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「うぁ~~! 絶景!!」
「本当に綺麗です……」
目の前に広がる風光明媚な景観に、ポルテが感嘆の声をあげ、シアはうっとりとため息をついた。
木立の間から見える湖は透明度が高く、浅いところは魚や水草がはっきりと見え、深いところは綺麗な藍色で良く晴れた空との対比が美しい。
綺麗な景色を堪能しながら、湖に沿って作られている小道をシアとポルテは楽しげに歩いている。
くそ~、二人きりならシアと楽しく語らうのはオレだったはずなのに! オレだったはずなのに~~!!
悔しがるオレを見ながら、クロトは呆れながら言う。
「前言撤回。全然余裕ないんだね」
「……うるさい」
コブ付きの新婚旅行を嘆くぐらいさせろ! 二人きりだった時間が恋しいよ!
そうこうしているうちに遠目に建物が見えてきた。きっとあれがアルトサージュ様のお屋敷に違いない。
「おぉ! あの建物かな? 規模はそんなに大きくないけど、立派なお屋敷だね。じゃあ、あたしたちはその辺で適当に時間潰してるよ」
ポルテがオレを振り返ってそう言った。
「う~ん。ポルテたちはもう帰った方が良いかもしれない。空を見ろよ、急に雲が出てきた。こういった場所は天気が変わりやすいから、今のうちに宿に戻っていた方が無難かもしれないぞ」
さっきまであれだけ晴れていたのに、空に黒い雲が広がってきた。
「えぇ~! せっかく来たのに~~」
「雨降ってきて濡れたら、ポルテ自慢の化粧や服が台無しになるよ」
快楽主義のポルテらしくオレの言葉にブーブーだが、現実主義のクロトはそれをいつもどおり宥める。いいコンビだよ、お前らは。
「――わかった、帰る。アルツとシア、雨止まないようならアルトサージュ様のお宅に泊めてもらいなね」
「はい、ありがとうございます。ポルテさんとクロトさんも気をつけて帰ってくださいね」
ポルテとシアが手を振り合う。本当に仲良くなったな。
感心していると、遠くで雷鳴が聞こえてきた。
「お前ら、早く帰れ! カミナリが鳴り出したぞ!」
「いやあ!! あたし、カミナリ嫌い!! もう帰る! バイバイ」
そう言って、ポルテは手を振りながら来た道を駆け戻っていった。クロトも小さくため息を付くと「じゃあ」と手を上げ、ポルテの後を追う。
「……さて、オレたちも雨が降り出さないうちに行くとしますか」
「はい!」
オレが手を差し出すと、シアは嬉しそうに笑ってオレの手を握った。
くぅ! オレのシアはやっぱり可愛いぜ!
この手に戻ってきてくれたシアを、オレは思い切り堪能することにする。
二人と別れて幾ばくもなく雨が降り出した。湖岸がけぶって見えなくなるほどの強い雨で、雷鳴も近づいてくる。屋敷までまだ距離があり、思わず立ちすくんだ。
「アルツ、そこの木の下で雨宿りしましょう」
「――いや、さっき来る途中で小さな洞窟を見かけた。そこまで戻ろう、こんな雨はすぐに止む」
オレはシアを促し、もと来た道を走って引き返す。
洞窟というよりは大きめな岩のくぼみと言う方が正しいそれは、オレとシアが入るといっぱいになった。しかし雨をしのぐには充分で、一息つく。
途端、大きな雷鳴が鳴り響いた。
「!!」
シアはびくりと身体を震わすが、割と平気そうな顔で空を見上げている。そこで、可愛い悲鳴をあげて抱きついてくるのがセオリーなのに残念だ。
オレが下らないことでガッカリしていると、シアは心配そうな顔で来た道を眺めている。
「……ポルテさんたち、大丈夫でしょうか?」
「まあ、あいつらも色々慣れてるから大丈夫だろ」
と答えた声に被せるように、更に雷鳴がバリバリと大きな音を立て鳴り響く。
「――今のは落ちたな」
洞窟の入り口から外を見ると、少し離れたところで煙が上がっている。木に落ちたらしい。
「ポルテさんたちが行った方向ですよ! 心配です。いってみましょう」
「シア! まだ動いちゃ駄目だ!」
オレの静止を振り切り、シアは雨の中駆け出す。すぐに追いつくが、シアを止めるのを諦めた。危険だからといって、止まってくれるシアじゃない。幸い雨足は弱まって間もなく止み、雷鳴も遠ざかっていった。
「アルツ!!」
道の向こう側から、クロトが必死な顔でこちらに駆けて来るのが見える。
「ポルテを! ポルテを助けて!!」
「どうした! 落雷か?」
駆け寄るクロトの肩を掴む。
「雨宿りしていた木にカミナリが落ちてきて、木の近くにいたポルテにも……」
「馬鹿な!! こんな天気の時に木の下で雨宿りだなんて!」
「アルツ、とがめるのは後です。早くポルテさんのところへ」
シアのもっともな意見に押され、オレはクロトを先導に再び走り出す。そして、ぶすぶすと煙をあげ燻る木から少し離れた所に横たわっているポルテを発見した。見える範囲にひどい火傷はないようだ。すぐさま脇に屈み、頚動脈に手を当てる。
「――――心室細動だ。シア、雷電の魔術を施す。その間心肺蘇生を頼む」
「わかりました」
オレが一歩引き、手を組んで詠唱を始めると、シアはすかさずポルテの脇に跪き、胸の中央に体重を掛けて押し始めた。
「なんで!? なんで、雷に打たれのにまた雷の魔術を唱えてるの?!」
クロトの疑問はもっともだが、オレはそれに答える余裕はない。するとシアが胸骨圧迫を続けながら、息も絶え絶えに説明してくれた。
「安心……してください。これが……アルツの白金を取った……治療法です。電気的ショックで心室細動から…………心停止から回復させるんです」
カミナリに打たれたショックで心室細動、心臓の痙攣による心停止が起きてしまっているそれに、再度電気的ショックを掛けることにより、正常な心臓の動きに戻す。
この治療法の発見が、オレに白金の医術師のメダルが授与された主たる功績だ。
『人の身体は微弱な電気信号により動いている』――そう書かれた過去に読んだ論文を思い出し、教都の救急室時代、心室細動を起こした人にかなり弱めた雷電の魔術を掛けたのは正直駄目もとだった。
心室細動には普通薬による治療を行うのだが、これが効かない場合全く手がなくなる。このまま患者が亡くなってしまうのを見ているだけならばと、破れかぶれで行った魔術で蘇生がかなってしまい、周囲からこの治療法の確立を求めらた。結果、救急室担当から白金は出ないという通説を覆し、オレは白金のメダルを手にしたのだ。白金を取るため研究ばかりにせいを出し、救急室を厭った奴らには皮肉な話である。
魔術の詠唱が終わりに近づくと、シアは胸骨圧迫を中断し、クロトに下がるように指示する。普段詠唱しないオレがこの治療法の時は必ず詠唱するのは、周りに発動の時期を分かりやすくするためなのと、電気ショックの強さの調整が微妙なためだからだ。
強すぎると患者の身体を傷つけてしまうし、弱すぎては効果がない。
「雷電よ、かの者を貫け!」
ポルテの胸の上に手を掲げ、最後の詠唱を唱えると、ポルテの身体がビクンと動く。掲げた手をそのまま頚動脈にあて、脈を確認するがまだ正常に戻っていない。この治療法も万全ではないのだ。オレが再び手を組んで詠唱を始めると、シアはポルテのもとに戻り、胸骨圧迫を再開する。
それから二度繰り返し雷電の魔術を施したが、ポルテの脈は戻らなかった。オレは現状で出来うる他の策を考えながらシアに代わって胸骨圧迫を行う。
落雷からどれぐらい時間が経った? オレの中で焦りが増す。
隣で息を整えていたシアがおもむろにポルテの手を取った。
まずい! そう思った時にはすでにシアの身体は光りだし、もとの女性の身体に戻っている。
「し、シアさん?!」
クロトの驚きの声をあげた。
「シア! やめろ!!」
オレの静止の声は全く無視される。『癒しの術』か『蘇生の術』か、オレにはシアがどちらを行っているのか分からない。『癒しの術』ならまだ良い、これが『蘇生の術』ならば……。
オレは先日ダリヤ殿に『蘇生の術』を施した時のシアを思い出し、頭から血が一気に引く。咄嗟にシアの頭に手をやり、強制的に眠らせた。腕の中にそのまま倒れこんできたシアに口付け、オレは魔力を注ぎ込むが、術が途中だったため、それほど魔力の消費は感じられない。
「ア、アルツ、シアさんは……シアさんは」
クロトの狼狽した声が、シアの正体が知れてしまったことを告げる。目を上げると、クロトが身体を震わせこちらを見ていた。オレも彼をじっと見つめる。
シアが癒しの巫女だとクロトに知れてしまった。
ならば、オレはクロトを殺さなければならない。




