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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第六章 湖のある村 セレッソ
47/99

6-8


 これは母から娘に語られる昔話。遠い遠い昔の、ここではない違う大陸のお話しよ。




 あるところに小国があったの。隣の国が気まぐれを起こせば、すぐにも攻め落とされそうな小さな国。でもその国は攻められることなく、何百年も平和な日々だったそうよ。

 他の国に攻められない理由は進んだ医療技術を持っていたからと聞いているわ。各国に優れた医師を多く派遣していた。つまり相手国の命を握っていたってことね。もちろん、他の国は各々の医師らを我が物にしようとしたけれど、医師たちの小国への忠誠心は厚く、どんな金品にも拷問にも屈しなかったそうよ。


 彼らや国民からその厚い忠誠心を一心に集めていたのが小国の王家。彼ら一族の中に傷を瞬く間に癒す不思議な力を持つものがいたの。それは『癒しの術』と呼ばれ、神の如き力だと尊ばれた。力自体は、小さな傷を癒したり、熱を下げたりするぐらいの大したものではなかったけれど、国民に崇敬されたわ。彼らが必ず白金の髪を持っていたことから、その者たちを『白金の徒』と呼んでいたそうよ。


 そう、彼らはわたくしたちの先祖、癒しの巫女とその血縁者は小国の王族の末裔なの。その不思議な力を持つ者たちは、医療国家である小国の象徴であり、神にも等しい存在だった。だから、国民をはじめ医師たちは彼らを尊敬し、その忠誠を捧げていたの。


 ある時、白金の髪をもつ美しい王女が生まれた。その美しさは秀麗な容姿をもつ者が多い王族でも際立っていて、みんな新しい象徴の誕生を喜んだそうよ。でも、王女は成長し、言葉を話すようになっても『癒しの術』を使うことが出来なかった。他の『白金の徒』は立つより早くその力を使えるようになるにもかかわらず……


 王族は、王女を病弱だと偽り幽閉したの。国の支えである『白金の徒』の権威が揺らぐと思ったのでしょうね。数名の使用人のみ付けて、王宮の奥深くで誰にも会わせずに育てられたそうよ。


 でも、そんな幽閉生活の中で王女は恋をした。相手は王宮に勤める騎士。うっかり迷い込んで王女に出会ったそうよ。幼い王女を実の妹のように可愛がってくれた騎士に、王女は幼いながら真剣な恋をした。


 しかし、そんな逢瀬も長くは続かず、騎士の行動が露見して騎士はその場で切り捨てられたの。王女の目の前で。


 その時、王女は生まれて初めて『癒しの術』をあらわし、その騎士の命を助けた。瀕死の騎士を助けたその力は他の『白金の徒』が行うものと違い、瞬く間にすべての傷を完全に癒し、それどころか過去の傷痕さえ消し去ってしまったの。


 ええ、そう。この王女が最初に癒しの巫女の力を具えた女性なのよ。


 王女の力が知れると王族らはこれまでの態度を一変し、王女を王家の象徴として祭り上げたわ。その力は『蘇生の術』と呼ばれ、次々と瀕死の重病人たちの命を救った。王家の権威は更に高められ、国内のみならず大陸中から王女の力を頼りにする人間が集まってきたの。

 そうした中で、最初に命を助けられた騎士の様子がおかしいことが分かった。あれから病気一つしない。それだけならさしておかしいということはないけれど、どんな大怪我をしても一日二日で傷も残さず治ってしまう。そして一番不思議だったのが、何年経ってもその容姿が変わらないこと。


 当時16歳の少年だった彼は、5年経っても10年経っても当時と同じ少年の姿のまま。最初は目立たなかった彼の異変は年が経つほど噂になり、遂にこんなことを言われるようになったの。



 王女は不老不死を与える力をもつのだと。



 大陸中の権力者が色めき立ったわ。昔から、権力者の夢は不老不死。それが手に入るかもしれないのですもの、皆金銀財宝を持って王女の元へはせ参じた。


 でも、その頃には王女は力を使い尽くしていて、どんなに求められても力をあらわすことが出来なかったの。それに、今まで王女が『蘇生の術』を施してきた何百何千の人たちに、その騎士と同じようにすぐに傷が治ったり、年を取らなかったりする者は一人もいなかった。だから皆思ったわ、ただ『蘇生の術』を受けただけで不老不死になるわけじゃない、巫女の愛を受けたものだけが不老不死を与えられるのだと。


 権力者たちが不老不死を請おうとも、王女は力をほとんど失っていたし、その愛は騎士のものだった。

 ――ええ。その頃にはもう王女は騎士と婚姻を結んでいたの。

 騎士の身分は決して高くはなかったけれど、国の象徴たる王女が望めば王家は逆らえなかった。


 そして程なく王女は子どもを産んだわ。白金の髪をもつ、王女に良く似た女の子をね。



 その子がすべての不幸の始まりだった。



 不老不死を諦めかけていた権力者は最後の望みをその赤子に求めた。もしかしたら、王女の力を引き継いでいるかもしれないと。子どもの頃から慈しみ育てれば、その愛を得られ、不老不死を与えられるかもしれないと。


 競ってその赤子を貰い受けたいと王家に願い出たの。でも、王家も国の象徴になるかもしれない赤子を渡すわけにはいけない。もともと王家の人間が他国へ嫁ぐことを禁じていたから、どんな大国でもそれを譲るわけにはいかなかった。


 そんな小国の王家の態度に痺れを切らし、大陸で一番強大な帝国の皇帝が小国に戦を仕掛けてきたの。小国は対抗策として帝国に派遣をしている医師団をすべて引き上げさせたけど、皇帝は戦をやめなかった。皇帝は、国民の命より自身が不老不死になることが重要だと判断したのよ。



 もともと軍事力の乏しい小国は瞬く間に攻められ、帝国の軍隊は王宮まで迫ってきた。国を滅ばされたくなければ、王女の子を渡せと脅してきたの。



 しかし、そんな彼らの目の前で、王女は赤子を抱いて王宮の塔から身を投げ死んでしまった。



 王女は自分の人の身に宿ってはいけない力が諸悪の根源だと、その力を断つために自分と子の命を捨てて、国を滅亡の危機に陥れた責任を取ろうとしたの。


 帝国のその非人道的な行いは諸外国の非難を浴び、帝国は小国に莫大な賠償を払い、皇帝は退陣を余儀なくされた。王女とその赤子の命を代償に、小国は大国へ成長する足がかりを得ることになったの。



 そして、妻と子を奪われた騎士は失意の中、近しい従者たちと別の大陸へと旅立った。


 そう、それがアーリリア教の始まり。


 王女の子は死んでいなかった。王女付きの乳母が自身の赤子に手を掛け、子と身を投げようとした王女に差し出したの。身代わりに、と。


 王女の子は騎士や乳母を含めた従者たちと共に大陸を渡った。乳母の子アルトとして。そして、母の王女と同じ力をあらわすようになり、この大陸の『癒しの巫女』として称えられるようになった。





 そして、不老不死の騎士は人の前から姿を隠し、アーリリア教の『神』になった。





 それが、父よ。







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