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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第六章 湖のある村 セレッソ
45/99

6-6

 屋敷に着き、シアを抱くオレとポルテを抱くクロトはそれぞれ屋敷の使用人に、寝室を案内される。オレはシアを寝台に寝かせると、そのまますぐに別室に連れていかれた。


 連れられた部屋は客間のようで、サージュ様は立ち上がりオレを出迎えてくれる。


「お待たせいたしました」


 オレが扉に一歩入って頭を下げると、サージュ様は向かいの席に座るよう勧めた。


「改めてお礼とお詫びを言わせてちょうだい。アルツ=ウィルニゲスオーク。訳も分からない状態でレーシアをここまで連れてきてくれてありがとう。たった一人の伯母として、お礼をいうわ。そして、ごめんなさい。レ―ヴァンから道中の話は大体伺っているわ。あの子がずいぶん勝手をして貴方を困らせたそうね。そして……」

「――そして、この茶番のことですか?」


 オレがそう繋げると、サージュ様は目を伏せて肯定する。


「その通りよ。アルツ=ウィルニゲスオーク」

「アルツで結構です、サージュ様。理由をお伺いしても?」


 サージュ様はその質問には首を振った。


「ごめんなさい。わたくしは貴方が満足する答えを持っていないわ。わたくしも父から、レーシアとその守護騎士に癒しの巫女の口伝を伝えるよう指示されただけなの。なぜ、レーシアの身体を男性に変えて、貴方たちを騙すようにここに来させた理由は教えられていないわ」


 申し訳なさそうなサージュ様に、オレは質問を重ねた。


「『父』とはダリヤ=マカロイ殿のことではないのですか?」

「いいえ、ダリヤ様ではないわ。父が何者なのかはレーシアが居る時に一緒に説明します」

「この件はナスカ大神官も了承済みで?」

「ええ、そうよ。彼はずっと教都で父の指示のもと動いているの。大神官で、いえ、教都で父を見知っているのは彼だけですもの」


 ナースーカー!! 全部分かってやっていやがったんだな! あの詐欺師め! ペテン師め! 大嘘つきめ~~!!


 オレの怒り心頭の感情は駄々漏れだったようで、サージュ様は慌てたようにナスカを擁護する。


「彼をあまり責めないで。今回の件だけでなく、すべては父とレ―ヴァンの考えたことなの。彼はあくまで指示通りの仕事をしただけ。ナスカは彼らに逆らうことを許されていないわ」

「――やはり、アーリリア教はレ―ヴァンを、誘う者を囲っているのですね」

「そうよ。もう何百年もね。――あまり驚いていないようね」

「はい。ある程度予想していましたから。奥神殿の結界はレ―ヴァンが張ったものですね」


 サルトでレーヴァンの結界を破った時に、昔同じように破った奥神殿の結界と同じ構造をしていることが分かったのだ。


「……そうよ。癒しの巫女はレ―ヴァンに守られているの。皮肉なものよね、教義上は敵対しているはずの誘う者に頼っているなんて」


 冷笑を浮かべながら話すサージュ様に、レーヴァンに対する友好的な感情は感じられない。


「――あれは敵ですか?」

「敵だと思っていなさい。表向きは父に従っているけど、さっきのように簡単に命令を反故にするわ。強大な力を持つものが弱い人間に従うはずなんてありえないのよ」

「何か契約を交わしているわけではないのですか?」


 誘う者が契約を交わし、人間に従うという話は有名である。


「そんなものに縛られるものじゃないわ、所詮遊びなのよ。気をつけなさい、あれは貴方に興味を持っている。捕まってしまっては駄目、父のように……」


 そう言って悲しげな瞳で遠くを見るサージュ様に、オレはそれ以上質問することが出来なかった。







「ここに来てすぐの頃、子猫を拾ったことがあったの」


 遠くを見ながら何かを考え沈黙していたサージュ様は、おもむろに話し出した。


「手のひらに乗るぐらいの小さな三毛猫で、わたくしが飼いたいと駄々をこねたら父は笑って許してくれたわ。条件をつけてね」


 サージュ様はオレをまっすぐ見つめて話す。


「『最初に家のみで飼うか、外に自由に出ても良いように飼うか決めなさい。決めたら決して自由に外に出て良いとした猫を家の中に閉じ込めてはいけない。家の外は危険なことがたくさんある。獣に襲われるかもしれないし、病気をもらうかもしれない。後からやっぱり外は危険だから家の中だけで飼おうと思っても、外を知ってしまった猫は家の中だけでは満足出来ずに病んでしまう。最初から家の中だけで飼っていれば、猫は自分の世界はそこだけだと納得して生きていけるけれど、一度でも外を知ってしまったら、二度と家の中だけで生きていくことは出来ないんだ』と」


 オレもまっすぐサージュ様の目を見返す。


「わたくしは猫に自由を与えることを選んだわ。単なる自己満足なのかもしれないけれど、危険があっても自由を知って欲しかった、わたくしのように」


 そう言って一瞬目を伏せたが、再び視線をオレに向けるとけぶるように笑いかけた。


「だから、わたくしは貴方がレーシアを外に連れ出してくれたことに感謝しているの。父は巫女を外に出すのは危ないと閉じ込めてしまった。その行動を間違っていると批判する気はないけれど、閉じ込められた後自由を知った身から言えば、やはり外を知るべきだと思う。レーシアは色々悪いことが重なって、一人きりで奥神殿に閉じ込められてしまったわ。ずっとなんとかしてあげたいと思っていたけれど、わたくしには何も出来なかった。いえ、何もしなかった。ダリヤ様をはじめとして、誰もあの子になにもせず、放置したわ」


 サージュ様は、痛みをこらえるように目を細めた。


「――貴方があの子を助けて出してあげたのよ。ふふ、おとぎ話の王子様のようね、悪い魔法使いに閉じ込められたお姫様を助け出すなんて」


 サージュ様が一転可愛らしく笑うので、オレもそれにあわせて笑い、混ぜ返す。


「王子様というには平凡な容姿なので、なんだがおこがましいですね。それに助け出した時お姫様はまだ12歳でしたので、ロリコン王子と言われそうです」

「ふふふ、貴方が幼いあの子に不埒ふらちな真似をしたなんて、思っていなくてよ。でもそうね。あの子が貴方に恋をするのは当然なのかしら」

「――――今でも、彼女の気持ちに応えてしまって本当に良かったのか、考えてしまうことがあります。彼女にはオレしかいなかった。そんな環境で寄せてくれた好意に応えるのは卑怯だったんじゃないかって」


 思わず目を伏せるオレに、サージュ様は優しく声を掛けてくれた。


「刷り込みだって言いたいのかしら。生まれたばかりの雛鳥のように初めて会った異性の貴方に恋をしたって」

「――実際そうでしょう」


 オレは自分が思っている以上に、この事を気にしていることに気が付く。


「その通りよ。それが巫女の恋なんですもの。レーシアだってそうなるわ」

「……どういうことですか?」

「言葉の通りよ。癒しの巫女は最初に会った家族以外の異性に心惹かれてしまうの。一番初めの女性からずっとそうだって聞くわ」

「初代癒しの巫女 アルト様から、ですか?」

「詳しくはレーシアが来てから話すわ。でも刷り込みに近いからといって、あの子の気持ちを軽いものだと思わないであげて。きっかけはなんであれ、貴方への想いは本物なんですもの。貴方も悩んでもしようがないことをくよくよしないことね」

「――――はい」


 あれだけ悩んでいたことを、軽く一蹴されてしまった。さすが年の功。


「ふふふ、そんなことを悩んでいるのなら、わたくしからのお願いは必要なかったかしら」


 サージュ様は悪戯っぽく笑って肩を竦めた。一つ一つのしぐさがキュートな女性だなあ。思わずデレデレしてしまいそうな自分の顔をぐっと引き締めてオレは聞いた。


「お願いとは何でしょうか?」


 サージュ様は居住まいを正し、真剣な顔でオレを見つめる。


「レーシアが心配だからといって、貴方までレーシアを再び閉じ込めようとしないでちょうだい。今回の旅で、貴方は段々レーシアに対して過保護になって来ている。確かに考えなしに巫女の力を使うあの子が悪いのだし、シアの身を案じる貴方の懸念も分かるわ。でも、このままそれが過熱して、またあの子を危険のない奥神殿に閉じ込めしまわないか心配になってしまって」

「サージュ様の危惧はもっともですし、オレも常に自戒していることなのですが、その前に…………

 え~と、全部筒抜け?」


 シアへの過保護っぷりは特に二人きりの時に発揮されていたし、二人きりの時は話が漏れないように結界を張っていた。それなのにこれだけ筒抜けになっているということは……。


「ええ。今回レーヴァンはレーシアの守護と貴方への監視を父に言い付かっているの。あれに貴方の結界は効かなくてよ」


 あ、あの出歯亀カラスめぇ~~~~!! シアと二人きりだと思って、あんなことやこんなことをしたり言ったりしてたのを全部覗いてたのか~~~!


「男の身体になったシアに、おかしなことをしないかと心配だったのだけれど、それも杞憂だったみたいね」


 な、なんにもしなくて良かった。

 オレが密かに胸を撫で下ろしていると、サージュ様は沈痛な面持ちで話を続ける。


「ごめんなさい。会えない分心配ばかり募ってしまって……」

「構いませんよ。オレもこの4年間そうでしたから、お気持ちはわかります」

「貴方にばかり負担を掛けてしまって本当にごめんなさい。あの子は今、自分というものの価値が壊れかけてしまっている。旅の間の無茶はきっとそのせい。癒しの巫女は多かれ少なかれ、みな退任直後不安定になるそうよ。『蘇生の術』が使えなくなることで自身への価値が喪失してしまうの。レーシアはきっと不安が他の巫女よりずっと強いはずよ。物心付いた時からずっと巫女の力を絶対視する女官に囲まれて育ち、思春期から外の世界で色々な価値観を知ってしまったから……。こんなことまでわたくしが貴方にお願いするのはお門違いだとわかっているわ。でも、お願い、あの子を支えてあげて」


 必死な顔をして頭を下げるサージュ様に、オレは「頭を上げてください」と声を掛けた。


「シアの心を支えることが今一番優勢すべきオレの仕事だと思っています。必ず、必ずシアを支えてみせます」

「――――ありがとう」


 再び深く頭を下げるサージュ様に、オレはなんだか嬉しくなって、会ってずっと感じていたことを話す。


「サージュ様はシアのお母さんみたいです」

「…………そうね。一度も会ったことがないのに、おかしなものね。レージュにレーシアを頼まれてからずっと気に掛けていたせいかしら。何もしてこなかったのに勝手な話だわ」


 オレは恥じるように顔を伏せるサージュ様の隣に座り、その手をそっと握った。


「オレはサージュ様のそのお気持ちが嬉しいです。シアのことを想ってくれている人が一人でも多くいて欲しいとずっと思っていましたから。今までは何も出来なかったかもしれない。でも、これから出来ることがあるのではないですか?」

「――そうかしら?」


 オレの言葉にサージュ様は心細げな顔でオレを見る。ちょっとときめいたのは内緒だ。


「はい。だから、今度はサージュ様が教都にいらしてくださいね。こっそり来られるよう手配しますから」

「でも、わたくしはこの村で薬師をしているの。長い期間離れるわけには……」

「替わりの薬術師を手配します。親戚のうちに行く間、家を空けるぐらい許してくれるでしょう、この村の人たちは」

「貴方が寄越してくれる薬術師の方が良いって言われてしまいそうだわね」

「そんなのは杞憂ですよ。村で『どんな立派な薬術師の薬より、サージュ様のお薬が信頼できる』と言っていたのを聞きました」

「あら、そこまで言われているのなら、もっと頑張って薬術の勉強をしなくてはね」

「ええ、そうですよ。ですから、勉強の為にも是非教都へいらしてください」


オレが笑うとサージュ様も笑って応えてくれた。




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