6-5
「その役は私が代わって差し上げましょう」
バリトンの艶やかな声と共に、一羽の大鴉が空から舞い降りてきた。そしてオレとクロトの間に入ると、瞬く間に人の身体に姿を変える。
「レ―ヴァン」
黒き人外の者を、オレは睨み付けた。
「言ったでしょう、何時でも私は貴方の心を映すと」
レ―ヴァンは、その人外の美しさをたたえた微笑をオレになげる。
「オレも言っただろう。オレはお前に何も望まない。余計なことをするな」
「心配されずとも、私は貴方に何か代償を求める気はありません。可愛がっていた子どもに自ら手を掛けるのは貴方も辛いでしょう。どうぞ、私を使ってください。すべて貴方の望みのままに処しましょう」
詠うように語りながら、レ―ヴァンはクロトのあごに手を掛ける。
「クロトに触るな!!」
オレが大声を上げるが、レ―ヴァンの手が止まる様子はない。クロトは呆然とレ―ヴァンを見上げ、逃げることも抵抗することもせずに立ち尽くしていた。オレはありったけの魔力をレ―ヴァンにぶつけるが、軽く身体を揺らしただけで平然としている。 絶望的な気持ちで、オレは腕の中のシアをぎゅっと抱きしめ、あらん限りの声をあげた。
「やめろ!!」
「――その通り。止めなさいレ―ヴァン」
凛とした声がその場に響く。視線を声のする方へ向けると、30代半ばほどの黒髪の女性がこちらへ歩いてくる姿が見える。
「父からこの件で、人を殺めることは許されていないのではなくて? 大鴉」
レ―ヴァンに対し、一歩も引くことなく対峙する女性は薄紫の瞳でとても美しく、シアに良く似ていた。――まるで親子のように。
「――そうでしたね、失念しておりました」
「わざとではなくて? 貴方が忘れるなんてことありえるのかしら」
「私でも忘れることはありますよ」
レ―ヴァンがニッコリ笑うのを、女性は小ばかにしたように短く嗤う。
「下らない問答をしている暇はないの。レーシアを元の姿に戻しなさい。負担が一番少ないわ」
「……わかりました」
了承したレ―ヴァンがこちらを一瞥すると、シアの身体が急に軽くなり、女性の姿に戻る。
「やはり、お前の仕業だったのか!」
「私はただ、主に指示されたことをしたまでですよ」
薄っすら笑うレ―ヴァンに、女性は更に冷たく言い放つ。
「レ―ヴァン、屋敷に戻っていなさい。貴方がいてはこの者たちが落ち着かないでしょう」
「……わかりました」
レ―ヴァンは少し面白くなさそうな顔をしたが、一瞬後にその姿が掻き消える。
「――アルトサージュ様ですね」
「サージュで結構よ」
サージュ様はオレの質問をさらりと返すと、今だ意識の無いポルテの傍らに跪き脈を確かめた。
「術が途中だから、心拍は正常に戻ったけれどまだ危険な状態だわ」
そういうとポルテの手を取り、祈るように頭を下げた。途端、サージュ様の身体は淡く光りだし、黒髪は白金に変わる。そして術が終わるとサージュ様は立ち上がり、オレを振り返った。
「わたくしの『癒しの術』では完治は無理だけど、大きな問題は取り除けたわ」
オレはサージュ様に深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
それを見た混乱が治まらないクロトも、慌てて頭を下げた。
「礼の必要はなくてよ。元はといえばわたくしたちの責任です」
サージュ様は沈痛な面持ちで頭を振る。
「――それはどういうことですか?」
「詳しい話は屋敷でするわ」
オレの質問をそういってさえぎると、サージュ様は女主人然とした態度に戻りオレたちに向き直った。
「レーシアを連れてきてくれてありがとう。レーシアの守護騎士 アルツ=ウィルニゲスオーク。連れの方々も屋敷にいらして。歓迎するわ、屋敷の者はみな事情をすべて分かっているから、気がねなく過ごして頂戴」
そう言って微笑むサージュ様は本当に美しく、シアの将来の姿を見るようで思わず見惚れてしまった。




