとしたオレの手は虚しく空を切る。シアがポルテに駆け寄りその身体に抱きついたからだ。
シア! 抱きつくならオレに抱きついて!!
「し、シアなの!?」
対してポルテとクロトはシアの女性の姿に戸惑っているようだ。
「よ、良かったです……。もう、もう手遅れかと……」
シアは二人の戸惑いに気が付かない様子で、ポルテの無事を喜んでいる。
「シアが助けてくれたんだってね。命を削る術なんだって聞いた。――ありがとう」
ポルテがシアの顔を見ながら礼を言うと、シアは目を潤ませながら首を振る。
「いいえ、結局わたしは何も出来ませんでした。サージュ様がいなかったら……」
「サージュ様が、先にシアの術がなかったら手遅れだっただろうって。本当に、シアが癒しの巫女なんだね」
「――嘘を付いていて、ごめんなさい」
シアがポルテとクロトに謝ると二人はぶんぶん力強く振った。シンクロしてるぞ、さすが双子。
「そんな話、出来るわけないよ! 気にしないで」
「そうよ。教会関係者でもないあたしたちが聞いていい話じゃないよ!
ってか……」
そう言うと、二人はオレを振り返る。
「「女だったのが、ものすっごく納得」」
「――何が言いたい」
オレの冷たい視線を無視して、二人は怒涛のようにしゃべりだす。
「えぇ~~。だってさ、手が早やそうなアルツがシアに何にもしてないなんて信じられなかったし」
「そうそう。シアさんの胸をアルツ以外に触れらたら、アルツがむせび泣くってどういうこと? って思ってたんだけど、シアさんが実は女性だったのなら理解できるし」
「「なんと言っても、女好きのアルツが男の恋人ってのがありえない!!」」
「あのなあ……」
オレに対するおまえらの評価はどんなだよ。ってか、シアの胸云々の話って、トリベウスでオレがシアにお願いしたやつだよね。何時知ったの? どこで話したのシア? き、気になる……。
「へぇぇ~~。やっぱりアルツは女好きなんですか……」
し、シア様?
「そうよ! だって、言い寄ってくる女は、どんな美人にだって丁寧だけどきっぱりした態度を取るくせに、すれ違うだけの可愛い女の子にはやっらしい目線送ってるもん」
可愛い女の子を目で追っちゃうのは、健全な男子なら当たり前なんです!! シア、浮気なんかじゃないんだよ!!
更に冷たい視線を送ってくるシアに、クロトはフォローを入れてくれた。
「シアさん、それは男として普通だから許してあげてよ。ってか、そういうのを気にしちゃうところがやっぱり女性なんだなあ」
クロトが納得したように言うと、シアは首をかしげる。
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです! もう、シアしか見ないから許してください!」
オレが涙ながらに訴えると、ポルテとクロトがちょっと引く。
「アルツ、ちょっと怖い」
「目がいっちゃってるわよ」
「そ、そうなんですよ! 先ほどから様子がおかしいんです!」
シアが二人に訴えると、二人からうろんな視線が送られてきた。
「アルツ、気持ちは分かるけど……」
「そうよ、こんな所で無理やりは拙いんじゃない?」
「そんな変なことするか!! シア、夫婦だし、ちょっとしたスキンシップぐらい許してください……」
オレが情けない顔をしてシアをじっと見つめると、シアは無表情でしばらくオレを見返していたが、トコトコと小走りでオレの前に戻ってくれた。
「ごめんなさい。以前と違うので戸惑ってしまったみたいです」
「ううん。オレこそ余裕なくてゴメン。――もうちょっと抱きしめて良い?」
「……はい」
シアがうなずくと、ポルテとクロトから「「甘い!! あんまり甘やかすとつけあがるよ」」とのつっこみが入ったが、オレは無視してシアを抱きしめる。オレには今、シアが必要なんだよ。黙ってみてろ!
「……大丈夫ですか?」
「――――うん。ありがと」
オレがきゅっと更に力を込めて抱きしめると、シアはオレの背中を優しくさすってくれる。シアのぬくもりがじんわりオレに伝わってくるのと同時に、オレの中の不安が溶けていくのを感じた。




